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第百七話 対ルールライン

「やれやれ……手駒が少ないので使ってみましたが、時間も稼げないとは。やはり人形はダメですね」


「ルールライン様……いや、ルールライン! 今すぐ道を開けろ! 抵抗する場合、俺たちも相応の対応をさせてもらう!」


「ロイドくんか、きみはそれなりの実力を持っている。今からでもこちらにつかないかね? 手土産はそこの三人の首でいい」


「ふざけるなよ!」



 ロイドは言葉による説得を諦め、短剣を構えなおして身を低くしていく。それは突撃の体勢であり、他の三人への行動開始の合図でもあった。


 合図を受け取ったのだろう。ルイは杖を掲げ、ヴァンハルトは剣に魔力を溜めはじめているようだ。そしてフルールはその二人に隠れるようにして徐々に気配を消している。


 自分の意図が上手く伝わったのを感じたロイドはその瞬間、弾丸のように飛び出した。


 対ルールライン戦についての話し合いはこの場所に着く前に終わっている。上手くいくかどうかも怪しい作戦だが、無策で相手にできるような存在ではない。何も考えないよりはマシなはずだ。


 賭けに近いような作戦が上手くいくことを願いながら、ロイドは風の魔法を纏って疾走している。その速さは魔王はもちろん、エクレールよりも遅いだろう。ただし、この場にいる人物に限れば誰よりも速い。


 無数の水の矢が飛んでくる。その色は無色透明だ。毒の水ではない。

 先ほどの毒の水のとき、距離があるのにわざわざ手元から水を伸ばして槍のように使っていた。あの毒は協力ではあるが、切り離して使えない可能性が考えられる。接近戦をするロイドの負担は変わらないものの、後衛に毒を飛ばされないだけありがたかった。


 水の矢を躱し、風や短剣で弾きながら距離を詰めていく。明らかにロイドではなく後ろを狙った魔法もあったが問題ない。後方の守りはヴァンハルトに任せている。


 接近戦の実力だけで言えばロイドよりヴァンハルトのほうが上だ。ただ、ルールラインは接近戦でも水魔法を使う。炎属性のヴァンハルトとは相性が悪い。そのためロイドが前衛、ヴァンハルトが中衛および後衛の守護という布陣となっていた。


 前衛であるロイドの役割、それは接近戦でルールラインの気を引くことである。



「ふむ、接近するのはロイドくん一人か。後方は大きな魔法の準備、そしてその護衛とみた。悪くはないが、一人で私を抑えられるかね?」


「やってみせるさ!」



 ロイドは間合いに入る寸前、身に纏っていた風を解放する。解放された風は周囲に広がり、土を巻き上げ、簡易的な目つぶしとなってルールラインへ向かって行く。


 その瞬間、ロイドは極限まで気配を消した。間合いには入らず、横へと移動し、ルールラインの視覚へと回り込んでいく。


 ルールラインの足音はしていない。その場から動いていないと判断し、ロイドはこのまま攻撃をすることを決断する。


 足音をさせず、身を低くして走るロイドはルールラインの視界からは外れているだろう。そうでなくても巻き上げられた土で見えないはずだ。その状況でロイドは握りしめた短剣にさらに力を入れ、土の目つぶしの中へと向かって行く。


 ルールラインが元居た場所から位置を予測し、土の目つぶしを超える前に短剣を振るう。


 奇妙な手ごたえがあった。

 人を斬った感触ではない。硬い岩を切ったような衝撃が手に返ってきていた。


 土の目つぶしを超える。するとそこには、人と同程度の大きな氷の柱が存在していた。



「クソっ!」



 瞬時に後方へ下がる。しかし、それを邪魔するように頭上から大量の水の矢が降り注いできた。


 短剣で弾き、身をよじって躱していく。その代わり、足は完全に止まってしまっていた。


 ロイドの風が止み、土の目つぶしが消える。ルールラインの姿は氷柱の上にあった。そして、その杖は毒々しい色で輝いている。



「まず一人」



 ロイドの体勢は崩れていた。致命傷こそ避けているものの、幾つか水の矢を受けてしまっている。今の状態ではルールラインの魔法を躱すことはできない。もし短剣で防げない場合、最悪の結果が待っているだろう。


 だがしかし、ロイドは焦っていなかった。一人で戦っているわけではないからだ。


 氷柱に炎の矢が刺さり、爆散する。


 ルールラインは飛び退いたようで巻き込めてはいない。ただ、魔法を撃つ機会を奪うことには成功していた。


 ロイドは体勢を整え直すと今度は大きな範囲で風を巻き起こす。その範囲は小さな家一軒分、自身とルールラインを周りから切り離すように風の障壁を作り上げていた。



「風で周囲を覆い外界と切り離す。範囲も広くはないですね。これでは先ほどのような外からの援護は期待できませんよ? ロイドくんにとって有利な状況とは思えませんが……まさか、接近戦に絞れば私に勝てると?」


「勝つためにやってんだ。少なくとも、この状況なら大規模な魔法は使えないだろ? それさえ封じれればいいんだよ」


「大規模魔法しか能がないと思われるのは癪ですね。基礎的な魔法をおろそかにしたことなどはないんですが……ね!」



 ルールラインが水と氷の矢を放ってきた。その数は二十以上。瞬時に放った魔法とは思えない量である。


 ロイドは躱し、斬りつけては魔法の矢を凌いでいく。


 すべてを捌き切ったあと、すぐさま第二波が襲い掛かってきた。先ほどより数が多い。ロイドはその場から動かず、ただひたすらに魔法の矢を処理していた。



「どうしました? わざわざ一対一の決闘の場を作ったというのに、近づくこともしないとは。私の魔力切れを狙っているようなら無駄ですよ。この程度なら一昼夜続けても余裕があります」



 ロイドは応えず、目の前の魔法を斬りつけていく。ただじっと耐えていた。




 その後も魔法の矢を防ぎ続け、ときおり来る水の槍も回避していく。ロイドはその間、一歩も前に進めていなかった。しかし、攻撃を諦めたわけではない。時が来るのを待っていたのだ。


 頭上が赤い光で照らされ、太陽のような輝きを持つ球体が落ちてくる。



「な!?」



 ルールラインが気づけなかったのも無理はない。当初の作戦どおりなら、風の障壁の向こう側には濃い霧が生み出されているはずだ。音は風で消され、光は霧でぼやける。最初から上を見ていない限り、ギリギリまで分かるはずはなかった。


 ここでロイドは持っていた短剣を投げつける。

 頭上の魔法はヴァンハルト謹製のものであり、いかにルールラインとて通常の魔法では対処しきれない。ただし、大規模魔法を使おうとするなら一瞬動きが止まる。そこを狙ったものであった。


 ルールラインは驚いていたはずだ。しかし、その状況であっても短剣を躱す。躱してしまった。頭上に魔法を撃つことよりも、自らに向かって来る短剣を優先してしまったのだ。



「私と心中する気か! キミもただでは済まんぞ!」


「風は俺の魔法だ。最初から抜け道は用意してあんだよ」



 ロイドは後ろへと跳ぶ。すぐ後ろは風の障壁であり、その場所はあらかじめ用意した唯一の抜け道でもあった。



「わた――ばか――」



 ほぼ聞き取れないルールラインの声を耳を傾けながら、風の障壁を抜ける。


 そして次の瞬間、巨大な爆発が起きた。


 爆発は風の障壁と融合し、天まで届きそうな炎の竜巻となる。それは魔族や、たとえ英雄であっても耐えられない魔法であった。



「……これで終わったか……」



 炎の竜巻が消えたあと、そこには何も残されていない。残っているのは辺り一帯に発生させた霧のみ。その霧が炎の竜巻の跡地を覆い尽くそうとしたとき、地面が動いた。



「……おいおい、まさかだよな」



 地面から這い出てきたのはルールラインである。ただし無傷でははない。服はボロボロで煤を被ったような出で立ちだ。さらに片腕が炭化しており、持っていた杖も消失している。



「……もう諦めたらどうだ? それじゃさすがに戦えないだろ」


「ふふふ、片腕が使えないなど、昔はよくあったことだ。焼けた杖も所詮予備。この程度で諦めるものか……」


「そうかい。でも、もう終わりだぜ?」



 突如、ルールラインの体に糸が巻き付いていく。一瞬で何重にも巻かれた糸はルールラインの体を完全に拘束していた。



「バカな!? どこから?!」


「後ろよ。私の存在、忘れてたでしょう?」



 ルールラインの遥か後ろ、森の暗闇から現れたのはずっと気配を消し続けていたフルールであった。

読んでいただきありがとうございます。

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