日常
あまり怖い話ではありません。
俺は少し汗をかきながら、階段を降りていた。
いつもの地下鉄駅。
改札ホームに続く地下道。
「やばいな、そろそろ時間だよ」
強い風が迫ってくる。
ホームに電車が入ってきたのだ。
「時間的に、反対方面の電車だな」
そうは思ったが、のんびりもしていられない。
軽く小走りで改札を通過した。
人々が走っていく。
いつもの小学生、可愛い少女。
いつもの禿げのおっさん。
うんざりするほど、日常の繰り返しだった。
地下鉄のホームに降りる。
電車が迫ってきた。
俺は目をそらす。電車のヘッドライトは意外と眩しく、網膜が焼ける時がある。
「今日も座れるかなぁ」
つぶやいたが、それは嘘だ。
俺は毎日座っている。
大勢の人が既に乗っている。
そして、それに劣らず、大勢の人が乗り込む。
俺は適当な場所に座った。
「ふう。いつもご苦労なことだ」
俺は周りを見回してつぶやく。
目の前に、いつもの可愛い女子高生がいた。
生意気そうな少女だった、スマホをいつも熱心に見ている。
「可愛いけどねぇ。たまには周り見ろよ」
そうつぶやいても、俺を平然と無視する少女。
「まあいいか」
おれは荷物から缶詰をとりだすと、大勢の視線も気にせず、べりべりと開けた。
そして、気にせず食う。
「たいして旨くもないな。寂しくないだけマシか」
俺は朝食が終わったので、タバコを取り出して吸う。
俺は大柄で身なりも汚い。
そうだからということもないだろうが、誰も文句を言わなかった。
「つまらん。文句くらい言えよ」
俺は床に唾を吐いた。
「●×△~、●×△~。お降りの方はお忘れ物、足元にお気を付けください」
いつものナレーションが聞こえてくる。
都心部にきたのだ。
俺はため息をついて立ち上がる。
大勢の人が、我先にと電車を降りた。
俺も、それにもまれながら、ゆっくりと地上に向かって上っていく。
エスカレーターは動かない。
それでも、人々はぎっしり乗っている。
俺はそれを無視して、改札まで上り、批判の目を無視して切符も使わず、素通りする。
少し馬鹿らしくなったのだ。
ルールに従うのが。
改札を出ると、立ち並ぶビルが見えている。
そこかしこに、雑草が生え、ビルの屋上には木が生えている。
小動物、鳥、鹿や猪がうろついた形跡。
まるで大自然は人間を恐れていないようだった。
そう、大都市には、人間はいないのだ。
人間は何十年も前に滅び去った。
生きているのは、全自動で動く地下鉄だけだ。
それも、いずれ止まるだろう。
俺は、滅び去った文明に気が付きもせず、日々の習慣として電車に乗り続ける幽霊たちを静かに見つめた。
彼らは文明が消え去ったこと、自分が死んだことにも気が付いていない。
「さて、今日はどこを漁るかなぁ」
俺はため息をついて、都市の廃墟に一人向かった……。