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第百九話 接敵

 時刻は夜。寒空の中、アリシアは空に浮かんでいた。

 輝く金色の髪に整った顔、教会のローブを着たアリシアは瞑っていた目を開ける。



『……予想より早かったですね。それにその瞳、魔族になってしまうとは』



 アリシアの口から出た声はカルミナのものだ。



 ……やっぱり乗っ取られたままか。せめて意識がないといいけど。



 これからカルミナに対し攻撃を加えることを考えると、アリシアの意識はないほうがいい。覚悟は決めたとはいえ、もしアリシアの悲鳴が聞こえたりしたら攻撃を躊躇ってしまいそうだった。



『それでもツカサは勇者です。勇者と魔王、手を組むのは間違っているとは思いませんか? ツカサ、世界のために魔王を倒しましょう』



 ゆっくりと首を横に振る。もうカルミナに変えられることも、それによって操られることもない。



『やはり、もう私の力はツカサの中に残っていないようですね。でもツカサ、私が協力しないと元の世界には戻れませんよ? 形はどうあれ、命の恩人が元の世界にいるはずです。助けなくていいんですか?』


「千原さんは生きてるんだろう? それに一年しかもたないってのも嘘だ。今頃はもう退院してるかもしれない」


『……なぜ、そう思うんです?』



 俺は魔王さんのほうを見る。目が合うと魔王さんは頷いてくれた。



「ツカサに当時の話を聞いた。俺のときとよく似ている。カルミナ、おまえは万が一にも死なないように加減しただろう?」


『……』


「そのうえ、全身を包むほどの回復魔法をかけたとも聞いている。ツカサに魔法を信じさせるためとはいえやりすぎたな。そこまですれば死ぬようなことはない。そしてあとで記憶を変えるからと、その場しのぎで適当な嘘をついた」


「魔王さんといろいろ話したよ。あのとき魂がって言ってたけど、あれも嘘だよね。こっちに来てから一度も魂の話なんて聞いたことないし、それに……元の世界に帰す気なんてないんだろ?」



 カルミナは無言のまま何も答えない。俺たちの言葉に対し、否定することもなかった。つまり、そういうことなんだろう。


 千原さんの怪我の状況については記憶が戻ってから疑問ではあったのだ。

 この世界に来て俺は何度も回復魔法をかけてもらっている。その中では交通事故以上の怪我を治してもらったこともあった。しかし、問題なく回復している。そして今まで一度も魂が傷つくなどの話は出ていない。アリシアやロイドさんたちが知らないという可能性はあるだろう。だが、カルミナから一度も話にでないというのはおかしい。そのためカルミナが嘘をついていると思ったのである。


 結果、カルミナは否定しなかった。嘘をついていたこと、それは今となっては別にいい。むしろ千原さんが無事だということが分かり安心したぐらいだ。


 魔王さんも言っていたが、カルミナが千原さんにかけた回復魔法は強力なものであった。怪我は完全に治っているだろう。わざわざ見た目だけ治したということも考えたが、それは魔王さんに否定されている。曰く、カルミナにとって千原さんはどうでもいい存在であり、わざわざ見た目だけ治すという面倒なことはしないだろうとのことだった。


 もう一つ、元の世界に戻れないことについて。これについてはそもそも今まで戻った人がいない。カルミナは元から帰す気などなかったためだろう。世界の移動自体は出来るのかもしれないが、莫大な力を使うのは間違いない。力の消費を抑えるために世界まで壊そうとしているカルミナが、元の世界に戻すために力を使うというのは考えづらかった。



「カルミナ、最後に聞きたい。アリシアを解放して世界の崩壊を止める気はある?」


『……』


「そうか……わかった」



 構え、カルミナを睨みつける。剣は使わない。使ったとしても破壊の力に耐えられずに壊れてしまうからだ。


 カルミナは宙に浮かび、こちらを見下ろしている。このまま飛ばれたままだと不利ではあるが、そこはあまり心配してはいない。なにせ援護してくれるのは魔王さんだ。上手くやってくれるだろう。



「いくぞ」



 カルミナへと駆ける。跳ぶことはしない。



『くっ!?』



 突如、カルミナが体勢を崩し、ガクンと下へ落ちた。さらに連続で衝撃が加わっているようで、どんどん下へと落ちてくる。


 事前に聞いていた魔王さんの魔法、時間の矢だ。

 時間の矢は光より早く、目視はまず不可能。見えないなら当然回避も出来ないだろう。そのうえ魔王さんは無言不動で魔法を撃てるらしいので、常に防御していない限りは防ぐことも難しい。唯一の欠点は攻撃力が低いことだと言っていたが、援護であれば十分すぎるほど凶悪な魔法だ。


 カルミナが地面へと追いやられたとき、その体が不思議な光の球体に包まれた。変化の力で作ったシールドだと思われる。それを確認すると俺はすぐさま両腕に破壊の力を宿していく。


 無言で魔法を使ったとしても、両腕が光に包まれればオーラ型の魔法を使っていることはすぐにバレる。赤黒い血のような光で破壊の属性というのも一目瞭然だ。だがカルミナはちらりと俺を一瞥したあと、魔王さんへと視線を移した。



 ……俺より魔王さんを警戒してる。それでも俺を見たのは位置確認だろうな。だったら次に来るのは――



 頭を守るようにして左腕を全面に出し、わずかに半身になる。足は止めない。来るであろう衝撃に覚悟を決めたとき、左腕が何かを破壊した。


 続いて右肩や腰にも衝撃が来る。ただ、おそらくは掠っただけだ。そこまでの威力は感じられない。カルミナは頭部に集中させたのだろう。おかげで大部分は防ぐことができたようだ。


 俺が防いだもの。それは見えない矢、つまりは魔王さんの時間の矢である。カルミナの球体のシールドに当たり、軌道を変えられて俺のほうへと飛んできたのだ。


 カルミナの視線が魔王さんから俺に移る。



 俺の魔力量じゃ防げないと判断してたんだろうな。さっきまでなら同じことしても吹き飛ばされてた。だから正しい判断だったと思う。けど、今の俺に対しては間違いだ。



 驚いたのだろうか? カルミナの目が微かに開かれた。その隙にさらに距離を詰め、目の前へと至る。


 右手は軽く開き、腕全体を覆っていた破壊の力を手のひらの一点に集めていく。


 走る勢いを乗せ、左足を軸に体を半回転させて一気に体を加速させる。


 そして右手を、渾身の掌底をカルミナへと突き出す。


 掌底はカルミナのシールドに触れると同時に破壊する。そのまま突き進み、鳩尾へと破壊の力を叩きこむ。



『がぁ!? ――くっ……はぁっ!』



 吹き飛んだのも束の間、カルミナはすぐにシールドを再構築した。よく見ればカルミナの肩口から血が出ている。魔王さんが追撃を仕掛けていたようだ。


 俺はというと、追撃は出来ていない。地面から土がツタのように伸び、俺の足を絡めとっていたせいだ。



 カルミナがいつ魔法を使ったのかわからなかった。魔法の発動速度ではまだ向こうのほうが上のようだ。でも、攻撃そのものは成功してる。向こうの油断もあったんだろう。けどそれは予想どおりだ。



『魔王はともかく、ツカサまでこの体に攻撃をしてくると……アリシアが死んでもいいんですか?』


「……」



 今度は俺が無言を貫く。アリシアが死んでいいわけがない。必ず助ける。けれどそのためには、助けようとしていることを悟られてはいけない。カルミナにはアリシアが人質としての意味がないと思ってもらわなければいけないのだ。



『元の世界に戻れず、そのうえアリシアを犠牲にしてまで世界を救う気ですか? 魔王に何を吹き込まれたかは知りませんが、後悔する選択ですよ?』


「ツカサは聞き分けが良かったからな。その少女を救っても世界が滅びては意味がないと理解しているだけだ」


『……そこまで割り切れる人間だと思っていませんでしたが……まぁ、いいでしょう。魔族化して魔力が上がったようですが、こちらも少し出力を上げればいい話です。もう私の防御は壊せませんよ?』



 魔王さんが俺の前に出る。カルミナに見えないよう後ろ手で人差し指を一本だけ立てていた。道中に決めたハンドサインである。その意味は魔王さんによる時間稼ぎ。その間俺は動かず、静かに待つのが役目だ。


 ここまでは順調だと言っていいだろう。カルミナにはまだ気づかれていない。もう少し速度を上げもよかったかもしれないが、上げすぎて戦闘が長引いた場合、俺が力尽きてしまう。時間はかかるが今のままでいい。問題はもう一度攻撃を当てて確認するためには魔王さんの負担が大きいということだろうか。


 カルミナにはもう一度攻撃を当てて反応を見たい。おそらくあっていると思うが確信を持ちたかった。しかし、そのために俺が動いてはいけないのだ。さすがに戦い続けていればバレてしまう。申し訳ないが、しばらくは魔王さん頼りになる。




 ゆっくりと歩きだした魔王さん、防御膜に身を包んだカルミナ、互いに傷はない。カルミナは喋っている間に回復したのだろう。むしろ回復するために話しかけてきた可能性のほうが高い。ただ、それによって確認できた。カルミナにはやはり肉体が必要であるということが。


 一点集中の破壊の力でたいしてダメージが入っていないのも証拠となる。俺の足止めが出来るぐらいなら、あの瞬間でもカウンターが出来たはずだ。それをしなかったのはとっさに変化の力の大半を防御に回してしまったからだろう。


 確認はできた。アリシア救出の糸口もある。あとはカルミナを追い詰めるだけだ。そして、そのための切り札はすでに切っている。今はただ、そのときが来るのを待つばかりであった。

読んでいただきありがとうございます。

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