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第二十七話 地下二階

 地下二階へと降りた俺たちは慎重に進んでいた。


 見た目は地下一階とあまり変わらない。だが油断は禁物だ。なにせ、この階層には成体のライヴェーグが複数いるとの情報がある。できれば戦闘は避けたいところだ。



「二人ともあと少し頑張って頂戴。扉が壊れてない部屋があったらそこで休憩にするから」



 フルールさんの言葉に返事をしながら辺りを見回す。今のところライヴェーグはいないようだ。


 戦いでの傷はアリシアの魔法で治してもらっている。ただ、魔法で体力までは回復しない。まだ戦えるとは思うが、休憩は正直なところありがたかった。


 地下二階に下りてからアリシアとフルールさんの口数は少ない。楽しくおしゃべりする場ではないが、地下一階と比べると明らかにテンションが下がっていた。


 気持ちはわかる。俺が成体のライヴェーグと戦っているとき、二人は複数の幼体を相手に戦っていた。乱戦になったのだろう。戦いが終わったときには二人はライヴェーグの血、緑の液体まみれになっていた。二人は今、強烈な匂いと不快感に苛まれているはずだ。


 何度か戦闘はあったが、怪我もなく勝利していく。ただ、なぜか俺ばかり狙われていたような気がしていた。



 地下一階の最初のほうはフルールさんがよく狙われていたよな。探索するさいの順番は変わっていない。狙われる理由はもしかして――



 突如、横から何かが襲い掛かってきた。


 ギリギリではあるが回避に成功する。襲ってきたのは幼体のライヴェーグだ。武器も防具も装備していない。その見た目から囚人だったと思われる。


 奇襲に失敗したライヴェーグは隙だらけだった。剣を構え、胴体を斬りつけようとして思いとどまる。



 ……さっき考えた狙われる理由。いや、正確には狙われない理由を試してみるか。失敗したところで体が臭くなって、ぬるぬるするだけだ。……やっぱりちょっと嫌かも。



「ツカサ様! どうしたんですか!」


「大丈夫! ちょっと思いついたことを試してみる」



 アリシアが駆け寄ってこようとしていたのを手で制し、剣を構えなおして慎重に狙いを定める。


 幼体のライヴェーグの攻撃は成体と比べると遅かった。伸ばしてきた腕を余裕をもって回避し、その腕を斬り落とす。返す刃でもう片方の腕も落とし、一歩後退する。両腕を失い棒立ちになったところで顎を蹴り上げ、空中へ浮かせた。そして、下から上へ体の中心を剣が通るように斬り上げていく。


 頭の少し上、空中でライヴェーグの本体を切り裂いたことにより、緑の血液がシャワーのように降りかかってきた。頭から体の前面が緑色となり、異臭で顔をしかめてしまう。



「えっと……ツカサ様、大丈夫ですか?」


「ツカサ君、そこまで疲れたのね……ごめんなさい、気づかなくて……」



 二人からすると、わざと臭い血を浴びるほどおかしくなったと思ったようだ。わざと浴びたのはそのとおりだが、疲れてるわけでも変になったわけでもない。理由はちゃんとある。



 とりあえず、俺を先頭にしてもらおう。それで確かめてみる必要がある。



「疲れておかしくなったわけじゃなですよ。ライヴェーグに狙われない方法を思いついたかもしれないんです。試しに俺が先頭を行きたいんですけど、いいですか?」


「狙われない方法ね……いいわ、試してみて頂戴」



 先頭になり、しばらく進むと薄暗い通路の壁際に黒い影が見えた。


 後ろの二人には手で合図を出して待機してもらい、俺は音を立てないよう慎重に黒い影のそばへと歩いていく。


 近づいていくと腰に付けた明かりで黒い影は照らされ、その正体が明らかになる。



 やっぱり、死体か。それならこいつで確認しよう。まずはライヴェーグが寄生しているかを調べないと。



 さらに近づき、剣の間合いに入ると観察をはじめる。



 みぞおちは……膨らんでる。かすかだけど、脈動もしてるみたいだ。寄生された死体で間違いないだろう。



 死体と自分の距離を覚え、ゆっくりと後退していく。今のところ気づかれたようすはない。二人のところまで戻ると、小声で試したいことを説明する。



「今、俺には新しくライヴェーグの血がついてます。その状態であの位置まで近づいても気づかれませんでした。俺の考えではライヴェーグの血がついていない、もしくは乾いている状態だと、さっきの場所より遠いところで気づかれると思ってます」


「つまり、ツカサ君はライヴェーグの血を付着させていれば狙われない可能性が高いと思っているわけね」


「そういえば地下一階のとき、私とツカサ様は血がついてましたね。たしかにそのときに狙われてたのは血がついてないフルールさんばかりでした」



 アリシアは地下一階でのことを思い出したようだ。フルールさんのほうは顎に手をあて考えはじめている。



「そうね……確かに思いあたる節があるわ。一度、ツカサ君が近づいても反応しなかった奴もいたわよね?」


「はい、最初に疑問に思ったのがそのときです。次に変だと思ったのは、地下二階では俺だけが狙われてることでした。それで、地下二階で俺と二人が違うところを考えると、ライヴェーグの血が乾いてるかどうかなんです」


「乾いてるかどうか? たしかに私とフルールさんは地下一階の最後の部屋でいっぱい血がついちゃって、まだ完全には乾いてないですけど……そういえば、ツカサ様は成体の血、ついてませんでしたね」


「なるほど……血がついてないか乾いてると襲われて、乾いてない場合は襲われない。だとしたら臭いね。鼻が慣れちゃったから今はもうわからないけど、この緑の血は変な臭いがしてたわ」



 フルールさんの言うとおり、ライヴェーグの血は人間の血とは違う独特な臭いがしていた。

 憶測になるが、ライヴェーグの血は乾くと臭いが変わるか、ほとんど臭わなくなるんじゃないかと思っている。そして、俺はこの血の臭いこそが仲間かどうかの判断に使われているのではないかと考えたのだ。


 血が乾いていない状態での気づかれない距離は先ほど確認した。次は血を乾かして同じように近づき、気づかれない距離を確かめなければいけない。


 二人に検証することを改めて話し、その場にしばらく待機する。



「ツカサ様の考えたとおりになればこの先の探索は楽になりそうですね!」


「……その場合はライヴェーグの血をつけないといけないのよね」



 服についた血が乾いたころ、二人にライヴェーグに近づくことを告げて慎重に進みだす。髪や顔にもかかっていたが、それらはさすがにすぐ落としていたので問題ないはずだ。


 腰に付けた明かりは死体に届かず、いまだに黒い影にしか見えていない。


 先ほどの距離まであと五歩といったところだろうか。間合いまでは遠いが、そろそろ死体に明かりが届く距離だ。


 さらに一歩近づいたとき、ライヴェーグは動きはじめた。



 ……この距離か。ギリギリ光が届いてない。さっきより明らかに遠いな。



 動き出したライヴェーグはこちらを認識して襲ってくる。暗闇の中から飛び出すように襲ってくるのは血を浴びる前と同じだ。この結果から見ても、血が関係してるというのは間違っていないようである。


 襲い掛かってきたライヴェーグに対し、カウンターで胴体を切り裂く。うまく本体を斬れたようで緑の血を吹き出し、その動きは止まった。


 二人のほうへ振り返る。するとなぜかゆっくりと緊張したようすでこちらに向かってきていた。さらにフルールさんは無言で前方、俺の後ろ側を指さしている。指に従って後ろを見るが、何も見えない。



 ……俺はフルールさんほど暗い中を見通せない。でも、あの緊張したようす、たぶん成体がいるんだろう。進行方向から来るとは運が悪い。血でごまかせるだろうか? ……いや、失敗したらそこで終わりだ。一度引いてやり過ごすした方がいい。



 フルールさんも同じ考えのようで、近くの扉を指さすと音を立てないように向かって行く。アリシアと並びながらそのあとを追う。ちらりと振り返る。しかし、やはり成体の姿は確認できなかった。


 逃げ込んだ部屋の中を見渡す。幸いなことにここに死体はないようだ。ただ、扉は歪んでいて完全には閉まらず、ここではバレる可能性がある。


 部屋の奥へと進んでいく。中は意外と広いようで幅はないが、思ったよりも奥行があった。近くには長い机と複数の椅子、棚には錆びた鎧が置いてある。



 ここは牢屋じゃない? 兵士の休憩室だろうか? 何か使えるものは……



 周囲を見回していると、さらに奥のほうでアリシアが大きく手を振っていた。棚を確認していたフルールさんの肩を叩き、一緒にアリシアのもとへと向かう。


 近くまで行くとアリシアの後ろには扉があった。もちろん入ってきた扉とは別のものだ。どこに続いているのかはわからないが、扉はしっかりと締まり、頑丈そうに見える。隠れるなら今いるこの部屋よりは見つかりにくいだろう。


 扉を少し開け、中を覗く。


 部屋の中は狭そうだった。試しに腰の明かりを部屋の中に転がしていく。


 見えてきたのは剣や槍といった武器、その他にはいくつかの袋が確認できた。


 この部屋にも死体はないと判断し、三人で中に入る。先ほどの部屋が休憩室ならこの部屋は保管庫のようなものかもしれない。武器もあるうえに、着替えだと思われる洋服も大量に積んである。ただ、残念ながら武器は錆びて、洋服はボロボロで使い道はないだろう。



「……ふぅ、とりあえずここなら距離もあるし気づかれないと思うわ。ついでだからここで休憩しましょう」


「そうですね。少し疲れましたし、ツカサ様が試した結果も聞きたいのでちょうどいいですね」



 試した結果はというと、俺の考えは正しかったと思っていいはずだ。ただ、効果はライヴェーグの血が乾くまでであり、必要な血の量もわからない。もっと検証を重ねていけばいろいろとわかると思うけど、今はそこまでする必要はないだろう。



「――ということで、近づけた距離から考えてもライヴェーグは血の臭いで仲間かどうかを判断していると思います」


「ライヴェーグの生態は研究されてないから、今まで確定してた情報は熱に反応するってことぐらいなのよね。あとは噂で音にも反応してるとは聞いてたけど。ツカサ君のおかげでもう一つ情報が加わったわね」


「今は私の光の魔法を明かりにしてますけど、あの魔法でもほんの少し熱は発生してます。そのことを踏まえてツカサ様の話とあわせると、熱の反応があっても血の臭いがあれば襲われない。ライヴェーグにとって熱より血のほうが情報の優先度は高いってことですよね?」


「たぶんそういうことになるんだと思う。あと、血が乾いたあとは光が届く前に動きはじめてたから、音は熱より反応する範囲が広いのかもしれない」



 話し合ったことを整理すると、ライヴェーグは熱、音、血の三つの情報で襲い掛かるかを判断していると仮定した。そして、情報の優先度は血が一番高い。血さえあれば大抵はやり過ごすことができると思われる。


 問題は血の量だ。成体は別だが、幼体のライヴェーグはそこまで大きくなく、一匹から取れる血の量も多くない。一匹の血を三人で分ければ、臭いは多少減ることになる。その場合でも効果があるかはわからない。確実にいくなら今まで効果があった量、つまり一人一匹必要だ。


 乾いても効果がなくなるため、ライヴェーグを探しながら道を進む必要が出てくる。そうなると当然、探索のスピードは落ちてしまう。そしてスピードが落ちれば成体に遭遇する可能性は高くなる。



 どうするべきか。一番いいのは血をつけてライヴェーグを探さずに進み、乾く少し前に次のライヴェーグが運よく見つかることだ。それを繰り返せれば探索のスピードは今より上がる。けど、さすがに運の要素が強すぎるよな。いっそ血をつけて走る? いや、臭いが成体にも効くかわからない。効果がなかった場合、通路での戦闘になる。それは避けたい。……他に方法は何かあるだろうか?



「んー、もう少し明かりを強くしますか? 明かりの熱より音に反応してるみたいですし、私の魔法は光属性なので少し明かりを強くしてもそんなに熱くはならないはずです」


「血をつけて、明かりを強くして進むか……アリシアちゃんの魔力は大丈夫なの? 私やツカサ君はほとんど魔法を使ってないけど、アリシアちゃんは明かりに回復と今まで結構使ってきてるわよね」


「……魔力は残り半分ぐらいです。でも戦闘を避けて、探索速度が上がれば使う魔力も減るので大丈夫だと思います」


「そうねぇ、ツカサ君はどう思う?」



 アリシアの考えは悪くない。というより良いと思う。ただ、フルールさんが指摘したとおりアリシアの負担が大きすぎる気がした。


 明かりとして使ってる魔法もそこまで長続きするものではなく、今まで何度もかけなおしてもらっている。帰りのことも考えると、すでに魔力が半分というのも少し心配だ。



「まだ地下二階です。怪我して魔法を使ってもらった俺が言うのもなんでけど、できるだけ魔力は温存してもらいたいと思います」


「そうね、私もそう思うわ。ただ、アリシアちゃんの提案そのものは良いとは思うから採用するわ」


「えっと、どういうことですか? 明かりになる魔法って私の光属性以外だとツカサ様の炎か雷の属性しかない気がするんですけど」



 属性は俺が炎と雷、アリシアは光、そしてフルールさんは闇だったはずだ。炎と雷は一応、明かりに使えはする。ただ、炎では熱が高すぎて気づかれるだろうし、空気の心配もある。雷は音が大きく、持続時間が短い。この場で使うには欠点が大きすぎる。



「はじめに言ったでしょう? 休憩するって。ここなら気づかれることはないでしょうし、一度仮眠をとるわ。アリシアちゃんには魔力活性薬を飲んで休憩時間は寝ててもらう。見張りは私とツカサ君で交代でやる。どう? 悪くないと思うんだけれど」


「なるほど、それならアリシアの魔力も回復しますね。外は見えないですけど、たぶん夜だと思いますし、食事にも丁度いい時間かもしれません」


「そ、それだと私ばっかり休憩することになってなんだか悪い気が……」


「いいのよ。さっきも言ったけどアリシアちゃんは明かりに回復、それに戦闘と一番大変なんだから」



 そう言うとフルールさんはドルミールの安眠薬を俺たちに渡す。たしか眠りやすくなる薬で主に仮眠のときに用いられるものだ。



「最初の見張りは私がするわ。食事をしたらそれ使って仮眠を取ってね。私はこの部屋に何か使えるものがないか見てみるから」



 フルールさんはまだ確認していない袋の中を確かめるようだ。


 俺とアリシアは言われたとおり、それぞれの携帯食料を取り出し、ナイフで小さくしながら口に運んでいく。


 今回、携帯食料として持ち込んだのは干し肉とパンだ。どちらもとても硬く、そのままでは噛み千切るのは難しい。特にパンは硬く、歯が危ない代物だ。小さくして口の中に入れたあとは、しばらく飴をなめるようにコロコロと転がして柔らかくする必要がある。



「はぁふぁいげぇす。ふぉひぃず、ふぉひぃず」



 ……たぶん、かたいです。お水、お水、と言っているんだと思う。今、水を飲みはじめたことだし、たぶんあってる。



 硬いパンも干し肉も口いっぱいに詰め込んで食べているアリシアはリスのようだった。



 ……言わなかっただけでお腹、空いてたんだろうなぁ。



 食べにくい食事もアリシアにつられたのか早く食べ終わる。



「ふぅ、お腹いっぱいになりました! ツカサ様も食べるの早かったですね。もしかして、お腹空いてました?」


「そうだね。自分では気づいてなかったけど、お腹空いてたのかもしれないね。アリシアは満足した? 大丈夫そうなら安眠薬を使っちゃうけど」


「はい、使っちゃってください! 魔力活性薬も飲んだのであとは寝るだけです」


「わかった。じゃあ、アリシアおやすみ」


「ツカサ様もおやすみなさい」



 ドルミールの安眠薬を使い、体を横に倒していく。布団の代わりではないが、体の下には先ほど見つけた洋服を敷いて寝床を作っている。それでも固い感触があるし、ホコリ臭いがないよりはましだろう。


 思ったよりも疲れていたのか、それとも安眠薬の効果か、すぐに眠くなってくる。安眠薬を使ったことに気づいたのだろう。フルールさんのおやすみという声も聞こえてきた。


 瞼は重く、口も開きそうにない。残念ながらフルールさんに返事は出来そうになかった。眠気もそろそろ限界で耐えられそうにない。襲い掛かる睡魔に身を任せると、俺はゆっくりと目を閉じていくのであった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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