エピローグ:魔王様は人の力を振るう
俺が来て安心したのか、アロロアが気絶して崩れ落ちた。
慌てて抱き上げる。
……こんなになるまで、よく頑張ってくれた。
アロロアを風の魔術で安全なところまで運ぶ。
「後は任せてくれ。俺が終わらせよう」
力が満ちている。
肉体が魂に刻まれたあるべき姿へと戻った。
魔王ルシルの姿へ。
懐かしい。
自分の意志で捨てた姿なのに、しっくりくる。
「なんですかね? その姿は。さきほどまでただの人だったのに」
サナドエルが不審げに見ている。
「戻る気はなかった……だが、子供の喧嘩に天使が出っ張ってきたんだ。こっちも魔王がでないとな」
俺は人の作った世界に魔王が参加することを禁じていた。
魔王として参加してしまえば、子らの世界を捻じ曲げてしまう。
それでは人間を操り人形にして望むせかいを作ろうと箱庭遊びをしている神どもと同じだ。
しかし、今、俺と同格の存在が世界を捻じ曲げようとしている。ならば、それを止めねばならない。
「はっ、強がりですねぇ。見えてますよ。たしかに、高位存在でしょう。魔王と呼ばれたときの姿でしょう。で・す・がっ、その器に満ちた力は一割にも満たない!」
「そのとおりだが、おまえ相手なら十分だ」
サナドエルの指摘は正しい。
ロロアの作ったこの身は、魂に刻まれた在りし日の俺を形作った。
肉体スペックは完璧に再現してある。
だが、その器の中身が満ちていない。
魔力生産量・魔力瞬間放出量・魔力制御技術。それらがあっても、純然たる魔力量が足りない。
あたりまえだ。いくら、肉体を有りし日に戻したからと言って、無から魔力が生まれてくるわけがない。
それでも魔王ルシルという強大な存在の最大魔力容量、その一割という膨大な魔力を確保できたのにはからくりがある。
この体は、成長性の一点に極振りしてある。
その成長で得た力を魔王の姿に戻る際、魔力に変換するようになっていた。
キーアとアロロア、二人と一緒に戦いながら積み重ねたものこそが、今の俺の魔力なのだ。
逆に言えば、この魔王ルシル形態で力を使えば、積み上げた分の力を失い、元の姿になったときに弱くなる。
そのことは惜しい。
だが、その程度の代償で、我が子らを。なにより、キーアとアロロアを守れるのなら……割に合う!
「ほざくな! 堕ちた天使よ。絶望的な力の差を思い知ればいい。一方的に、押しつぶしてみせましょう」
無数の剣がサナドエルの背後に浮かぶ。
奴の狙いは容易に想像できる。
物量戦を挑み、魔力差で押し切るつもりだ。
「やってみせろ」
俺も、奴のマネごとをする。
数十の槍を背後に顕現させる。サナドエルの千剣は血統魔術だが、こちらはただの汎用魔術によってそれっぽいものを作っただけ。
「はっ、なんて哀れ。数も、美しさも、硬さも、速さも、なにもかもが我が千剣に劣る。そんなもので対抗できるとでも? 私も舐められたものだ。死になさい」
奴が指揮者のように腕を振るうと千剣が音速を超えて襲いかかってくる。
俺にはそれが見えている。
汎用魔術による、動体視力の強化、エリアサーチという射程半径二十メートルほどの探索魔術がエリアに入ってきたときの速度、質量、入射角を教えてくれる。
どちらも人の手によって生み出された魔術。
得た情報を使い、高速演算した上で、こちらも槍を射出する。
サナドエルの剣と俺の槍がぶつかり合う。
彼のセリフは正しい。
数、千の剣に対して槍はわずか六十程度。
美しさ、華美な装飾が施された剣に対してこちらは無骨なただの円錐。
硬さ、剣は鋼をも貫く神鉄の剣に対してこちらはただの鉄槍。
速さ、音速の剣と時速百キロにも満たない槍。
全てが劣っている。
サナドエルが必勝を確信して笑う。
しかし……。
「なぜ、なぜだ! 私の千剣が、そんな、そんな不細工な槍に」
「これが技術。我が子らが積み上げた弱さを補うためのすべ。強すぎる俺たちが持ち得なかった力だ」
戦いの最中、アロロアが落としたらしきロロア製の剣を拾って、奴へ向かって走る。
先程の剣と槍のぶつかり合いを制した理由は至って単純。
俺は千剣すべての軌道から、着弾ポイントを予測、そして、直撃するものだけを迎撃。
迎撃の際には真正面からぶつかり合えば、一方的に潰される。だから、剣を滑らせる角度で槍をぶつけて、剣の軌道を変えた。
これが技だ。
さきほど人の姿のまま、やつと対峙したとき、俺はどうしようもなかった。
いくら技があろうと限度がある。
テコの原理を使おうが、せいぜい数倍の重量しか持ち上げられないように。どんな武術の達人も突進してくる象を止められないように。技術で補うには限度があるのだ。
……しかし、今の俺とサナドエルの力の差は七倍程度。
たった七倍なら、技で補ってみせよう。
「ひっ」
サナドエルが怯みながら、次々に剣を射出してくる。
俺は足を止めず、剣でサナドエルの剣を受け流しつつ進む。
一発でも直撃すれば即死、まともに受けるだけで腕が砕けるそんな一撃をだ。
「なぜ、なぜだ! なぜ、千年も眠っていた、おまえが、おまえが、どうやって、そんな技を身につけられた!」
ほう、俺が千年眠っていたことに気付いたのか。
どういうわけだ? 俺と再会したときは生きていたことに驚いたのに。
「どうやってだろうな」
苦笑する。
実は俺が目を覚ましてから、さまざまな技術を習得していたわけには気づいている。
魔王に戻るとき、この体のすべてだけじゃなく、今の自分がどういうものかもわかったからだ。
俺の体は数千の粒子になって、我が子らに宿り、少しずつ力を蓄え、千年かけて復活した。
眠っていた間の記憶はない。
だけど、数千の粒子になっていた間、宿主である我が子らと同じ経験をしていた。
ときおり、俺が知らないはずの技を、知識を、経験を我が者のように使えるのはそのため。
数千人分の我が子らの人生が、俺に刻まれている。
それを自覚し、それをこなすだけのスペックを得た俺は、そのすべてを引き出せる。
サナドエルが対峙しているのは、魔王ルシルだけではない。俺が救い、我が眷属たちが見守り、必死に生きてきた数千人の我が魔族らだ。
「死ね、死ね、死ね、私のほうが強いのだ!」
剣の射出速度があがる。
剣一本で対応しきれないため、左手に土魔術で剣を生み出し、二刀流にスタイルを変えることで対応。
「ああ、おまえのほうが強いさ」
「なら、どうして、私は押されている!?」
「さっきも言っただろう。これが技だ。技とは弱い存在である人が、強さに抗うために作った力。……神と天使たちが、不要だと切り捨てた人の力におまえは負けるんだ」
一歩一歩、距離がつまり、ついには剣が届く至近距離。
「負けない、負けない、私は私は、あはははははは」
千剣が奴に集まり、剣の鎧になり、さらには天使の力で強化された。
千も剣が集まれば、でかくなる。全長五メートル、まるで巨大なゴーレムのよう。
「これで、これでどうですか! この硬さ、強さ、どんな手品を使っても、力がなければ破壊できない、私は無敵、無敵です。これが、これこそが絶対なる力、小賢しい技などではどうしようもないでしょう!」
千剣の鎧か。
ただ純粋に硬い。
攻撃力がなければ、貫けない。
腰を落とす。全神経を集中させる。
魔力を高め、魔力だけでなく武の達人が行き着く気という力を循環させる。
「潰れろ、魔王ルシルぅぅぅぅぅ」
巨大な鉄塊となった拳が振り下ろされる。
防御はしない。
その必要もない。
拳より先に、俺の剣がすべてを切り裂く。
神鉄の呼吸を読みもっとも弱い箇所を見つける。
そして、踏み込んだ。
神速の一歩。踏み込みの際にその運動エネルギーを乗せて、腰が回転、腕が振るわれ、剣速へと変換される。
全身の力が一切の無駄なく、一刀に込められる。振るわれる剣はロロアが作り出した魔剣。
かつて、鬼族の剣豪が二百年かけて完成させた至高の一閃。その動きに、気と魔力が連動する。
さらには、魔力瞬間放出量の限界を超えて、魔力を爆発させる技術。三つ目族の賢者の秘技を使った。
そうして放たれるは、限界まで研ぎ澄まされた一瞬だけの最強。
魔力容量で圧倒されようと、刹那の爆発力で上回ればいい。
「【瞬閃】」
音すら置き去りにして、光にすら届きうる一撃。
人が生み出した技術の極地。
それは……。
「あああああああああああ、なぜええええええええええええええ、なぜええええええええええ」
千剣の鎧、神の守りすらも両断した。
サナドエルは真っ二つ、これはもう致命傷だ。
青い粒子になって消えていく。
神によって生み出された存在の宿命。
天使の死に際は、魔物と酷似している。
天使なんてたいそれた名がついていても、結局俺たちは神の道具。魔物とさして変わらない。
「負けるわけがない、神の御心に従っている私が、私が、魔王なんかに」
「おまえの強さなら、魔王には勝てただろうな」
「なら、いったい、私は何に負けたというのだ」
「おまえは、おまえが汚れし者と呼ぶ、魔族に負けたんだ」
「あああああああああああああああああ」
ついにサナドエルのすべてが消える瞬間がきた。
「さよならだ。サナドエル……もし、生まれ変わったら、自分の意志で世界を見てみるといい。おまえが思っている以上に世界は広く、人というのは素晴らしいものだ。なかなか楽しいものだぞ」
サナドエルの痕跡は何一つ残らず消えた。
そして、俺は膝をつく。
「……限界か」
魔力で織った魔王服が消えていき、次第に魔王ルシルから、ルシルへと戻っていく。
この肉体はあくまで一時的に魔王ルシルに戻っただけに過ぎないのだ。
そして、魔王形態で魔力を使った分、人に戻ったあと弱体化する。
また、鍛えないといけない。
「感傷に浸っている場合じゃないな」
アロロアとキーアを起こそう。
キーアにはきっちりと俺がどういう存在か説明しないと。眷属にしてしまったわけだし。これから色々と大変だ。
それに、魔王軍とも一度しっかりと話しをしよう。いや、もう魔王軍じゃなくて新生魔王軍か。
いろいろと気まずいが、ちゃんと礼を言おう。
どうやら俺が思っていた以上にあの子たちは俺のことが好きで、俺に尽くしていた。それに感謝を伝えなければ。
「良い世界だ。ここは」
俺が夢見たより、想像したより、素晴らしい世界だ。素晴らしい人たちが溢れている。
俺はそんな世界で、大好きな人たちと生きていく。
そんなこれからが楽しみで仕方なかった。
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