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第十九話 移動開始

 俺、アリシア、ロイドさんの三人は試合のあと小休憩をとり、昼前には移動を開始していた。


 移動はシュセットの引く馬車だ。シュセットは道中こちらの指示などお構いなしにかなりの速度で走っていた。走るのが久しぶりだったせいで体力が有り余っていたのだろう。そのおかげで本来は夜に到着予定だったが、日の落ちかけた夕方には前線の拠点に辿り着くこととなった。


 そして俺たちは今、その拠点の中を歩いている。


 拠点にはたくさんのテントが立っており、森方面には土の壁や堀も確認できた。

 ヴァルドウォルフ対策だろう。広い森のどこから来るかわからないと聞いている。その広い範囲を対応するため前線は横に長くなっているらしい。


 実際に俺たちがいる中央付近からは拠点の端までは見えない。ただ、長い代わりに前線は少し薄い気もする。

 魔族が砦に攻めてきたときは前線の端が突破されたらしいが、この薄さではヴァルドウォルフならともかく、あの魔族は止められないのも仕方がないだろう。


 当たりを観察しながらロイドさんのあとを歩いていると、周りより大きいテントにたどり着く。中へと入ると、先に出発していたブークリエ将軍と再開する。ブークリエ将軍は相変わらず返事を待たずに入ったロイドさんを見て顔を険しくしたが、今の状況を考えてか、ため息一つだけで済ませてくれたようだ。



「おやっさん、待たせちまいましたか?」


「いや、予定より早いぐらいだ。それより、二人には作戦を説明したのか?」


「はい、ざっくりと説明しときましたよ」



 ブークリエ将軍は一瞬、何か考えるように表情をしたあと、俺とアリシアを見た。



「ツカサ君、アリシアさん、すまないが念のためにロイドが説明した作戦を話してもらえないだろうか?」



 どうやらロイドさんが説明下手だというのは知っているようだ。

 正直、ブークリエ将軍の提案はありがたい。ロイドさんから聞いた説明はかなり単純で、正しい情報なのか少し不安だったのだ。



「はい。俺たちがロイドさんから聞いた説明では、夜明けとともに前線を出発し、魔族の拠点についたあとは一気に攻撃を仕掛ける。というものです」


「……それだけかね?」


「あ、あと私とツカサ様は魔族以外との戦闘はしないようにって言ってました。」


「……なるほど。間違ってはいない。が、私のほうから、もう一度説明しておこう。」



 ブークリエ将軍の説明を聞くに、ロイドさんは本当にざっくりとした説明しかしてくれてなかったようである。


 作戦はまず、夜明けとともに偵察部隊に交じり、俺たち三人とブークリエ将軍の四人で出発。偵察部隊は定期的に出しているため、見つかっても不自然にはならないそうだ。

 森に入ったら、ロイドさんの案内で魔族の拠点近くまで行き、昼まで待機する。昼になったら、前線部隊ができるだけ派手に森に突入することになっているとのことだ。

 前線部隊の陽動で魔族が拠点から出てきた場合は、その場で奇襲を仕掛けて戦闘を開始する。出てこなかった場合は強引に拠点の結界を破ることになると言っていた。



「結界って破れるんですか? もし失敗したら陽動の人たちが危ないんじゃ……」


「魔族が張っている結界だが、ロイドの情報から分析してみたところ魔道具によるものである可能性が高い。魔法で常時結界を張り続けるのは現実的ではないうえ、該当する魔道具が滅びた国の国宝として確認されている。そしてその魔道具は、結界内を隠蔽する能力は高いが、防御力はそこまでではないとのことだ」


「防御力が高くないっても完全に破壊するのは無理っぽいけどな。ただ、俺とおやっさんの二人がかりなら穴をあけるぐらいならできるはずだ」


「そういうわけで私も同行することになったのだ。ツカサ君のあの魔法を除けば、私が最も強い攻撃を放てるからな。ロイドは案内に欠かせないし、軍団長と同等の攻撃もできる。奇襲のために人数を制限しつつ、それが失敗した場合でも手を打てる人選というわけだ」



 本当はブークリエ将軍のかわりに軍団長二人が同行する予定だったらしい。ただ、動かせる軍団長は魔法が得意ではなく、もしも結界が魔法しか効かない、という場合も考えてブークリエ将軍が行くことになったらしい。


 魔族が複数いた場合も聞いてみたが、ブークリエ将軍の考えでは戦える魔族は多くても片手の指で収まる可能性が高いと言っていた。

 大勢いるならば、この間の砦の襲撃やそれ以前に攻められて終わっていたはずであるということ。さらに今までも魔物を前線に放ってきてはいたが、魔族が姿を現さなかったことも考えると数はかなり少ないだろうという考えだった。


 説明が終わった後は一応、自由時間となる。とはいえ、やることもなく、このあとに備えて全員仮眠をとることになった。



 魔族の拠点を攻めるのは明日の昼からで、独自魔法を使ったのは今日の昼前。よし、これなら今度はちゃんと一日たってるな。さすがに同じ失敗はしたくないから覚えておかないと。

 あとは独自魔法を使うと攻撃的になってしまうのも気をつけよう。魔族は人にしか見えない見た目だし、できれば殺したくない。殺してしまえば、何かが壊れてしまう気がする。



 考え事をしながら仮眠のためにテントへと入っていく。


 テントの中は意外と広かった。三人が横になる空間は充分にある。

 アリシアには奥に入ってもらう。一応アリシアと俺たちの間には布一枚だが仕切りがあった。



「じゃ寝るぞ。ちゃんと起こすから、心配せずに寝ろよ」


「はい。じゃあ、おやすみなさい。アリシアもおやすみ!」


「はーい! おやすみなさい!」



 ……眠れない。一応、目はつむっているけど、眠気はこない。そういえば、もともと寝つきはよくないんだよな。最近は気づいたら眠ってることが多いから忘れてたけど。

 夜明けまであと五時間ぐらいはありそうだ。準備も含めると仮眠時間は四時間ってところか。……このまま眠れなかったらどうしよう。



 布を隔てた先にいるアリシアは寝てるかはわからない。ただ、寝つきはいいと聞いたことがあるため、寝ている可能性は高いだろう。

 ロイドさんは目を閉じて横になっている。頭の近くには飲みかけなのか、半分ほどしか中身のない瓶が置いてあった。



 いつの間に水なんて飲んだんだろう? いや、そんなことよりどうにかして眠っとかないと。眠るには……羊を数える? でもそれで眠れたことはないしな……



 眠る方法について考えを巡らせていると、不思議な匂いを感じた。目を開けてみるが不審なものは見当たらない。



 ……もしかして、あの瓶? アロマか何かだったのかな。いい香りだけど、意外だ。ロイドさんにそんな習慣があっなんて初めて知った。



 香りを楽しんでいると、唐突に強烈な眠気が襲ってくる。



 なん、で……いきなり……あれは、薬? ロイドさん……使うなら……





















「ツカサ、起きろ。そろそろ行くぞ」



 ロイドさんの声がする。確かいい匂いがしたら一気に眠くなって、それで……意識をなくしたんだ。



「ロイドさん……何か薬使いましたよね?」


「ん? おお! ドルミールの安眠薬を使ったぞ」


「次は使う前に教えといてください。ちょっとびっくりしましたよ」


「あー、そうか。そうだな。悪かった」



 あとから聞いた話だが、仮眠が必要なときはさっきのドルミールの安眠薬という薬を使うのが冒険者の間では常識らしい。

 ロイドさんは俺が異世界から来たということ忘れて普通に使ってしまったようだ。


 装備を整え、偵察部隊用の外套を羽織る。この外套には匂いを消す効果があるそうだ。


 三人でブークリエ将軍のいるテントに向かう。

 空は分厚い雲に覆われている。おかげで月の光は地上まで届いていない。松明がなければ何も見えなかっただろう。



 偵察部隊は最悪見つかってもいいらしいけど、これなら気づかれずに接近できるかもしれないな。



「三人とも準備はできているな? すぐに出発する。偵察部隊の移動は速い。周囲の警戒などは彼らに任せ、ツカサ君とアリシアさんは移動に専念してくれ」


「わかりました。頑張ってついていきます」


「頑張ります! 私もツカサ様もロイドさんに鍛えられてますから、いっぱい走れますよ!」


「よし! では出発!」



 暗闇の中を走り続ける。

 木や岩、身長よりも高い草むらに身を隠しながら移動していく。


 直線で走るだけなら距離も速度もたいしたことはなかった。ただ身を隠すときに一度止まるせいか、短距離ダッシュを繰り返しやってるような気分である。

 急加速と急停止。この繰り返しはなかなかにきつい。しかしこの移動法のおかげで何度かヴァルドウォルフをやり過ごしているのも事実だ。体力の消費は激しい。だが戦闘を回避できるため、この調子で進んでいくのが結果的に体力の温存になるのだろう。




 しばらく走り続けると暗かった空は明るくなりはじめ、周りに見える木も多くなってきた。

 ロイドさんが偵察部隊の先頭へ出る。どうやら、ここからが魔族の警戒している森の中らしい。


 体勢を低くしながらさらに走り続ける。たまに休憩をはさんではいるが、さすがに疲れてきた。


 前を走る偵察部隊の人たちの動きは変わらない。姿も外套に仮面のようなものをつけているせいで顔も見えず、疲れているのかもわからなかった。

 その姿、雰囲気から偵察部隊というよりも暗殺部隊に見えてくる。しかも指示はすべてハンドサインであり、挨拶する間もなく出発したため声すら聞いたことがない。正直なところ、少し不気味でもあった。


 考え事をして、気を紛らわせながら必死に走る。すでに息は上がっていた。

 だいぶきついが泣き言はいえない。隣を走るアリシアはまだ平気そうな表情をしているのだ。



 アリシアが走るのは得意っていうのは知ってたけど……ここまで体力があるとは思わなかった。



 さすがに戦闘でもなく、走ってるだけでへばってるところは見せたくはない。もうあとは気力と意地で走りぬく覚悟だ。


 そのまましばらく走り続けていると、突如、偵察部隊の人たちが左右に散らばって姿を隠していく。

 ブークリエ将軍とロイドさんも岩の陰に潜むと、手招きで俺たちを呼んでいた。



「ここから先へ行くと魔族の攻撃が来る。たぶん拠点に使ってる魔道具とは別に、どこかに侵入者を感知する魔道具があるはずだ。……おやっさん、まだ時間もありますけど、感知の魔道具さがします?」


「そうだな……ロイド、感知された場合、隠れていても攻撃はくるか?」


「俺が前回隠れているときは攻撃はされなかったですよ。ただ、感知されてたかどうかは不明です。同じように森の奥を目指してた他のやつは攻撃されたって聞きましたけど」


「ふむ……以前に調査したとおりだな。魔族は感知の魔道具で接敵を知り、結界内の森の奥からこちらを目視していると推測されている。作戦どおり奇襲をおこなうためには感知されるのも避けねばならん」


「了解です。じゃあ、二人とも少しここで休憩だ。ただ、ここは敵の目の前になる。気は抜くなよ」



 ここから昼までは待機となる。とはいえ、日はすでに高い、昼になるまでの時間は長くないだろう。


 交代で見張りをし、食事をとっていく。



 ……この場所についてから一時間ぐらいはたっただろうか? 実際はもっと短いかもしれない。緊張してるのが自分でもわかる。ダメだな。時間の進みが遅く感じる。



 緊張から気がはやっていた。そんな中、突如ずっと耳を澄ませていたロイドさんが静かに立ち上がる。

 このメンバーの中で一番耳が良いロイドさんだ。何か聞こえた可能性が高い。



「……森の外から声が聞こえてきてる。前線が突入したみたいだぞ」


「前線の部隊は森に広く展開し、魔族の拠点と思われるこの場所を目指している。魔族の数が予想どおり少ないならば、対処するには何らかの行動を起こすはずだ」



 ロイドさんが声を抑えながら報告してくれて、ブークリエ将軍が補足するように前線の部隊について教えてくれた。


 今前線が動いたということは魔族が動くまでもう少し時間ある。そのため、ブークリエ将軍の言葉にあった魔族が起こす何らかの行動、今はそれを考えてみることにした。


 簡単に思いつく魔族の選択は、結界を利用して迎え撃つ、展開している部隊を一点突破して前線に攻め込む。あとは結界を放置して逃げる。これぐらいではあるが、魔法陣がある以上、まず逃げることは考えられない。


 結界を利用して迎え撃つという選択をされた場合は、俺たちが結界の一部を壊し、拠点に侵入する。拠点の中で結界の魔道具を壊せれば、前線の部隊がそのまま拠点を攻めてくれるだろう。ただ、拠点に侵入した時点で魔族には気づかれると思うので、魔道具を探して壊せるかは微妙なところだ。


 魔族が三人以上いるなら結界から出て乱戦を狙ってくる気がする。森にはヴァルドウォルフもいるし、パタゴ砦の壁を壊した魔族の強さを考えれば三人もいれば対処できると思う。そして俺たちが狙ってるのはこの展開だ。結界から出てきた魔族を奇襲して混乱させ、一気に戦力を減らしたい。


 森の奥を注意深く観察する。

 変化はない。前線の人たちの声は俺にも聞こえるようになってきた。



「おやっさん、どうします?」


「出てこないということは魔族の数は我々の予想より少ないのだろう。打って出る戦力はないと見るべきだ。もしくは結界を盾にすれば撃退できると踏んだか……どちらにしても作戦どおり行動を開始する」


「ならもう少し近づくんで、おやっさんは後ろをついてきてください。二人は待機だ。結界が壊れたら来てくれ」



 俺とアリシアは頷き、二人を見送る。

 できれば魔族には出てきてほしかったが、そう上手くはいかないようだ。


 もしも、二人が結界を壊せなかった場合は作戦失敗となる。ロイドさんとブークリエ将軍は大丈夫だと言っていたが、いまだにブークリエ将軍が戦ってるところは見ていない。そのせいか、少しだけ不安な気持ちもあった。



「ツカサ様、不安ですか?」


「戦いもだけど、まず結界が壊せるかがちょっとね」


「大丈夫ですよ。ロイドさんはもちろん、ブークリエ将軍はエクレール様に次ぐ強さを持ってるって聞いたことありますから」



 アリシアは胸を張り、自信満々にそう言っていた。



 エクレールさんへの信頼からなんだと思うけど……俺はエクレールさんの強さも知らないんだよな……



「あ! ツカサ様、ロイドさんたち準備できたみたいですよ」



 アリシアの言葉どおり、二人は攻撃の準備ができたようだった。


 ロイドさんを中心に葉や小枝などが渦巻き、空へと上がっていく。

 風系統の強力な魔法なのだろう。まるで小さな竜巻がそこにあるようだった。


 ロイドさんの隣、少し離れたところにいるブークリエ将軍のほうも魔法を準備している。そして、その属性は俺が初めて見るものだった。



 あれは……氷? 氷の矢が……いや、あの大きさだと氷の槍になるのか?



 ブークリエ将軍の頭上には氷の槍が現われていた。しかも、ゆっくりと回転しながらまだ大きくなっている。


 目立つせいか魔族にも気づかれたようだ。複数の矢が飛んでくる。しかし、ロイドさんには纏っている風で届かず、ブークリエ将軍のほうは手に持っている槍で叩き落していた。


 ロイドさんの魔法が放たれる。


 魔族の矢を巻き込みながら進んでいく。風の魔法のため、よくは見えないが巻き込まれた物の動きから、竜巻を横にして放ったようなものなのだろう。

 ガラスを引っ掻くような嫌な音とともに、何もない空間で風の魔法が止まる。あそこが結界のようだが、音だけ何の変化も起きていない。


 ロイドさんの後ろには、いつの間にかブークリエ将軍が移動していた。

 巨大な氷の槍が竜巻の中心に投げ入れられる。すると氷の槍は凄い勢いで回転を増しながら結界へと進みはじめた。


 巨大の氷の槍は竜巻の回転が加わり、巨大なドリルのようになっている。


 巨大なドリルと結界が衝突した瞬間、先ほどとは違う甲高い音が周囲に響く。

 結界は壊れていない。ただ、衝突した空間には亀裂のようなものができていた。


 ドリルの動きは止まらない。その回転は激しさを増し、亀裂はどんどん大きくなっていく。

 亀裂の隙間から中が見えはじめたとき、ガラスが割れたような音が耳に入る。


 風は止まり、氷の槍は砕けていた。木の葉や氷の欠片が舞い散っていく。

 そして、その欠片の向こうには、穴の開いた結界が顔をのぞかせていた。

読んでいただき、ありがとうございます。

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