第百一話 破壊と創造
俺の拳が顔面へと決まり、ドルミールさんが吹き飛んでいく。追撃をかけたいが、地面に落ちている光輝く魔石を見て諦める。
再び破壊の力を身に纏う。
直後爆発が起こり、爆炎を抜けた先では体勢を整えたドルミールさんが立っていた。
鎧は顔の部分だけ壊れている。他は無効化され、鎧すべてを壊すほど力は広がらなかったようだ。
お互い特殊属性を身に纏っている。ただ最初と違い、その距離は近い。もう魔石は投げれないだろう。創造の力に破壊の力のような防御力はないはずだ。この距離で魔石を使えば巻き添えをくらうことになる。
「ドルミールさん、話を聞いてください。俺はたしかにカルミナに味方してました。でも、今は違います。騙されてたことに気づいたんです!」
「……カルミナだったら、二重、三重に魔法をかけてるだろうネ。まだキミは騙されたままかもヨ?」
思わず言葉に詰まる。ドルミールさんの言うとおりだったからだ。事実、俺にかけれた魔法は元の世界とこっちの世界で二重になってた。三重になってる可能性もないとは言い切れない。
「そう簡単にカルミナの魔法を解けるとは思えナイ。つまり話し合う必要はないネ」
「待ってください! 二回、カルミナの魔法を解いてます! 何だったらドルミールさんの魔法を受けてもいい! 三重だった場合でも、それで解除できるはずです!」
「キミは勘違いをしてるネ。特殊属性同士といえども無条件に無効化できるわけじゃナイ。込められた魔力量の差によっては無効化できないんだヨ? 相手は仮にも女神ダ。ボクの魔力量じゃ無効化できナイ」
たしかに元の世界でかけれたほうは何か月もの間解けることがなかった。途中、破壊の力を何度も使ってたのにだ。
最初のがそれだけ強かったということなのだろう。出会ったとき、あれだけ違和感だらけだったのに簡単に話を信じてしまったことからもそれは窺える。
……でも、三重には魔法をかけられてないはずだ。森でのカルミナの言葉からもそれはわかる。それに、魔法が解けたあとは何を言われてもカルミナを信じる気になれなかった。小細工までして逃げてるし、俺にかけられた魔法はもう残ってないはず。
「森の中で何があったか説明させてください!」
「動くナ!」
言葉をかけると同時に一歩踏み込んだところ、荒げた声で制止を要求された。攻撃のために距離を詰めようとしたわけではないが警戒されてしまったようだ。
「わかりました。動きません。でも、ドルミールさんも下がらないでください」
「……」
ドルミールさんは俺と会話しながら、徐々に下がっていたのだ。魔石を投げれる距離を作ろうとしたのだろう。結局のところ距離は詰まっていない。俺は徐々に開いた距離を潰しただけだ。
「……フゥ……キミは会話を続けたいんだネ。わかっタ。諦めヨウ」
「ドルミールさん……? いったい……なにを……」
ドルミールさんの鎧が脈動をはじめる。生物のよう動きながら、不気味に膨らんでいく。
戦いを諦めて会話をしてくれる雰囲気ではない。何か違うものを諦めてしまったようだ。
嫌な予感に冷や汗が流れる。本能的に破壊の魔法を全力で撃ちたくなってしまう。
「……世界の行く末に、いまさら新しい可能性なんていらナイ。これ以上の負担なんていらないんだヨ」
言葉が終わると同時に顔は新しく覆われ、脈動する鎧は倍以上の大きさとなっていた。無機物のはずの鎧にすじが浮かび上がり、筋肉のようにも見える。顔面は鬼のような相貌であり、知らなければ鎧だとは思わないだろう。それはもう、巨大な白銀の魔物にしか見えなかった。
唐突に白銀の巨人が一歩踏み出す。
速い!?
虚をつかれ反応できない。たった一歩で間合いに侵入されてしまった。そして、巨大で重いであろう体からは想像できないような速度で拳を繰り出してくる。
避けきれない。そう判断した瞬間に腕を縦に揃え、防御の体勢を整える。破壊の力は纏ったままだ。あわよくば、防御で腕を壊そうと思っていた。
鈍い音が響く。
拳と接触し、気づけば俺は壁に埋まっていた。視線を上げれば、巨人は振り抜いた拳を戻している。たいして時間はたっていない。気を失っていたのは一瞬だったようだ。
パラパラと舞い落ちてくる土を払いのけようとし、腕が動かないことに気づく。
両腕ともひしゃげていた。痛みがないのは破壊の力のせいだろう。
急いで足を踏ん張り、強引に壁から抜け出す。痛くないためすぐに動けるのは助かる。ただ、この怪我を冷静に見れてしまうのは気分が悪い。自分の腕ではあるが直視したくない見た目になっていた。
こちらはたった一度の接触で満身創痍だが、巨人のほうは無傷である。破壊の力と接触した拳にも傷はない。ただあの瞬間、創造の力は感じなかった。何か仕掛けがあるのだと思う。
「……その怪我で平然としてるとはネ。キミも相当狂ってるみたいダ」
……酷い言われようだ。俺だって腕を見てショックは受けた。ただ、似たような怪我は何度もしてるし、もっとひどい状態も経験してる。慣れたただけで狂ってはいないはずだ。……たぶん。
ドルミールさんの言葉に微かに動揺しながらも頭を働かせる。
腕が動かない以上、蹴りか魔法で戦うしかない。とはいえ普通の蹴りでは効果はないだろう。魔法は破壊が一番効くとは思うが、真正面から使っても無効化されて意味がない。
あんまり使いたくなかったけど、独自魔法で撹乱しながら蹴りを叩きこんでいこう。今の俺なら独自魔法を使いながら他の魔法も撃てるはずだ。
「……炎よ、神の力にて変化せよ」
巨人がまた一歩踏み出した。今度は距離があるので、すぐに攻撃されることはない。
「理を超え、時間へと変われ」
「……その呪文は……」
俺の詠唱を聞き、巨人が足を止めた。ドルミールさんが何かを言っていたような気もする。
「時より力を……サクリファイス・タイム!」
体から大量の魔力が吹き出す。頭痛はしない。ただし、世界が変わることもなかった。
見える全てがスローモーションのようになる世界。俺以外の全てが遅く見えるようになるはずだった。しかし、見る限りの変化もない。唯一起きた変化は、俺の体調不良だけだった。
「――うっ!?…………気持ち悪い……なんだ、これ……?」
「それはカルミナに教えられた魔法だネ。無理がある魔法ダ。変化の力で無理やり時間の属性を使ってル。カルミナの力がなければ発動はしないだろうネ」
……つまり、この独自魔法はもう使えないってことか。でも、それなら――
「ぐっ! はぁ、はぁ……今ので、カルミナとの繋がりは切れてるって照明にはなりませんか?」
「なるかもしれないネ。でモ、もう遅イ。言っただろウ。新しい可能性はいらないんダ」
巨人の右腕が俺のほうへと突き出された。左腕は突き出された右腕を支えている。ただ、あの位置からではいくら巨体でも拳は届かない。
何をする気だ?
雷とは違う赤みがかった黄色の光が右腕を包む。すると手のひらに穴が開き、筒のようなものが飛び出してくる。
……まさか!?
筒状のものに対する既視感、そして強烈すぎる嫌な予感に瞬時に体が横へと動く。
次の瞬間、轟音が響き渡る。それは、映画などでしか聞いたことがない大砲の音だった。
俺がいた場所は小さなクレーターができ、煙が立ち昇っている。おそらく弾には創造の力が込められているはずだ。あの威力では破壊の力でも防御しきれない。当たってしまったらその時点で終わりだ。
続く轟音。俺は避けることしかできない。
ただひたすら避け続け、だんだんと部屋の隅に追い込まれていく。
ダメだ。このままじゃやられる。でも、どうすれば……
考え事をしていたからか、砲弾の回避が一瞬遅れる。
背後の壁に砲弾が当たり、至近距離で爆発が起こった。爆風をまともに受けたせいで体勢を崩して転がってしまう。
回転の勢いと肩を使い何とか立ち上がると、目の前には次の砲弾が見えていた。
「くっ!? それなら!」
瞬時に魔力を両足に集め、そのうちの片方を爆発させて上へ跳ぶ。
すぐに眼下で爆発が起こり、吹き飛ばされるようにして天井付近へと舞い上がる。同時に体を回転させ、足を上に頭を下にした体勢に変えていく。
体の上下が逆さまになり、腰の剣が鞘から抜け落ちる。
するりと抜けた剣はちょうど目の前に見えていた。その剣の柄を口を大きく開けて咥える。そして、もう片方の足の魔法を発動させた。
ドンっという音とともに吹き飛んだ体は高速で巨人の元へと辿り着く。爆発で加速したおかげか、砲身はまだ上へと軌道修正している途中だ。
勢いを殺さず、さらに巨人に接近する。手を伸ばせれば届きそうな距離には、光を放ち、発射寸前の砲身が見えていた。
顎に力を入れ、体を捻る。今度は魔法を使わずに跳び上がり、咥えた剣を砲身の口へと叩きこむ。
直後、目の前が真っ白に染まり、音が消える。体はバウンドしながら地面を転がっていく。だがしかし、痛みはなかった。だからこそ、すぐに動きはじめる。
無理やり体を起こし、チラつく視界のまま走り出す。幸いにも方向感覚は失っていない。まっすぐ走れば巨人に辿り着くはずだ。
片足に魔力を集めていく。微かに巨人の姿を捉える。腕が暴発した影響か、体勢を崩して膝をついているようだ。
加速し、走る勢いそのままに跳び上がる。
狙いは巨人の腹。おそらくもっとも分厚い場所。そこならば全力でも殺してしまうことはない。そう思い、俺は残る力を振り絞り、最大威力の破壊の力を乗せた蹴りを放つのであった。
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