第二十話 結界の中へ
ロイドさんとブークリエ将軍の魔法により、結界の一部に穴を開けることに成功した。
人が通るには充分な大きさの穴であり、結界の中も確認できる。しかし、迎撃をしてきた存在は見当たらなかった。
「よし、壊れた! おやっさん!」
「うむ! いくぞ!」
二人は一度こちらを見ると、開けた穴へと突入していく。
「……ツカサ様、私たちも」
「ああ、行こう」
俺とアリシアは少し遅れて結界の中へと入る。
目立たないようにずっと隠れていた。俺たちの存在はまだ認識されていないはずだ。
作戦の第一段階は一応は成功している。最善ではなかったが、想定されたうちの一つだ。
ここからは魔族との戦闘になるだろう。ただ作戦といえるものはなく、決まっているのは俺のあの独自魔法の使い方だけだった。
ロイドさんとの試合のあと、俺の独自魔法について言われたことを思い出す。
実際に対峙したロイドさん、近くから観察していたブークリエ将軍、二人の意見は一致していた。それは、気づかれた状態で使ってはいけないということだ。
あの魔法は速さ、力、ともに強化されるが、発動までに時間がかかりすぎる。戦いの最中に発動させるには、大きな隙を作る必要があるだろうと言われていた。
魔族との戦いでそのような隙を作れるかはわからない。それならばいっそのこと隠れて魔法を発動し、奇襲を仕掛けたほうがいいという結論になったのである。
……ロイドさんたちはもう姿が見えないな。
慎重に進んでいく。
結界の中は外と違い、木が存在していなかった。その代わりに人の背丈を超える大きな岩がいくつもある。森の中のはずなのに草も生えておらず、辺りはむき出しの地面が顔をのぞかせていた。
前方からは爆発音が聞こえてくる。ロイドさんたちは魔族との戦闘に入ったようだ。
岩のエリアの先は運動場のような広場となっていた。その中央にはロイドさんたちや魔族の姿も確認できる。
「……あの魔族、この前のやつだ。腕は切断したはずなのに治ってる」
「切断された腕を治せるということは、強力な回復薬を持ってるか、熟練の魔法使いがいますね。もしくはあの魔族が回復もできるのかもしれませんけど」
「以前見たときは怪我しても回復するようすはなかったから、たぶん他に回復魔法を使うやつがいるんだと思う。増援がきたら厄介だ。急いで移動しよう」
岩で身を隠し、低い体勢を保ちながら移動していく。
目指すのは今いる場所の反対側。ロイドさんたちと魔族を挟んだ向こう側の大きな岩だ。
奥に行くほど岩も減り、身を隠せる場所が減ってくる。距離をとっていなければ、気づかれていたかもしれない。
慎重に移動し、大きく回り込むようにしてようやく目的の岩までたどり着く。
かなりの時間を使ってしまったが、目の前の大岩なら二人が立っていても充分隠れられるはずだ。
「あとはいつ戦闘に入るかだけど……この位置なら魔族の後ろだし、悪くない気がする。アリシアはどう思う?」
「そうですね……位置関係はいいと思います。けど、距離が少し遠いかも……それにロイドさんたちのようすが変わってきてます」
「さっきまでは魔法を使ってたみたいだけど……今は弓の打ち合い?」
「たぶん二人とも魔力があまり残ってないんだと思います。魔法を使いながら距離を詰めてましたけど、詰め切る前に空へ逃げられてましたから。今は攻める方法を考えてるのかもしれません」
移動してる途中で何度か見たが、ロイドさんたちが一定の距離に近づくとあの魔族は空へと逃げていた。空に行かれると弓か魔法でしか攻撃できず、特にブークリエ将軍は魔力消費が激しくなってしまう。
弓での遠距離戦に変えたのはアリシアの言うとおり、魔力不足が原因にありそうだ。ロイドさんたちは結界を壊すときに強力な魔法を使ってるため、魔力は温存することにしたのだろう。
今は役割を分担して、魔族の矢はブークリエ将軍が槍で叩き落して防御し、攻撃はロイドさんの弓のみとなっていた。
「あのようすなら簡単にやられることはなさそうだけど、魔族のほうも余裕がありそうだ。今は出ていったら……気づかれるね」
「そうですね。今は危ないかもしれません。でも、ロイドさんたちの状況もよくないですし…………ツカサ様、私に考えがあります」
アリシアの考えを聞く。それは作戦にしては単純で、簡単に言えば目くらましで注意を引く、というものだ。
目くらましには以前、ヴァルドウォルフに使用したこともある光属性を増幅させた魔法を使うらしい。その魔法を俺とロイドさんたちの中間あたりから撃ち、さらに空へ逃げられないように空中に魔法をバラまくとも言っていた。
「移動して目くらましの魔法を使うのはいいと思う。でも、そのあと連続で空中に魔法を撃つのは厳しいんじゃ……」
「大丈夫です。空中用の魔法はこれを使います。威力はあんまりないですけど牽制ぐらいにはなるはずです」
そう言ってアリシアが取り出したのは、手のひらに収まるぐらいの白い宝石のようなものだった。
……たしか、魔石? いつかの雑談で聞いたとは思うけど、見るのは初めてだ。魔道具の核になる材料で、魔法を込めやすいって聞いた気がする。
魔石は色で属性が判別でき、大きいものほど価値が高いらしい。
アリシアが持っている魔石の色は白。光属性であり、込められている魔法はライトボール・バーストとのことだった。
その魔石が四つ。贅沢な使い方だけど、これなら空中に魔法をバラまくのも上手くいくと思う。けど、アリシアやロイドさんたちの身の安全が問題だ。
アリシアの目くらましはもともとの作戦にはない。意識外からの攻撃となる。バレないためにも魔族と戦っているロイドさんたちと連絡を取り、連携することはできない。
ただ、ロイドさんたちは俺たちの存在はもちろん知っている。そのうえ何かやるとも思ってるはずだ。突然の事態であっても、きっと対応してくれる。
ロイドさんたちに比べてアリシアのほうは危険だ。目くらましがうまくいっても、隠れている方向はバレてしまうだろう。
俺があの魔族なら見えなくても方向さえわかれば、砦の門を破壊した魔法を使って攻撃する。
普通ならあんな大魔法は撃つまでに時間がかかると思うが、あの魔族は魔剣の力を使っているはずだ。そうなると魔法発動までの時間がわからず、最悪な場合は俺が間に合わずに魔法を撃たれてしまうかもしれない。
「危険だ。可能性の話でしかないけど、もし砦の門を破壊した魔法がきたら防御も回避もできない。危なすぎる」
「もし、ツカサ様の言うとおり魔族が私に魔法を使ってきたら、それは好機と思っていください。私のほうは防ぐ手段があります。気にせずに攻撃に集中してください」
防ぐ手段、というのが気になって聞いてみるが、なぜか教えてくれなかった。
本当にそんな都合よく防ぐ手段があるのか?
アリシアと目が合う。力強くまっすぐに見つめてきている。
……ごまかしてるわけじゃなさそうだ。たしかに有効な方法だと思うし、他に代案もない。防ぐ手段を教えてくれないことに不安を感じるけど、アリシアを信じよう。
「わかった。アリシアの作戦でいこう」
「ありがとうございます! じゃあ、さっそく移動しますね。ツカサ様のほうも準備をお願いします」
「ああ、任せて。アリシア……気をつけて」
アリシアはここに来た道を戻るように移動していく。それを見送ると視線を戦いへと戻す。
戦況は変わっていない。遠距離での攻防が続いている。ただ、見間違いかもしれないが、お互いの距離が少し近くなってるような気がした。
戦闘を見ているとロイドさんは弓を構えてはいるが、矢を放っていないことに気づいた。
矢はまだ持ってるみたいだけど、どうしたんだろうか? ……もしかして、風の矢を放ってる?
魔族のほうをよく見てみると、魔剣である短剣を持ちながら弓を構えている。あの短剣は風を発生させることができたはずだ。
ここからじゃ風の強さまではわからないが、ロイドさんは魔族の風のせいで通常の矢が使えないのかもしれない。
魔族の攻撃は変わらずブークリエ将軍が防いでいる。ただし、攻撃は矢ではなく、魔法が多くなっているようで防御に魔法を使わされている。このままでは近いうちに魔力切れになってしまうだろう。
移動しているアリシアの姿は確認することができない。目標地点は俺とロイドさんたちの中間だ。ここに来るまでにかかった時間を考えると、もう少しかかるはずだ。
……魔力を集めはじめよう。いつでも発動できるようにしとかないと。
ここまで戦っても敵の増援が現れる気配はなかった。今この場所にはあの魔族しかいない可能性が高い。きっと陽動のおかげだろう。今が仕留める絶好の機会のはずだ。
ゆっくりと体の中心に魔力が集まっていく。
今日はまだ魔法を使っていない。魔力は充分にある。頭痛さえ耐えられれば、独自魔法を発動した後にも一発ぐらいなら魔法を使えそうだ。
少しずつロイドさんたちが押されはじめていた。
ブークリエ将軍はもう魔力が残っていないようだ。魔法を防ぐさい、強引に槍で受けている。そのせいで体は傷が多く、特に腕は傷だらけだ。
ロイドさんは傷こそ少ないようだが、ブークリエ将軍と同じく魔力切れらしい。いつの間にか手持ち矢も底がついたようで、投石や投げナイフなどで牽制しながら周囲の矢を回収して使っていた。
これは……長くはもたないかもしれない。魔族が強いというのもあるのだろうけど、それ以上にあの二人の状態が悪いせいだと思う。
やっぱりもっと大勢の人を連れてくるべきだった? ……いや、あの二人と同じぐらいの実力じゃないと多くても意味がない。それに人が多ければ魔族も戦い方を変えるはずだ。砦のときのような大魔法を使われたら犠牲が増えるだけになる。
魔力は集め終わった。あとはアリシア次第となる。
時間的に目的の場所へは着いてるはずだ。今はタイミングを計っているところだろう。
欲しいのは一瞬の隙。アリシアの魔法が魔族の近くにまで行ければ成功だ。近くなら迎撃されてもいい。魔法さえ発動すれば目くらましにはなる。ただ、魔法に気づかれ、遠くから迎撃された場合は失敗だ。距離があるとまぶしくはあっても、視界を奪うほどの効果は期待できない。
隙を作るのはロイドさんたち頼りになるけど……今の状況じゃ難しそうだ。
……お願いします。なんでもいいんで魔族の気をそらして下さい。
心の中でロイドさんたちに祈る。そして祈りが効いたのか、状況が変化していく。それも予想外の変化だ。
空からガラスの割れるような音が聞こえてきていた。
見上げると空のあちこちにひびが入り、次々に穴が開きはじめている。
……空がひび割れた? もしかして、結界が壊れた? いったい誰が……いや、考えるのはあとでいい。これはチャンスだ。
視線を戻す。魔族も顔を上げ、空を見ていた。
その隙にロイドさんたちは魔族のもとに走り出している。
そして、光の球はひっそりと魔族へ向かって飛んでいた。
アリシアの魔法に最初に気づいたのはロイドさんたちだ。気づいた瞬間に急ブレーキをするかのように止まり、遠距離攻撃に切り替え仕掛けていく。
魔族はロイドさんたちの攻撃を捌いてる途中で光の球に気づいたのだろう。強引にも見える避け方でロイドさんたちの攻撃を抜けると、一瞬で矢をつがえて光の球へと放った。
光の球と魔族の距離は歩幅にして十歩分ぐらいだろうか。あの光の球が衝撃や爆発ならダメージは受けなかっただろうが、目くらましならば充分すぎる距離であった。
魔族の矢が光の球に命中し、辺りに閃光が奔る。
開けていた片目の視界が白く塗りつぶされていく。同時に声を抑え、独自魔法を発動させる。
「炎よ、神の力にて変化せよ。理を超え、時間へと変われ。時より力を。サクリファイス・タイム」
頭痛がはじまり、世界が変わっていく。俺以外のすべてがゆっくりと動く世界だ。
……今度こそ、終わらせてやる。
閃光が広がる中、俺は魔族へと走り出すのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。