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第二十二話 戦いの行方

 クルクルと回転しながら飛んでいく。その勢いは強く、俺の頭の超えていくほどだ。


 大きな弧を描いたそれは、回転の力もあってか地面へと突き刺さる。


 誰も動かなかった。いや、動けなかったのだろう。すべてがスローモーションに見える俺でも何が起きたのかわからなかったのだから。


 目の前には見知らぬ男がいた。ローブを被り顔は見えないが体つきで男だとわかる。真下にいたはずの魔族は見知らぬ男の腕の中だ。それだけでもおかしいというのに、さらに不可解なのは俺の剣が短くなっていることであった。


 魔族を斬った手ごたえはなく、剣の半分は地面に突き刺さっている。



 ……いったいなにが起きた? この男は誰だ?



 魔族の位置は遠くない。せいぜい十歩分の距離だろう。

 男はこちらに関心がないようだ。警戒するようすもなく、魔族のようすを見ている。


 未だに理解が追い付いていない。ただ、混乱している頭をよそに体は勝手に動いていく。


 一気に距離を詰め、半分になった剣で男に斬りかかる。


 まだ独自魔法は継続中だ。この距離なら躱せない。そう思ったのも束の間、剣は男が横へ移動したことで空振りに終わる。そのまま連続で攻撃するが、すべて避けられていく。



 ……なぜ。なぜ、今の俺より早く動けるんだ!? 独自魔法はまだ解けてないのに!



 体ごとぶつかる勢いで突きを放つ。



 剣先がなくても関係ない! 貫いてやる!



 渾身の突きは男が無造作に出した指二本に止められてしまう。



「邪魔だ」



 男の声が聞こえた。そして、止められていた剣から衝撃が走り、俺の体は吹き飛ばされていく。



 ……頭痛が酷い。視界がかすんできてる。だが、あの男をやるまで魔法を止めるわけにはいかない。



 転がる体を無理やり制止する。走り出そうとするが、激しい嘔吐勘に襲われてその場で吐血してしまう。



「ツカサ様!?」



 肺が焼けるように痛い。頭も割れそうだ……



 意識を失わないよう痛みに耐える。血を吐いてるせいか呼吸がうまくできない。



「イクスパンドマジック! ライトオーラ・アンプリファイ・ヒール!」



 少しずつ痛みが引いていく。またアリシアに世話をかけてしまったみたいだ。いつの間にか魔法も解けている。

 顔を上げてあの男を見ると、魔族を地面において祈るような恰好をしている。



 …………魔族には両手両足がない。俺は、なにを……

 俺はなんで、あんな酷い……なぶるような戦い方を……



 視線をずらせばロイドさんがブークリエ将軍の応急処置をしているようだった。ただロイドさんも顔はあの男のほうを向け警戒をしている。


 頭痛だけはいまだに酷く、治まりそうにない。



 ……考えるのはあとにしよう。今はあの男を何とかしないと。



「……アリシア、ありがとう。もう大丈夫だ」


「まだです! 傷口をふさいだだけで、治ってません」


「俺はいい。それよりブークリエ将軍の治療の続きを」


「……わかりました。ツカサ様、くれぐれも無茶しないでくださいよ!」



 男はまだ動いていない。ロイドさんと目配せし、挟むように移動していく。


 そのままゆっくりと移動していくと魔族に変化があった。不思議な色の光に包まれると、その姿が見えなくなってしまう。



 あの光は……どこかで見たことあるような……?



 大きな光の球となった魔族は、天へと昇るように少しずつ浮かび上がっていく。

 高さを上げていくにつれて大きな光の球は粒子のようになり、最後には溶けるようにして消えてしまった。



 魔族はどうなったんだ? 怪我の治療には見えなかったけど……



 ロイドさんが男の正面、俺が背後につく。

 男が立ち上がったところでロイドさんが口を開いた。



「よぉ、あんたは誰だ? 突然出てきて魔族に何かしてたみたいだが……敵ってことでいいのか?」


「……ああ、敵だ」


「そうかい。で、あの魔族はどうしたんだ? 助かるような傷じゃなかったと思うが?」


「眠る場所としてここは不適当だからな。しかるべき場所に送った」


「なるほど。じゃあ、俺も安らかに眠れるよう祈ってやろうか?」


「不要だ。祈りたいなら、自分の来世についてでも祈るがいい」



 男は素手だ。手には何も持っていない。ただ、マントのようなローブを着ているので、隠し持っている可能性はあるだろう。


 男が消える。


 次に見えたのはロイドさんが倒れる姿だった。


 男はロイドさんのすぐ傍で拳を止めた状態で立っている。


 内臓までダメージがあったのか、ロイドさんは血を吐いてしまっているようだ。



 速すぎる!? あんなのどうすれば……

 半分になった剣で戦う? ダメだ、独自魔法を使ってる最中でも通用しなかった。魔法? かわされて終わりだろう……


 どうやっても勝てる気がしない。



 男はこちらを向く。次は俺の番のようだ。

 意味があるかはわからないが、すぐに動けるように身構える。



 ……たぶん反応できないだろうな。



 男を注視するが、まだ動きはない。しかし、俺の体は勝手に動きはじめ、突然後方へと跳んだ。


 直後、目の前には男の姿があった。その拳は俺のお腹があった場所で止まっている。



 危なかった……一瞬でも遅ければあたっていた。

 避けれたのはカルミナの力か。もう勝手に動くことはないと思ってたけど、今回は助かった。



「避けた? おまえはいったい……」



 避けられたことが不思議なようだ。避けた俺ですら意識して回避できたわけではない。不思議なのはお互い様なのだが、男は俺の実力を勘違いしたのか動きが止まった。


 男に矢が迫る。


 矢を放ったのは治療を終えたブークリエ将軍だ。死角から放たれた矢は見もしないで避けられるが、男の注意はブークリエ将軍に向いた。



「ツカサ君! ロイドたちと合流しろ!」



 激しく槍を振り回しながらブークリエ将軍が声を上げた。

 ロイドさんは今、アリシアに治療を受けている最中だ。加勢ではなく合流ということは、先ほどまで一緒にいたアリシアにブークリエ将軍が何か作戦を授けてくれたのかもしれない。


 男とブークリエ将軍の戦いは続いていた。男はなぜか避けるだけで反撃しない。

 何を考えてるのかはわからないが、この間にロイドさんたちのもとに辿り着く。


 ロイドさんは倒れてはいるが意識はある。ただ、それよりも気になったのは、回復魔法をかけているアリシアの顔色の悪さだ。



 ……これは、魔力の枯渇が原因か。魔法陣の解除、攻撃魔法、俺たち三人への回復魔法、魔法を使わせすぎてしまった。



「嬢ちゃん、すまねぇ。もう大丈夫だ。これ以上は嬢ちゃんが倒れちまう」


「でも……わかり、ました。……ツカサ様は、大丈夫ですか?」


「俺は大丈夫。まだ動ける。それよりブークリエ将軍は何か作戦が?」


「ああ、そうだ。おやっさんは何を思いついたんだ? 治療のときに聞いたんだろう?」



 アリシアはなぜか悲しそうな、今にも泣きだしそうな顔をしている。



 ……嫌な予感がした。



「ブークリエ将軍の言葉を伝えます。”逃げろ”です」


「嬢ちゃん……それは……」


「時間を稼ぐ当てはあると言ってました。気を引いているうちに逃げろと……」



 思わずロイドさんを見てしまう。そして、自分が卑怯なことをしていることに気づく。

 ロイドさんを見ることで判断を任せるような形になってしまったのだ。


 ロイドさんは拳を握り締め、耐えるようにして口を開く。



「撤退するぞ。殿はこのままおやっさんに任せる。俺たちは一刻でも早くこの場を離れ、援軍を呼ぶ」


「……わかりました」


「……はい。森に突入した部隊もどこかにいるはずです。その人たちに会えれば……」



 三人で入ってきた場所へと走り出す。

 横目で男とブークリエ将軍を見るが、にらみ合っているのか動きはない。何かしゃべっているような気もしたが、距離が離れていて何も聞こえなかった。


 しばらく走ったあと、森に入る前に振り返る。男はかなり遠い位置にいるが、目が合ったような感覚があった。しかし、すぐに視線は外れたようだ。いまだ戦闘をしている気配はないが、ブークリエ将軍のほうへ注意が戻ったと思われる。



 逃げてるのはバレたはずだけど、追ってこない? いや、考えるのはあとにしよう。あの男の速さなら簡単に追いつかれる。今は急がないと。



 怪我や疲労の影響で三人とも走る速度は遅かった。

 ようやく結界の境目だったところを抜ける。もう、ブークリエ将軍や男の姿は見えない。



 逃げ切れた……? 随分とあっけなく逃げられた気がする。このまますぐに援軍が見つかればいいんだけど……



「ツカサ、嬢ちゃん。このまま森を出ろ。援軍は森の外で待機してるやつらに頼め」


「ロイドさん? 変ですよ。今の言い方だと俺とアリシアだけ逃げるみたいな……」


「それであってる。森が静かすぎるんだ。いつからかはわかんねえが、森に入ったやつらはやられてる可能性がある。それと、俺が行けない理由はあれだ」



 そういって指をさしたのは後ろ、俺たちが出てきた結界のあった場所だった。

 ロイドさんの指を追って振り返る。そこで目に映ったのはあの男の姿だ。


 ゆっくりと歩いていてくる。怪我どころか服すら汚れていない。そして、ブークリエ将軍の姿はどこにもなかった。



「随分と早かったな。おやっさんと二人でゆっくりしててよかったんだぜ?」


「これでも時間をかけたほうだ。思いのほか会話が弾んでしまったせいでな」


「そうかい。なら、俺とはもっと会話してもらわないとな」


「難しいな。お前では話題がなさそうだ」



 ロイドさんと男が会話する中で、俺はアリシアに手を引かれて走り出す。



「アリシア! ロイドさんが!」


「わかってます! だから急がないと!」



 そうだ……早く援軍を呼ばないとロイドさんまで……



 急いで足を動かす。しかし、普段のような速度が出ない。


 後ろから音がする。それは、俺の剣が半分になったときと同じような音だった。


 振り返らずに走り続ける。今、後ろを見てしまえばきっとロイドさんのもとに行ってしまう。


 重い足に無理やり動かし速度を上げる。俺の手を引き、前を走っていたアリシアに追いつく。その顔色は悪いままだ。


 戦闘の音も聞こえない距離まで離れたころ、頭上に違和感を覚えた。見上げてみると木から木へ飛び移る複数の人影が確認できる。



 あの男ではなさそうだ。あの外套と仮面は……偵察部隊の人か!?



「アリシア! 上に人がいる。多分、偵察部隊の人だ」


「いつの間に……全然、気が付きませんでした。……こちらに……気づいてるみたい、ですね。一度、止まりましょう」



 俺たちが止まると、偵察部隊のうち一人がこちらに近づいて声をかけてくる。



「……二人だけか? ブークリエ将軍と冒険者のロイドはどうした?」


「ロイドさんは敵の足止めをしてます。ブークリエ将軍は……」


「……そうか。では、我々が……! 全員伏せろ!!」



 偵察部隊の人は忠告と同時に俺たちの頭を押さえてくる。そのせいで強制的に地面へと伏せることになってしまった。


 次の瞬間、轟音が響いてくる。



 耳が痛い……爆発? 何が起きた?



 頭が押さえられていて状況はわからない。衝撃波が体に襲い掛かり、吹き飛ばされそうになる。石か枝かはわからないが、大小さまざまなものが体にぶつかっていく。



「く……イクスパンドマジック! アースシールド・デュプリケート・アンプリファイ!」



 押さえられていた手がなくなり、衝撃も感じなくなる。偵察部隊の人が防御魔法を使ってくれたようだ。

 顔を上げ、後ろを振り返ると視界いっぱいに土の壁が見える。隣を見れば、アリシアも同じように壁を見ていた。どうやら怪我はないようだ。



「何が起きたんですか?」


「詳しくはわからない。爆発だとは思うが、あの衝撃は普通ではない。方向としては魔族の拠点だと思うが……」



 ロイドさんが戦ってる場所で起きた爆発だろうか? 距離はかなり離れているはず。なのにあんなに衝撃があるなんて……



「……もう衝撃は感じない。状況確認のため、魔法を解く。きみたちも警戒してくれ」



 魔法が解除されると目の前には倒れた木々が見えた。見通しの悪かった森は、はるか先まで見えるようになっている。そして爆心地だと思われる場所は草の生えた緑ではなく、土がむきだしのクレーターができていた。



 ……想像以上だ。ここまで大きい爆発だったなんて……ロイドさんは……



「……我々は確認に向かう。きみたちは退避してくれ」


「俺たちも行きます! ロイドさんがあそこにいるはずなんです!」


「ダメだ。まだ、敵がいる可能性がある。きみたちを守る余裕はない。それに、そっちの子はだいぶ顔色が悪いようだ。早く安全な場所で休ませた方がいいだろう」



 アリシアを見ると、さっきよりも顔色が悪い。呼吸も少し荒い気がする。



 気づけなかった……ごめん、アリシア……



「……わかりました。このまま、森を抜けます」


「ああ。冒険者ロイドについては我々が捜索する。それと護衛に一人つけるので、きみはその子のようすを気にかけてくれ」



 偵察部隊の人を見送り、再び森の外を目指す。



 魔族は倒した……でも、この戦いは勝ったとは言えない。戦果よりも被害のほうが大きすぎる。



 アリシアの体調を考えて走らずに歩いていく。

 あの爆発のせいか道中は敵と遭遇することもなく、森の外へ出ることができた。



「アリシア、もうちょっとで突入部隊の簡易拠点に着くよ。あと少し、頑張ろう」


「はい、大丈夫です……すみません、私がこんな調子じゃなければロイドさんを探しに行けたのに」


「気にしないで。ロイドさんもきっと無事だよ。あの人が簡単にやられるはずない。爆発だってロイドさんの奥の手かもしれないしね」



 森の外には大勢の人がいた。ほとんどの人が怪我をしている。

 今もまた森から運び出されてくる人が見えた。まだまだ怪我人は増えていくのだろう。


 そんなことを考えていると後ろから瓶が突き出される。



 これは、魔力活性薬? 誰が……って、護衛に残ってくれた偵察部隊の人?



「受け取りなさい。このようすじゃ拠点に行っても薬はないだろうし、まともな治療もできないはずよ」


「ありがとうございます。アリシア、これを飲んで少し休もう」


「見張りはしててあげる。回復薬はないから傷は落ち着いたら魔法で直しなさい」



 護衛に残ってくれた人はそう言うと俺たちに背を向けた。



 ……気配を感じないからすっかり存在を忘れてた。女の人っていうのも話すまでわからなかったし、偵察部隊の人は謎が多いな。



「ツカサ様……ごめんなさい。少しだけ……」



 アリシアは気絶するように眠ってしまった。

 魔力活性薬はちゃんと飲んでる。これなら回復も早いだろう。


 ロイドさん、ブークリエ将軍……どうか無事でいてください。



 森の惨状、周囲の怪我人、酷い状況の中で俺は二人の無事を祈るしかできなかった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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