第九十九話 向かう先は
カルミナたちを追いかけようとしたとき、ロイドさんから待ったをかけられた。そして何故かカルミナたちを追うのではなく、魔王の拠点に向かうことを提案される。
「なんで魔王のところへ? カルミナに時間を与えることになりませんか? それに、戦いになったらそのあと動けるかわからないですよ」
「賭けに近いんだがな。上手く魔王と話し合えれば協力できるかもしれないだろ?」
「……私たちは今、女神様と敵対関係に近い。そして魔王も女神様の敵。たしかに共通の相手だと思うけど、それで協力できるとは思えないわ」
俺としてはフルールさんの意見に賛成だ。人間、魔族、その両方の被害は大きい。いまさら協力するというのは難しいだろう。
今となってはカルミナを封印しようとしてる魔王が悪だとは言い切れない。しかし、多数の犠牲を出したやり方は善とは言えないはずだ。
もし魔王がカルミナの企みを知ってて封印しようとしてたなら、最初は話し合うべきだった。信じる人は少ないかもしれない。けど、今みたいな人間と魔族の全面戦争にはならなかったはず。
……いや、カルミナの変化がある以上は難しいのか。無理をすればこの世界の人にも魔法をかけられるみたいだし。長い時間をかけて数人、それこそ枢機卿みたいな権力者を味方に付ければ、大多数の人は従ってしまうだろう。そうすると他にやりようがなかったのかもしれない。
「あー、ツカサ、おやっさん覚えてるか? パタゴ砦の将軍、ロシュ・ブークリエのおやっさんだ」
「はい、覚えてますけど……」
ブークリエ将軍は最初の魔族の拠点に一緒に攻め込んだ人だ。俺たちを逃がすために最後まで残り、巨大な爆発とともに行方不明になっている。
「さっき思い出したんだが、俺とおやっさんは魔王に助けられてんだよ」
「えっ!?」
……ロイドさんたちが魔王に助けられた? 一体どういうことだろうか……
「おやっさんの魔法、あの爆発は自爆技でな。本来ならもっと威力があったし、おやっさん跡形もなく吹き飛んでたはずだ。でも、魔王がおやっさんに魔法をかけて途中で止めた。そんでもって、紫色の光に包まれたおやっさんが無事なようすも見てるんだ」
「待って頂戴。今の話のとおりなら、爆発してから止めたってことよね。爆発前ならともかく、途中で止めるってどういうことなの?」
「詳しくはわからねえ。けど、あの瞬間、おやっさんを含めた周りの全部が止まってた。魔法を発動させたおやっさんの体からは爆発の光が広がってる途中だったのにだ。……それで、そのあと魔王は止まってるおやっさんを抱えて俺のほうに来たんだ」
魔王が特殊属性の使い手のはずだ。ロイドさんの話を聞く限り、その属性について嫌な予感がしてしまう。
「つまり、魔王が爆発を止めて、将軍とロイドさんを抱えられて脱出ってことかしら? ……ん? たしか、ロイドさんって瀕死だったわよね」
「ああ、俺は蹴り飛ばされたんでな。蹴られた直後、おやっさんが元居た場所で爆発が起きた。たぶん残ってた爆発が元に戻ったみたいだったんが、俺はそれにやられた。まぁ吹き飛んでたおかげで、直接は爆発に巻き込まれなかったんだけどな。余波だけで瀕死にはなっちまったんだよ」
「なるほど……今、思い出したのは、たぶんツカサくんがあの杖を壊してくれたおかげね。私の場合は軽い頭痛がしただけでなにもなかったけど、ロイドさんは長いこと治療されてたんでしょ? なら思い出せないっていう風にされてた可能性もあると思うわ」
その可能性は充分にあるだろう。枢機卿が持っていた杖はカルミナの力が宿っていたという話だ。カルミナほどではなくても、認識や記憶を変えることができたのだろう。
話をまとめると、ロイドさんとブークリエ将軍は魔王に助けられた。そのことから、ロイドさんは話し合いが出来ると考えている。ここまではいい。ロイドさんの話を聞いた結果、もしかしたら話し合いができるかもと思えたからだ。ただ問題もある。それは俺たちや魔王ではなく、魔族だ。
魔王と話し合いをするためには当然魔王のもとに辿り着く必要がある。道中には確実に魔族がいるはずだ。話し合いをするという目的がある以上、魔族を倒すわけにはいかないだろう。あまり時間はない今、説得しながら進むのは相当難しいと思われる。
「というわけで、魔王のに協力を申し込むために拠点に潜入する。ってことでいいか?」
「ええ、正直、私たちだけじゃ女神様たちに勝てるか怪しいしね。それに魔王には世界を崩壊させるのも止めてもらわないと。女神様たちを止めても世界が壊れたら意味がないもの」
「俺も構いません。ただ、遭遇した魔族をどう説得するかは悩みどころですけど……」
「ん? 潜入だぞ? 忍び込んで誰にも見つからないで魔王のもとに行く予定だ。途中の魔族をどうこうしてる時間はないからな」
たしかに時間はないけど、見つからずにって大丈夫なんだろうか……? もし、見つかったら即戦闘になりそうだけど……
「よし、そろそろ行くぞ。細かいことは走りながらでも相談できるだろ」
「じゃあ、私が先行するわ。二人は距離を開けてついてきて頂戴。それなら考えながら走ってても大丈夫でしょ」
フルールさんを先頭に走り出す。俺とロイドさんは並んだ状態だ。
森の中に入ってもシュセットの足跡は続いているようで、迷うことなく進んでいく。
道中、敵には遭遇していない。さっきの鉄の騎士が最後の戦力だったのだろうか。だとしたら、やはり次からは魔族が出てきそうでもある。見つからないようにしなければ。
「……ツカサ、それでおまえはどうするんだ?」
森に入ってしばらくしたころ、唐突にロイドさんから質問された。
「どうって、何のことです?」
「いや、ツカサはその……チハラさんだったか? その人がいるから戻るって言ってたからよ。関係性が歪められてたんだろ? それでも戻るのか気になってな」
認識が変えられてたとしても、千原さんが命の恩人であることには変わらない。たとえそれが仕組まれていたとしてもだ。
そもそもカルミナは俺を狙っていた。千原さんは巻き込まれただけだ。俺のせいで生死を彷徨うことになっている以上、助けたいと思ってる。ただ、戻れるかもわからないうえ、戻れたとしても俺は回復魔法を使えない。助ける手立てを別に考える必要があるだろう。
「命の恩人には変わりありませんから。目的は変わりません。助けに戻ります」
「……そうか」
「でも、それはこっちの世界でやることが終わってからです。まずは何よりもアリシアを助けないと。そのためにも魔王と話し合って、世界の崩壊を止めてもらわないといけませんからね。できれば、協力してカルミナの企みを止められば言うことなしですけど」
「だな! よし、全部うまくやってやろうぜ!」
内心、こっちの世界から助ける手立てがあればいいなと考えてしまう。正直、千原さん以外のことでは戻る理由がない。過ごした時間は向こうのほうが長いが、密度でいうならこちらの世界のほうが濃い。それに体は壊れかけている。戻ってもまともな生活は難しいだろう。
俺たちはひたすら走り、そして辿り着いた。
結局、シュセットには会えずじまいだ。怪しい建物が見え始めてからシュセットの足跡は逸れていったので、おそらくどこかに避難したのだろう。上手く逃げてくれていることを願うばかりだ。そして予想に反してここまで魔族とは遭遇していない。いるとしたらこの建物の中で待ち構えているのだと思う。
辿り着いた場所はツタで覆われた古びた協会のような建物だ。窓ガラスは割れ、壁にはひびが入っている。それどころか、場所によっては壁が崩れて中が見えているところもあった。
明かりはない。人の気配を感じることもできなかった。それはロイドさんたちも同じようだ。あまりにも静かなせいで、かえって不気味さを感じてしまう。
俺たちはより一層警戒し、中に侵入していく。
「……ボロボロね。中に入っても気配は感じない。……もしかしてハズレ?」
「いえ、もう少し調べてみましょう。シュセットの足跡から考えてもここだと思いますから」
「そうだな。俺たちを魔王のもとに向かわせようとしたのは間違ってないはずだ。だったら、ここには何かあるんだろうぜ」
「そう……ね。でも、時間もないことだし、分かれて探しましょう。私は二階を見てくるわ。探索が終わったら入り口に集合しましょう」
当初の予定とは違うが、三人で分かれて行動する。まさか魔族が居ないとは思わず、潜入するつもりが、ただの探索になってしまっていた。
俺とロイドさんは分かれて一階を調べていく。二階はフルールさん一人になってしまうが、上を見れば天井まで見通せる場所が多い。部屋数はかなり少ないようなので、問題はないだろう。
一通り見て回っていく。すると、遠くからロイドさんの声が聞こえてきた。何か見つけたようだ。
「おい、これを見てくれ」
フルールさんとも合流し、ロイドさんが発見したものを見る。
そこにあるのはかなり大きい暖炉だった。使われていないようで、薪などは一つも入っていない。
「……なるほど。どうやら、そこまで隠す気はなかったみたいね」
「どういうことですか?」
「ツカサ、そこに石を投げこんでみな」
ロイドさんに言われ、適当な石を拾って暖炉に投げる。
放物線を描いた石は暖炉の中へと吸い込まれ、そして不自然に消えてしまう。入った瞬間に見えなくなったのだ。
「消えた?……この暖炉、魔法がかかってる?」
「ええ、これには闇属性の魔法がかかってるみたいね。建物の中で薄暗いからわかりにくいけど、たぶん目くらましの魔法よ」
「石の音を聞いてたんだが、どうやら弾んで下に落ちてったみたいだ。たぶん階段があるんじゃないか? 魔法が目くらましってんなら、単純に階段を隠すだけのものかもな」
「念のため魔法を壊します。少し離れていてください」
フルールさんやロイドさんの考えは合っていると思う。ただ、魔道具というとドルミールさんが何か仕掛けている可能性もある。あの人なら、人間だけに反応するような魔道具も作っていてもおかしくはない。警戒しておいたほうがいいだろう。
手に魔力を集め、破壊の力へと変える。そのまま暖炉に手を突っ込むと、乾いた音が鳴り、闇が消えていった。
現れたのはロイドさんが言っていたとおり階段だ。先は見えない。かなり深くまで続いているようだ。
俺たちは顔を見合わせると一つ頷く。そして、警戒しながら慎重に階段を下りていくのであった。
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