第十三話 対師団長
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「これより第四師団長エラン・サングリエ対冒険者ツカサの試合をおこなう! 審判は私、ロシュ・ブークリエが担当する! 双方、位置につけ!」
ブークリエ将軍の声が訓練場に響く。
訓練場は分厚い石の壁に囲まれているが天井はない。広さでいえば野球ができそうなほどの大きな施設だ。
俺は今、その訓練場の中央に立っている。
息を大きく吐き、緊張をほぐしていく。
周りには大勢の人が見物に来て人垣を作っていた。
広い訓練場だが、人垣により戦う範囲はだいぶ狭くなっている。
ロイドさんとアリシアは人垣から一歩前、ブークリエ将軍の後ろにその姿が確認できた。
ちなみに冒険者と呼ばれているのは、まだ勇者とは呼べないためらしい。砦にいて、試合をしてもおかしくない立場が冒険者とのことだ。
対戦相手のサングリエ師団長については何も知らない。
公平を期すためにお互いに情報がない状態で戦わせる、という理由から名前以外は伏せられていた。
見た目は赤い髪に鋭い目、身長は同じぐらいで、もしかしたら年齢も近いかもしれない。突然呼ばれたせいだろうか、顔をしかめて不機嫌そうな表情をしている。
……観察してみたけど、たいしたことはわからないな。見た目でわかったのは剣を使うことぐらいか。
所定の位置につき、互いに訓練用の剣を構える。
サングリエ師団長の構えは独特で、右手のみで剣を持ち、肩に担いだ状態だ。変わった構えだが、あれが普段どおりなのか、それともこちらを舐めているゆえなのかはわからない。
「勝敗は、致命に匹敵する一撃を与えての勝利か、降参による敗北で決まる。双方、準備はいいな? では…………はじめ!」
合図と同時にサングリエ師団長はこちらに走って来る。剣は担いだままだ。
担いだ状態なら振り下ろしの可能性が高い。そう思ってまずは受け流してカウンターを狙う。
「オラァッ!」
気合の入った声と同時に剣が振り下ろされてきた。
防御には成功したが、すぐに蹴りが来たので受け流しは諦め、後ろに大きく跳ぶ。
サングリエ師団長は剣を担ぎなおすと、すぐに追ってくる。その速度は速いとはいえないが、呼吸を整える暇はなさそうだった。
……構えが一緒? 同じ攻撃? なら今度は先に仕掛けてみるか。
着地した瞬間に前へと踏み出し、突きを放つ。
防御、回避どちらでも構わない。まずは足を止める。
そう思って繰り出した突きだったが、結果は防御でも回避でもなく、迎撃であった。
サングリエ師団長は突きに対して剣を振り下ろしたのだ。
俺の剣は地面へと叩きつけられる。
幸運なことに剣から手を離さずに済んだが、代わりにバランスが崩れてしまう。
追撃の拳が見える。
倒れるように転がり、何とか回避には成功。ただし息をつく間もなく、蹴りが迫ってくる。
今度は回避できず、腕での防御をおこなう。
防ぐことはできたが威力を抑えられず、俺はそのまま吹き飛ばされてしまう。
転がりながらも地面に手を叩きつけ、その反動で無理やり跳び起きる。
サングリエ師団長へ視線をやると、すでにこちらに向かって走り出していた。
また同じ構え……たぶん同じ攻撃が来る。
最初は防御し、追撃を避けたためにカウンターができなかった。次は先手を取り突きを繰り出したものの、剣を狙われ迎撃されている。
そして三度目ともなれば目が慣れた。おそらく避けられる。だとするならば、今度は追撃を警戒して相手の右側に回り込むように避けるべきだろう。
右側に避ければ、一番早い追撃は蹴りとなる。選択肢としては、剣での横なぎや左手の拳もあるが、体勢的に蹴りよりは遅いため、まず考えなくていい。
そして想定どおり蹴りが来たら、その足を狙って攻撃する。上手くいけば足を止めることができ、怪我の具合によっては試合終了となるはずだ。
考えているうちに距離は詰められていた。
サングリエ師団長は怒声に近い声を上げながら剣を振り下ろしてくる。
「ゴラァッ!」
予想どおりの同じような振り下ろし。予定どおりに相手の右側へ回り込むように回避する。
防御したときよりも剣の動きを見ることができた。
わかったことは、剣を振る速度が想像よりも速いということだ。片手で振っているとは思えない。回避はできたが、思ったよりも余裕はなかった。
追撃は予想どおり蹴りがくる。
ただし、予想していたのは右足での蹴りである。左足での後ろ回し蹴り、しかも頭部を狙ってくるのは予想外であった。
足を狙いの下段に構えた剣では防御に間に合わず、とっさにしゃがんで躱す。同時に剣を持ち替え、左手のみで持つ。
サングリエ師団長は後ろ回し蹴りの勢いを利用し、右足一本でコマのように回転しながら剣を振るってくる。
この攻撃は回し蹴りがきたときになんとなく予想できていた。そのため、すでに迎撃の準備はできている。
しゃがんだ体を立ち上がらせていく。体が伸びていく勢いに合わせて、左手に持った剣で薙ぎ払う。
互いの剣がぶつかり、鈍い音が響く。
左手で振るったために剣の威力は低い。しかし、なんとか力負けせずに迎撃できた。
サングリエ師団長の回転して振るわれた剣は勢いこそあったが体勢が悪く、俺の剣を押し切るほどの力はなかったようだ。
お互いの状態は似ている。剣は弾かれて使えず、空いている手も届く距離ではない。
唯一違うのは俺が二本足の足で立っていて、向こうは未だに片足で立っていることだ。
即座に前蹴りを放つ。
みぞおちを狙ったが、腕で防御される。しかし、体重を乗せた一撃は相手の不安定な態勢もあり、大きく吹き飛ばすことに成功した。
距離が開いたことにより、思わず一息つく。
……次はこちらから攻めないと。
サングリエ師団長は受け身をとり、すでに体勢を整えている。また同じ構えをしているが今度はすぐに攻めてこないようだ。
……力は向こうが若干強い。でも速さは俺のほうが上だろう。ただ、あの独特の構えからの振り下ろしだけは速さが違った。あれだけは注意しないと。
これまでの戦い方を見るに、サングリエ師団長は攻撃を重視しているように思う。加えて追撃のときに剣より蹴りなどを多用してくることから、格闘のほうが得意な可能性がある。
近接戦より魔法が有効かもしれない。
考えながらも右手に魔力を集めていく。
使うのは速度重視で雷属性の魔法だ。防御されたとしても動きは一瞬止まるだろう。
「サンダーボール・バースト!」
「チッ、ファイアボール・バースト!」
魔法の発動が早い!
雷の球を放つと、その直後に炎の球が飛んでくる。二つの魔法の発動には微かな差しかなかったが、速度の差によって魔法はサングリエ師団長の近くで衝突した。
爆炎が広がり、姿を見失う。
次は魔法か? それとも突っ込んでくるか? いや、この人なら……
再度魔力を集めはじめる。すると煙の中からサングリエ師団長が飛び出してきた。剣を担ぎ、こちらへ一直線に向かってくる。
話したこともない人だが、この短い時間でも性格がわかったような気がしていた。
この人なら爆炎も意に介さずに抜けてくると思ったのだ。おかげでこの魔法も無駄にならずに使える。
「オッラァァッ!!」
「ファイアシールド・インパクト!」
ギリギリ間に合ったけど、長くはもちそうにない!
炎の盾は剣を防ぐことはできたが、すでにひびだらけだ。
術式の効果で衝撃も発生しているはずだが、気にしたようすもなく押し込んでくる。
ガラスの割れるような音とともに、炎の盾が砕けていく。
砕けた瞬間に左へとステップし、剣の軌道から外れる。その結果、サングリエ師団長の剣は勢いよく地面を叩くこととなった。
体が横に流れたまま、左手に持った剣で突きを放つ。しかし、前へ屈んで回避されてしまう。
すぐに立ち上がってくると思われたサングリエ師団長は屈んだ状態のままだ。何故か両手を地面につけている。
なんだ? 今から逆立ちをするみたいな体勢で……まずい!
まるで馬の後ろ蹴りのような両足蹴りが来る。右腕で防御するが、またしても大きく吹き飛ばされてしまう。
……危なかった。途中で気づかなかったら、今ので終わってたはずだ。
サングリエ師団長はロイドさん、セリューズさんとも違い、変則的な戦い方をしてくる。
今までにない戦い方、実力が近いせいもあるかもしれないが少し、楽しくなってきた。
サングリエ師団長は、呆気にとれたような顔をしていた。すぐに表情は変わったが、今までの不機嫌そうな顔ではなく、獰猛な笑みを浮かべている。
だいぶ凶悪な笑顔だ。ときおり聞こえていたかけ声と相まってチンピラにしか見えない。
「スカした面して、気合の足りねえ野郎だと思ったが……いい顔できるじゃねえか! 少し楽しくなってきたが俺も忙しんでな。次で終わりにさせてもらうぜ」
サングリエ師団長は剣先をこちらに向けると、そう宣言してきた。
……スカしてるって……出来るだけ冷静に戦おうと思ってただけなんだけどな。訂正したいけど、そんな暇はなさそうだ。
構えが変わっていた。
剣を肩に担いでいるのは一緒だが、片手ではなく両手になっている。
わざわざ宣言までしたからには、あの構えからは大技がでるはず。……ちょうどいい、まだ実践では使えない魔法を試してみよう。
剣を握ったまま、両手に魔力を集めていく。先ほど防御した右腕に痛みが走る。
痛みで集中しづらく、魔力を集めるのに時間がかかってしまう。だが、こちらも大技を出すと察してか待ってくれているようだ。
魔力が集まる。属性は炎、型はオーラ。効果は維持と爆発だ。
その特徴は物に魔法を込め、魔力が切れるまで維持するというもの。今は爆発の魔法を剣に込める。
「イクスパンドマジック! ファイアオーラ・メインテイン・バースト!」
「おもしれえ!」
互いに走り出す。
……サングリエ師団長は両手持ちになっただけ? 威力は上がるだろうけど、わざわざ宣言するほどじゃないはず。それにあの構えじゃ走りにくい。実際、片手のときよりも遅く感じる。何か狙いがあるはずだ。
「いっくぜぇ! ファイアオーラ・バースト!」
サングリエ師団長はかけ声と同時に軽く跳び上がり、両足で着地した瞬間に魔法を発動した。
魔法を足で発動した!?
足下が爆発し、空を飛ぶ姿はまるでロケットの発射のようである。しかしロケットとは違い、飛んでいる方向は上ではなく横だ。
サングリエ師団長は空を飛び、一気に距離を詰めてくる。
そして飛ぶ勢いを乗せて、すさまじい速度で剣を振り下ろしてきた。
俺はそれに負けないように全力で魔法を込めた剣を振り下ろす。
「オォリャァ!」
「はぁっ!」
轟音が鳴り響く。
目の前が真っ赤になり、何も見えなくなる。
「そこまで! 両者戦闘不能により、この勝負引き分けとする!」
……引き分け? 勝てなかったのか……
目が治ってきた。見えたのは青空だ。いつの間にか仰向けに倒れていたらしい。
体を起こし、周りを見る。遠くにはブークリエ将軍が立っており、周囲の人たちは歓声を上げているようだ。
少し離れたところにサングリエ師団長が倒れていた。意識はあるらしく、起き上がろうとしている。
立ち上がろうとしたとき、体に痛みが走った。
あちこちと痛い。腕や肩は軽い火傷もしているようだ。
……これはアリシアに怒られるかもしれない。
「ツカサ様! 大丈夫ですか!」
「大丈夫だよ。少しだけ怪我しちゃったけど、たいしたことないから!」
「……ツカサ様。怪我はともかく、その火傷はたいしたことあります! それに! あの魔法はまだ実戦では使っちゃダメって言いましたよね!」
「試合だからいいかなぁって……ごめんなさい」
アリシアはニコニコと笑っているが威圧感が凄い。
最近は距離が近くなったのか、お互いに遠慮しなくなっている。それはいいのだが、無茶をするとよく怒られるようになってしまっていた。
その場に座り、アリシアに回復魔法をかけてもらっていると、サングリエ師団長がやってきた。どうやら回復魔法の途中で来たようで、隣の人が怒っている。
「よう、重症みたいだな。」
「たいした傷ではありません。サングリエ師団長こそ重症なのでは?」
「あぁ? てめぇ、なんだぁ、その喋りかた。堅苦しいからもっと普通に喋れよ」
「……わかったよ。たしかにサングリエ師団長なら丁寧に話す必要はなさそうだ」
話してみると、やはりチンピラという印象にしかならない。師団長という肩書がなければ完全に、いや、あってもチンピラだろう。
師団長というからには戦闘では指示を出したりするんだろうか? この人が指揮をとっている姿は全く想像できないけど……
「いちいち、師団長つけて呼ぶんじゃねえよ。エランでいい。おめぇのこともツカサって呼ぶ」
「ああ、わかった。エラン、いい試合だった。またやろう」
「おう! 次は引き分けじゃ終わらせねえ。覚悟しとけよ」
サングリエ師団長、エランは周りの兵士たちに引きずられるように去っていく。
入れ替わるようにロイドさんが来た。浮かない顔をしている。どうしたんだろうか。
「お疲れさん。いい試合だったな。怪我のほうはどうだ?」
「ありがとうございます。怪我はアリシアのおかげでほぼ治ってます」
「よし、じゃあちょっと場所変えようぜ。おやっさんも後からくるから」
最初に案内された部屋へと戻る。ブークリエ将軍はエランのほうによってから来るらしい。
魔法をかけ終わったアリシアは道中、部屋に入ってからも説教が止まらない。
ロイドさんに視線で助けを求めたが、何か考えているようで残念ながら気づいてもらえなかった。
「すまない、遅くなってしまった。まずはツカサ君、ご苦労だった。見ごたえのあるいい試合だったよ」
「ありがとうございます。それで、あの……結果としてはどうなんでしょうか?」
「そうだな。いい試合、いい勝負だった。しかし、きみを勇者と呼ぶにはまだ早いようだ」
ダメだったのか……あの戦いでは勇者とは認めてもらえないみたいだ……やっぱり、勝たないとダメだったのかなぁ。
「たしかに引き分けでしたけど、ツカサ様は頑張ってました! 強いのも伝わったはずです!」
「アリシア君……違うのだよ。私は勇者と呼ばれる人間を見たことがある。圧倒的だった。たった一人で戦況を変え、涼しい顔で数多の魔物を殲滅していた。私にはその記憶が戦列に残っているのだ」
「それは、先代の勇者様ですか? でも、ツカサ様はまだこの世界に来てひと月も経ってないんです。先代勇者様と比べるなんて……」
「ああ、そのとおりだ。最初から強い人間なんていない。先代勇者様も初めから強かったわけではないらしいしな。だから、まだ、なのだよ」
まだ? そういえば、ブークリエ将軍は勇者と呼ぶには”まだ”早いって……
「アリシア、ありがとう。ブークリエ将軍、まだってことは、この先いつか呼んでくれる可能性はあるってことですよね?」
「もちろんだ。ツカサ君を勇者と呼ぶ日はそう遠くないだろう。アリシア君も言っていたが、ひと月も経たずにそこまで強くなったのだ。その成長速度は凄まじいものがある」
「でも、時間がありません。早く魔族を倒さないと……」
「今、勇者の名のもとに総攻撃をしかけても魔族は討てない。失敗すれば士気の低下どころではなく、戦線が崩壊する恐れがある。そうなれば、たとえ勇者といえど協力するものはいなくなるだろう」
ブークリエ将軍の意思は固く、今のままでは協力してもらえそうにない。
俺とアリシア、ロイドさんの三人で攻めることが頭をよぎる。
……俺は何を考えているんだ。いくら何でも三人じゃ勝ち目はないだろう。
ここは力をつけて、勇者として認めてもらうしかない。
「とはいえ、時間がないのもたしかだ。二十日だ。二十日で師団長を圧倒できるほど強くなりなさい。兵士たちは今のきみの強さを見ている。短期間で強くなれば、成長の度合いはわかりやすい。そこまでいけば、あとは私が砦の者たちを納得させよう」
「わかりました。精一杯やらせてもらいます」
二十日か……できるだろうか?
やるしかないのはわかっているが、今までのように急速に強くなることはないと思う。カルミナから与えられた経験はすでに体になじんでいるからだ。最近では体が勝手に動くこともなくなってきている。
魔族を早く倒さなければという焦り、強くなれるのかという不安な気持ち、心の中に負の感情が広がっていくような気がしていた。




