第十一話 戦いのあと
「――サ、――ツサ、――きろ」
……なにか、きこえる……だれだろう……
「ツカサ、そろそろ起きろ。今日中にはこの村をでるんだぞ」
ゆっくりと目を開いていく。
視界の中にいたのはロイドさんだった。
ここは……? あぁ、そうだ、昨日は村に帰ってすぐに寝ちゃったんだ。簡単に討伐したことだけは伝えて、詳しい話は今日にしたんだっけ?
「お? 目が覚めたか? 俺は先にセリューズの旦那のとこに行って話をまとめておくから、ツカサも飯食って準備ができたら来てくれ」
そう言うとロイドさんは部屋を出ていく。
そういえば携帯食料だけしか食べていない。そのせいかだいぶお腹が空いていた。
着替えようとしてズボンが無いことを思い出す。ヴァルドウォルフに噛みつかれ、今まで装備していたズボンは見るも無残なありさまとなっていた。
とりあえず予備の普通の服に着替え、新たな装備を考えるのは後回しとする。
……装備についてはロイドさんとセリューズさんに聞いてみよう。
外へ出ると、すでに日が高かった。お昼前ぐらいだろうか。こんな時間まで寝ていたとは思わず、少し戸惑ってしまう。
この時間だとセリューズさんは施設を巡回してるって聞いた気がするけど、どこにいるのだろうか?
セリューズさんの居場所とお腹を満たすために、まずは食堂へ行ってみる。村長であるセリューズさんの居場所なら、誰かしら居場所を知っているだろうとの考えだった。
「あ! ツカサ様! おはようございます! 怪我の調子はどうですか? まだ痛みますか?」
「おはよう。おかげさまで怪我は大丈夫だよ、痛みもない。アリシアは朝食?」
「いえ、どちらかというと早めのお昼ごはんです! ロイドさんが今日この村を出るって言ってたので、食べておかないと!」
食堂に着くと先にアリシアがいた。どうやら、俺以外は普通に朝から起きていたようだ。
ロイドさんは朝から物資の確認など、出発の準備をしてくれていて、アリシアはシュセットの世話と、怪我人に回復魔法をかけていたらしい。
なんだかずっと寝てて申し訳ない……代わりになるかわからないけど、御者と野営の準備を頑張ろう。
アリシアと二人でご飯を食べ、ロイドさんたちのもとへ向かう。
場所はアリシアが知っていた。村の入り口にいるとのことだ。
村の入り口に近づくと、セリューズさんの姿が見えてくる。
「セリューズさん! 昨日は迷惑をかけてしまってすみませんでした」
「いやいや、あれくらいなんでもない。それより、ツカサ君が元気になったみたいでよかったよ」
昨日、村に着いたとき、傷を見たセリューズさんが部屋まで運んでくれたのだ。少しだけ恥ずかしさもあったが、それ以上に感謝している。
「そういえば、ロイドさんはどこにいるんですか? セリューズさんのところにいると思ってたんですけど」
「ロイドなら……ああ、ちょうど戻ってきたようだ。あそこにいる」
セリューズさんが指したほうには、馬車を引いているシュセットとその御者をしているロイドさんがいた。
「おう! 二人とも来たな。セリューズの旦那への報告はしといたぞ。で、これはその旦那から二人にだ。」
「急遽用意したものなので、気に入ってもらえるかはわからないが、よければ使ってほしい」
「二人に必要なものだと思うぜ。特にツカサはちょうど欲しかったはずだ」
俺とアリシアに袋が渡される。
なんだろう? これは……靴とズボン? たしかにちょうど必要だった。これは嬉しいな。
アリシアのほうを見てみると、同じく靴を持っている。ただ、俺のとは形が違う。アリシアのは脛まで覆うロングブーツのようだった。
「セリューズさん、ありがとうございます!」
「ありがとうございます! ツカサ様、さっそく装備してみましょう!」
「装備品については、簡単な説明書きを袋の中に入れてある。時間があるときにでも確認してほしい」
さすがセリューズさんだ。気が利いている。
アリシアに馬車を譲られてので先に入り、まずはズボンを着替えていく。
着替えていると話にあった説明書きを見つけた。あとにしようかとも思ったが、つい気になって読んでしまう。
森大狼の服・下。
大型のヴァルドウォルフの革で作られた服。軽く、伸縮性に優れており、少しだが土魔法に耐性を持つ。染色により、黒く染まっている。
必要そうなところだけ目を通してみた。他にも納入日や品質の評価なども書いてあったが、そこらへんはあとで確認しようと思う。
あのヴァルドウォルフがズボンになるとは……なんだか不思議な気分だ。
履いてみると説明書きのとおりで、よく伸びて動きやすい。これなら戦闘でも問題なさそうだ。
ついでに靴も履き替える。真っ黒な靴だ。これもつい説明書きを読んでしまった。
黒馬の堅靴。
シュバルツアングストの革から作られた靴。
足首まで覆われ、堅く防御力に優れている。染色はなし。また、靴底には魔物シュテルケブーゼを加工したものが使用されている。
歩いた感触は元の世界の靴と比べても変わらないような気がした。靴底の魔物を加工したものがゴムのような役割をしているようだ。
着替え終わり、アリシアと交代するために馬車を出る。
「おお! 似合ってるじゃねえか」
「以前の不思議な靴も悪くなかったが、こちらも似合っている。靴の大きさはどうかな? 目測なので合わなければ取り換えよう」
「ありがとうございます。ちょうどいい大きさです」
実際に靴のサイズはぴったりだった。目測でわかるセリューズさんに内心驚くが、それ以上に驚いたのはアリシアだ。いつの間にか着替え終わっている。どうやら外で着替えてしまったらしい。
「ツカサ様、どうですか! かっこいいと思いませんか!」
「うん、似合ってる。恰好いいよ」
よほど嬉しかったのか、アリシアは靴全体が見えるようにスカートの裾を持ち上げていた。ちなみに、スカートの下にはちゃんとズボンを履いている。おそらくスカートの下に履くだけだから外で着替えてしまったのだろう。
「よし! じゃあ、そろそろ行くか。とりあえず御者はツカサだ。地図は嬢ちゃんに渡しとくから、隣で道を教えてやってくれ」
「わかりました! 道順は任せてください! セリューズさん、頂いたこの靴、大切に使います。ありがとうございました!」
「お世話になりっぱなしですみません。ありがとうございました。また機会あったら、手合わせしてください」
セリューズさんに別れの挨拶をして、それぞれが馬車に乗り込む。
短い間だったが、濃い体験をした場所だった。別れが寂しく感じてしまう。
まだまだセリューズさんに聞きたいことも、教えてもらいたいこともある。……また、いつか必ず来よう。
「何かあったらいつでも訪ねてきてくれ、力になろう。三人の旅の無事を祈っている。……ロイド、頼んだぞ」
「おう! セリューズの旦那には会うたびに世話になってるからな。任せといてくれ!」
最後にロイドさんが会話を交わし終えたところで、馬車を走らせていく。
次の目的地はパタゴ砦だ。
そこでは魔族との戦いになるだろう。今のままで勝てるのか、少し不安ではある。
魔族は積極的に攻めてきていないという話で、いまだに何をしているのか不明だという。前線で戦う将軍たちの考えでは戦力を集めているという予想になっているが、あくまでも予想だ。真偽のほどはわからない。
攻める前にカルミナから情報を貰えればいいんだけどな。まぁまだ、パタゴ砦まで時間はあるし、きっと何とかなるだろう。
「ツカサ様、地図によるとしばらくは道があるみたいです。途中で森の中を進まないといけないみたいなので、今のうちに距離を稼いでおきましょう」
「了解、途中で道はなくなるんだね。村から物資を送るって話だったから、道ができてるのかと思ってたよ」
「たぶんですけど、砦が落ちたときに時間を稼いだり、森に潜んで奇襲を仕掛けるためだと思います」
「なるほど、たしかにそれはありそうだね」
森か……やっぱり魔物はいるんだろうか?
「ツカサ様? どうしましたか?」
「いや、森に入るって聞いたから、もしかしたらまた魔物がいるのかなって」
「可能性はあるとは思います。けど、一応は物資が通るので、定期的に見回りはしてるんじゃないでしょうか」
確かにそのとおりだ。もう一度魔物と戦う機会があると思ったが、しばらくないのかもしれない。
次に戦うことがあるならば、大きな怪我をしないで勝ちたいと思っていた。そのせいか少し残念な気持ちだ。
戦いといえば、練習したいことがある。
剣と魔法、両方を同時に使うことだ。俺は動きながら魔力の操作がうまくできず、接近戦をしながら魔法を構築できない。アリシアならできるのだろうか。
「アリシアに聞きたいんだけど、接近戦をしながら魔法って使える?」
「うーん、できなくはないです。ただ、私の場合は杖を持ってないと無理です。動きながらだと魔力制御がぎこちないので、杖の補助ありでなんとかって感じです」
「アリシアでそうなら俺にはまだ無理かな。剣の代わりに杖を持つわけにもいかないし」
「じゃあ、魔剣を手に入れるっていうのはどうでしょう? 魔剣なら魔杖と同じように、魔力制御の補助をしてくれるのはあると思います」
そういえば、ロイドさんがいろいろな魔剣の話をしてくれてた。その話の中にも魔力制御を補助してくれるのもあった気がする。ただ、問題はどうやって手に入れるかだ。
……もしかしたら、カルミナなら魔剣の場所も知ってるかもしれない。また頼ってしまうが、これも今度聞いておこう。
アリシアと話しながら馬車を進ませる。
少し速度を上げているが、シュセットは余裕そうだ。久しぶりに走るから元気が有り余っているのかもしれない。
村までを一度目の旅だとするなら、これは二度目となる。
一度目の旅は怪我をしてしまったが、目標の日数でたどり着けた。順調に終わったと言ってもいいだろう。
二度目の旅がどうなるかはわからないが、最終的には順調だった言えることを願っている。そのためにも強さは必要だ。
仮にも勇者と呼ばれるなら、みんなを守れるようにならなきゃいけない。微かな頭痛を感じながらも、俺はそう強く決意するのであった。
◆◆◆◆◆◆◆
デメル村から近い森の上空。
地上からは確認できない高さに男が浮いていた。
「反応があったのはこのあたりだが……すでに移動しているようだな」
男は空中に床があるかのように、空を歩いて移動していく。
少し歩いては周囲に視線を走らせる。
それを何度か繰り返すようすは、何かを探しているようにも見えた。
しばらくすると立ち止まり、腕を組んで動かなくなる。
「見つからないか……まあいい。たしか、この近くにはシルビアがいたはず、念のため顔だしておくか」
男が呟いた後、その姿は初めからいなかったように消えていた。
この話で一章が終わりとなります。
次からは二章となりますが、投稿ペースは変わらずにいけそうです。
これからもよろしくお願いいたします。