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第十五話 襲撃

 第四師団は部隊をわけ、半分が先行部隊として東の門へ向かっていった。

 残りは師団長のエランを囲むように展開して移動している。俺はそのエランの横に並び走っていた。



「ツカサ、てめぇは東と南どっちが本命だと思う?」


「南じゃないか? 東は一番兵士の数が多いはずだし、南は唯一軍団長がいない場所だから、攻めるなら南だと思うけど」


「俺の予想では東だ。壁は簡単に穴をあけられるもんじゃねえ。大技を使ってるはずだ。西であけて、北でもあけたなら、すでに二発。南を攻めるなら三発目だろ? いくら何でもそんな使い手がたくさんいるとは思えねぇ」



 たしかに……でも、東に来て何をするつもりなんだ? 魔族が強いといっても、正面から第二軍と戦う理由はいったい……



「エランは何の目的で攻めてきたかわかる?」


「……そうだな。順当に考えれば、こっちの戦力を削りに来たって思うが……俺としてはあのロイドっておっさんが、拠点を見つけたんじゃねえかと思ってる」


「ロイドさんが拠点を? それが攻めてきた理由っていうのはどういうこと?」



 エランの考えでは魔族が拠点を見つけられたことに気づき、砦から攻撃される前に魔族が奇襲を仕掛けてきたのではないかということだった。


 今まで魔族の拠点は森の中というのはわかっているが、正確な位置は判明していない。

 一度、大人数で調査をおこなったものの、姿さえ確認できずに全滅したと聞いている。


 今まで味方がやられた場所から、大まかな場所は割り出すことはできたが、その場所を遠くから観察しても何も見つからなかったらしい。ただ、近づけば攻撃を受けるので、ロイドさんがその付近の調査に行ってるというのがエランから聞いた話だ。



 調査に行くのは聞いていたが、そんな危ない場所だったとは……あのとき、ロイドさんは何かを考え込んでいて、あまり話せなかったからな。



 森の中で音を立てずに動けるロイドさんなら、見つからずに調査できるだろう。そうであればたしかにエランの言うとおり見つけていてもおかしくない気もする。



「そこまでは理解できるし、ありえそうだとも思うけど……それだと、魔族は玉砕覚悟で攻めてきたことにならない?」


「どこまで攻めるかにもよるだろ。砦の被害が大きくなれば、場所がわかっても魔族のところにすぐ攻め込めねえ。ようは時間稼ぎに来たってのが俺の考えだ」


「だから、兵士が一番多い東を攻めることにつながるわけか。東で暴れられたら被害は大きくなる。でも、だとすると……」


「ああ、魔族は自分の力に自信があるんだろうぜ。殲滅はできなくても、適当に暴れて帰るぐらいなら簡単だってな!」



 少し、驚いていた。エランはその口調もあってか、あまり深く考えないほうだと勝手に思っていたためだ。どうやら見くびっていたらしい。さすがは若くして師団長に選ばれるだけのことはある。


 話しながら進んでいるうちに大きな門が見えてきた。辺りには兵士の人たちも大勢いる。混乱したようすはない。まだ何も起こっていないようだ。


 エランは軍団長に連絡を伝えに行くとのことで、俺は先行部隊と合流して門へと続く大通りで待機となる。しかし、どうにも落ち着かない。



 ……さっきからずっと違和感がある。エランの説明も理解はできるけど、なぜかしっくりきてない。否定的な考えが頭に浮かんでくる。



 たとえば、時間稼ぎをするなら、西の壁を壊してそのまま暴れても目的は達成できるはず。と考えたり、そもそも壁を破壊してるのは陽動じゃないのではと思ってしまう。


 ロイドさんが拠点を見つけたというのも推測だ。

 可能性としてはありそうだが、決定事項ではない。もし見つけてなかった場合、エランの考えはハズレで魔族が攻めてきた理由はなくなってしまう。


 見つけてないと仮定したとき、何故魔族は攻めてきてのか。エランの考えを否定するようだが少し考えてみる。


 数でだけならこちらのほうが多い。冷静に対処すれば迎撃できるため、必要が無ければ仕掛けてこないだろう。つまり仕掛ける必要があった。この砦に対して突然、何か不都合ができたことになる。



 ……魔族に対して不都合……俺の存在に気づかれた? いや、だったらもっと早く襲われてるはず。でも、他に不利を承知で攻撃してくるようなことなんて……もしかして、カルミ――



 突如、轟音が鳴り響いた。同時に暴風が吹き荒れる。その風の勢いはすさまじく、気づいたときには足が地面から離れていた。


 周囲の物や人を巻き込みながら、飛ぶようにして地面を転がっていく。


 前後左右、上下すらも分からなくなったころ、何かにぶつかり回転が一瞬止まる。視界に映ったのは建物の壁。それもちょうど角がすぐ傍にあった。


 必死に体を動かし、なんとか壁の角を掴む。暴風に再度吹き飛ばされそうになりながらも、腕の力のみで強引に移動し、どうにか建物の陰へと入ることに成功した。



 ……何が起きたんだ。この風は正面、門のほうから来た。……門が破られたのか? 警戒はしてたはずだ。どうしていきなり……



 建物の陰で風をやり過ごす。打撲や細かい傷を負ったが、気にしている余裕はなかった。それほどまでに目の前の大通りの光景があまりにも衝撃的だったからだ。


 人が飛んでいく。人だけじゃない、樽や建物の屋根、家の木材らしきものまで吹き飛んでいた。



 ……なんだこれ。何なんだよこれ! これが魔族の力? ありえないだろ!



 目の前の光景に平静さを失いかける。しかし、次の瞬間、混乱すらさせてくれないほどの強烈な頭痛に襲われてしまう。


 何も考えられないほどの急激な痛みとともに目の前が暗くなっていく。うずくまって必至に耐え続ける。どれだけ耐えたかわからない。辛うじて意識を失うこともなく、次第に頭痛は引いていく。そしてあまりの痛みを受けたせいか、気づけば失いかけた平静さも取り戻していた。



 ……落ち着け。冷静にならないと。まずはもう一度周りを確認しよう。



 風は止まる気配がない。むしろ少しずつ強くなっている。今、隠れている建物も揺れが大きくなり、いつまで持つかわからない状態だった。


 大通りから遠ざかる一本隣の道を確認する。

 隣の道に吹く風は強風ではあるが暴風ではない。さらにその道を挟んだ向こうの建物は、揺れてはいるが壊れそうには見えなかった。



 もしかすると、風の対象は大通りだけなのか?。



 頭に浮かんだ推測を確かめるため、大通りから離れるように移動する。

 建物の陰からでると風は強いが、吹き飛ばされるほどではない。とはいえ、足を滑らせれば転がって行ってしまいそうではある。

 身を小さくし、隣の通を横切り向こう側の建物の陰に入っていく。やはり先ほど見たとおり建物の揺れは小さい。考えはあたっていたようだ。


 そのまま大通りを後ろにして進むと、人影を発見する。他にも避難できた人がいたのだろう。何人かで集まっているようなので、ひとまずそこを目指してみる。



「よかった、きみは無事のようだな。我々は第二軍、ニ三一部隊だが、そちらの所属はどこだろうか?」


「俺は一時的にですが、本部の第四師団に所属しています」


「本部の……なるほど、我々と同じく門から距離があったのは幸いだったな。しかし、軍団長たちは……」



 第二軍の軍団長は門からは近い場所にいた。そして、そこに連絡を伝えに行ったエランもあの暴風を近くで受けたはずだ。無事だといいが……



「我々は仲間の救助を優先し、周囲を見て回る予定だ。きみはどうする? 一緒に来るか?」


「いえ、俺は門のようすを確認したいと思います」


「そうか……門のほうには他の部隊が向かっている。何か情報を手に入れているかもしないから、合流してみるのもいいだろう。気をつけてな」



 第二軍の人たちと別れ、大通りを迂回するように門へと向かっていく。ただ、かなり飛ばされていたようで到着まで少し時間がかかりそうだ。


 先ほどの人たちとの情報交換によると、あの風は一方向にだけ吹いており、発生地点が徐々に中央に向かっているらしい。

 つまり、今なら門のほうは風が吹いていないということになる。



 ……風の発生地点が中央に向かってるのも気になるけど、本部には報告に向かった部隊がいるらしいからたぶん大丈夫だろう。今はエランのほうが心配だ。それに門からは魔物も入ってきてるはず。それも止めないとまずいことになる。



 走り続けてようやく門へと辿り着くと、そこには残骸しか残されていなかった。門は完全に破壊され、辺りには瓦礫が散乱し、近くの建物も見る影もないほど壊れている。


 大通りのほうも被害は大きい。馬車が行き交うことができる程度だった幅が、運動場のような広さへと変わってしまっている。そして門があった残骸の近くではすでにヴァルドウォルフとの戦いが起きていた。魔物の数は十匹以上、死体を含めると数えきれない。対して、動いている味方は八人しかいなかった。



 ……話を聞くためにもまずは魔物を倒さないと。邪魔にならないように端のやつから狙おう。



 魔物の死角を走る。

 魔物は目の前の兵士の人に気をとられ、気づくようすはない。


 間合いに入る。ようやくこちらに気づいたようだが、もう遅い。

 振り返ってる途中の胴体を突き刺し、斬り上げる。体勢を崩したところに首を狙って振り下ろす。



 まず一匹。



「加勢します!」


「助かる! 魔術師の援護を頼む!」



 それらしい杖を持ってる人に視線を向ける。

 どうやら魔法を使う余裕がないようで、杖を振り回して牽制をしていた。


 急いで杖を持ってる人へと向かう。今回は死角に入れず、魔物に気づかれてしまう。



 奇襲が一番楽なんだけどな……しかたない。正面から一気にやろう。



 剣を鞘に納め、鞘付きのまま構えなおす。その間にヴァルドウォルフは標的をこちらに変えたらしく、走る勢いのまま跳びかかってきていた。


 首への噛みつきを鞘で防御する。

 横にずれながら衝撃を受け流し、鞘から剣を抜いていく。鞘をくわえたまま着地したヴァルドウォルフを後ろから切り伏せ、次を探す。



 二匹目。次は……あぶない!



 押し倒され、かろうじて噛みつかれるのを防いでいる人が視界に入る。急ぎ走るが、爪での攻撃を受けて剣を手放すようすが見えてしまう。



 まずい! 間に合わない!



 牙が首へと刺さる瞬間、爆発音とともにヴァルドウォルフはこちらへと吹き飛んできた。

 空中で身動きが取れない胴体を貫く。



 これで三匹目。でも今のはいったい?



「ツカサァ! ボケっとしてんじゃねぇぞ!」



 声に反応して視線を送ると門の外側にエランの姿が見えた。もしかすると先ほどのはエランの魔法だったのかもしれない。



「エラン! よかった! 無事だったのか!」


「話はあとだ! さっさと終わらせるぞ!」



 エランが合流したことで一気に戦力が上がり、あっという間に戦闘は終了する。

 結局、魔物は十七匹もいたが、そのうち俺が倒したのが七匹、エランは後から来たのに六匹だ。残りは兵士の人たちが倒していた。



「ツカサ、無事だったみてぇだな。他のやつらはどうなった?」


「ごめん、避難するのに精一杯で確認できてないんだ。ただ、俺より後ろいた人たちは逃げられたかもしれないけど……」


「そうか……きっと大丈夫だ。やわな鍛え方はしてねぇからな」


「エランは見たところ大きな怪我はなさそうだけど、どうやってあの暴風をしのいだの?」


「しのいだわけじゃねぇ。たんに門からずれた場所にいただけだ。一緒にいたロールナイト軍団長も無事だぜ」



 ロールナイト軍団長がたまたま門の正面ではなく、少し外れた建物にいたらしい。エランはそこに連絡に行ったために直撃はせずにすんだとのことだった。

 ただ、直撃は避けたが気を失っていたようで、意識が戻ったときには門から魔物が入っていたという。


 生き残っていた兵士たちとヴァルドウォルフの侵入を防ぐ戦いがはじまり、エランは門の内と外を行き来しながら魔物と戦っていたと聞く。

 ロールナイト軍団長は門をエランに任せ、自らは暴風を起こした犯人の正体を暴くために中央へと追いかけて行ったそうだ。



「たぶん魔族だ。ヴァルドウォルフじゃ、あんな風の魔法は使えねぇはずだ」


「魔族……ここはエランもいるし大丈夫だと思うから、俺はロールナイト軍団長のほうに行ってみる」


「おい、待て。勝手に決めるな。一応、てめぇは俺の指揮下にあるんだ。勝手に動くんじゃねぇよ」


「あー、ごめん。忘れてた。……じゃあ、どうする?」


「俺も行く。周辺は片付けたしな。ここはこいつらとこっちに向かって来るやつらで大丈夫なはずだ」



 そういうとエランは近くにいた兵士に説明し、この場の任せたようである。


 辺りを見渡す。

 怪我人が多く見える。ここには回復魔法が使える人はあまりいないようで、みんな回復薬を使っていた。



 そういえば、回復薬は……やっぱり、ダメだったか。



 腰の袋に入れておいた回復薬は瓶が割れ、中身がこぼれていた。



 大きな怪我はないけど、回復薬がないってなると不安になるな……



「ツカサ、準備はいいか? そろそろいくぞ」


「わかった。行こう」



 大通りを中央に向かって走ると、被害の大きさがよくわかる。

 壊れた建物も酷いが、それよりも目を引くのが倒れている人の多さだ。


 ほとんどの人は動いていない。



 ……これは、酷いな……苦しそうだ。



 吹き飛ばされ、地面や建物に衝突したのだろう。腕や足が変な方向に曲がってる人が多い。

 回復手段のない俺たちにできることはない。早急に魔族を倒し、速やかに救援できるような状況を作るほうが結果的に助かる人は増えるはずだ。



 ……でも、わかってはいるんだけど……



「……カサ! ツカサ! おい! 聞こえてんのか!」


「あ、え、ごめん。周りに気をとられてたみたいだ」


「大丈夫ならいい。もうすぐのはずだ。気をしっかり持てよ」


「わかった。ありがとう。でも、大丈夫」


「意外と肝が据わってるじゃねぇか。大抵のやつは吐いたり、気分が悪くなるもんだが……顔色も悪くねぇみたいだし、ほんとに大丈夫そうだな」



 ……俺はなんで大丈夫なんだ? 魔物ならともかく、人の死体を見たのは初めてのはずだ。

 なんで……いや、ダメだ。今は戦闘に集中しなくちゃいけない。余計なことは考えちゃいけない。そうだ、考えるな。考えるな。戦うことだけを考えろ。


 頭が痛い。これから魔族と戦うかもしれないのに……



 意識を失いそうになりながら、必死にエランについていく。

 視界がかすんでいた。頭を振り、集中して前を見る。


 前方には人影が見えてきた。

 全身鎧の大柄な男性。特徴的な鶏冠のような兜。


 実際に会ったことはないが、その特徴は聞いていた。間違いなくパタゴ砦第二軍、ブロディ・ロールナイト軍団長だ。


 ここからだと見えているのはロールナイト軍団長の背中だった。


 頼りがいのあるはずの大きな背中に今は力を感じない。腕は垂れ下がり、体は痙攣している。


 そして、その背中は赤い。鎧の色ではなく、血の色に染まっていた。

読んでいただき、ありがとうございます。

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