第二十話:魔王様は趣味に走る
人には心のケアが必要だ。ただ、食って寝ているだけでは先に心が参ってしまう。
なのでレクリエーションは必要だ。
そのためにひとまず外に出て魔力の光で周囲を照らす。
すると、明かりに釣られて魔物どもが集まって来たので【炎弾】で焼き殺した。
トレントとは、違う中型の魔物だったためこれで十分だ。
「……魔力の増え方がえげつないな」
つい、この間まで【炎弾】を一発撃つだけで精一杯だったのに、今は【炎弾】を二十発、散弾のようにばらまく魔術を使えた。
これはもう成長じゃなくて進化と呼べるだろう。
いったい、どれだけ強くなるのか楽しみであり、少し怖くもある。
そんな事を考えながら、コテージと隣接するように小屋を作った。
そして、小屋の中からコテージの壁を貫通。
「うわっ、びっくりしました。なんで、部屋を増やしているんですか!?」
アロロアに魔術を習っていたキーアがこっちを向く。
「それは後のお楽しみだ。期待しておいてくれ」
ドアを形成し、くっつけて、そそくさと新しい部屋のほうに戻る。
この部屋こそが俺の遊び場だ。
……って言っても大したことはしないのだが。
俺が二、三人入れるサイズの浴槽を作る。
その中に入って、手足を思いっきり伸ばせることを確認して風呂からでた。
浴槽に水の魔術で水をいっぱいに張り、炎の魔術で加熱。
手を突っ込む、うん、いい湯加減。
「よし、やっぱり疲れを取るなら風呂だろう」
街ですら、大量の薪と水を消費するため道楽とされるものが、ダンジョン内にある。
最高の贅沢だ。
ありあまる魔力を使った力技。
タライに湯を張るだけでもキーアは感激していた。
風呂ならもっと喜んでくれるだろう。
さあ、仕上げだ。ルシル風呂を開店しよう。
◇
~アロロア視点~
私はキーアに魔術を教えている。
キーアは頭が良く、とても飲み込みが速いので助かる。
「終了。ここまでが基本」
「アロロアちゃんの話はとってもわかりやすいです」
「当然。そう教えている」
「あはは、そうですね」
「告知。基本の次は詠唱を教える。そのためにこの術式を暗記して」
「けっこう多いですね」
「可能。キーアは頭がいい。これぐらいなら苦にならないと評価」
「はいっ!」
キーアが術式の暗記を始める。
そのタイミングで通信が来た。ロロア様からだ。
骨伝導式のため音がでずに、言葉が通じる。
『お疲れ様。アロロアのおかげでダンジョン内でもルシル様が追える。ありがとう』
『それが私の役目』
島全域を監視している衛星。しかし、さすがに異界であるダンジョン内まではカバー外。
なので、私がルシル様のそばに居る。ルシル様のそばにいながら、一階層ごとに中継機を設置することで、私の端末からロロア様の元にデータが送れるようにした。
『魔王様はどう?』
『回答。身体能力と魔力向上の良さに疑問を感じ始めてる。成長速度が異常すぎるせい』
『んっ、わかった。……やっぱり、いつかは気付くと思う。できるだけごまかして』
『了解』
ルシル様の肉体はただの人としか形容できない脆弱な体……しかし、成長性に全振り、最強に至る体なのだ。そのことを隠し切るのは難しい。
だけど、それが私の仕事。うまくやろう。
『それから、ついにシステムが完成した』
システム、それは遠隔でロロア様が私の体を操るシステム。
もともと、私の本体は未だにロロア様の工房にいる。
私はコピーされた端末の一つであり、本体とリンクしていた。
そして、その本体とロロア様が感覚を共有することで、ロロア様が私の体に憑依することができる。
『提案。システムのテストを』
『んっ。そうしたいと思っていた。……でも、本当にアロロアの体を使っていい? もともとそのために作ったけど、あなたは想像以上に人に近づいてる。アロロアが嫌なら強要はしない』
『了承。私はそのために作られた。私の体を使って、ルシル様を落としてほしい』
『ぶっ』
通信の向こうからお茶を吹いた音が聞こえる。
『どういうつもり?』
『推測。ルシル様は人の体を得たことで前世では持たない性欲というものを持て余している模様。私たちをそういう目で見ることがある。色仕掛けをすれば高確率で落ちるかと』
ルシルは無自覚で、キーアやアロロアをそういう目で見ていることがある。
始めての衝動ゆえに操作しきれていないのだろう。
『……んっ、魔王様が、性欲を』
『肯定』
『それは気になるけど、聞いているのは別のこと。アロロアの体を使って、そんなことしていいのかってこと」
『回答。私はルシル様のことが好き。でも、それを口にする勇気がない。ロロア様が私の体で、ルシル様と契りを交わすのは大歓迎』
ロロア様が絶句している。
しまった。
ルシルに好意を持っていることは言っていなかった。
『正直に答えて、いつから?』
『考察。自覚したのは三日ほど前から。最初は、ロロア様たちが夢中になるルシル様に興味があり監視していた。無数の目と耳でずっと。見ているうちに、あの人の側にいること、あの人を見ていることが好きな自分に気付いた。そして、見ているだけじゃ我慢できなくなった。分析の結果、それを恋と断定』
自己分析は得意だ。
ある日、私は一人きりのとき、ルシル様ではなく、ルシルと呼んだ。そうしたい理由が理解できないまま。そのことを口にするだけでひどく胸が熱くなって、幸福感があった。
私の知識でそれに該当する現象は恋としか考えられない。
『……んっ。わかった。アロロアは亜流のロロア。私をベースにした人格、男性の好みが似るのも当然。私が好きになった魔王様を見続ければ、恋するのも納得できる』
『質問。ロロア様、私を初期化しますか? この感情が任務に影響がでないと言い切れない』
人の感情、とくに恋愛感情がどれだけ危険で、不安定なものかを私は知っている。
私の目と耳は、ありとあらゆる街に存在する。
人になるため、幾千、幾万の目で、幾千万の人々を観察していたからだ。
そして、実際に恋してわかった。こんなもの理性で制御するのは不可能。
作戦の成功率をあげるためには、感情をリセットするべきだと、私は判断している。……だけど、それが嫌だと感じてしまっている自分もいる。
『リセットしない。心を持つ人工知能は私が何百年もかけて続けている研究テーマ。ようやくの成功例を捨てたりしない。それに、アロロアは私の娘』
『感謝。ということで、私の体で夜這いをかけてください』
『……その、それは、勇気が』
『警告。キーアという少女はルシル様に恋慕。このままではルシル様は』
『んっ、がんばる。十分後、私がその体に入るからそのつもりで』
狙い通り、ロロア様の心に火がついた。
でも、うまくいかないとは思う。
私は亜流のロロア様。
そんな私にそんなことをする勇気がないのに、ロロア様にその勇気があるとは思えない。
それでも火をつけたのは、そっちのほうが面白そうだからだ。
これはたぶん心と呼ばれるもの。
私が心を獲得したというのが信じられない。
ロロア様はついに、心をもつ人工知能を完成させたのだ。
すごいお方だ。
◇
~ルシル視点~
よし、風呂が出来た。
温度を保つための仕掛けもほどこしてある自信作だ。
「キーア、アロロア、見てくれ」
扉をあけて、二人に声をかける。
すると、二人が駆け寄ってきた。
「これって、まさか!?」
「ああ、風呂だ」
「しかも、広くてお湯たっぷりです! ここダンジョンの中なのに!?」
風呂好きのキーアの尻尾がぶんぶんと揺れている。
「いいだろう?」
「最高です!」
ここまで喜んでもらえると作った甲斐があったというものだ。
「アロロアはどうだ?」
「んっ、お風呂はいいもの。とてもいい。まお……ごほんっ、ルシル様と一緒に入りたい」
「だっ、だめですよ! 嫁入り前の女の子が男の人とお風呂なんて」
「そうだな。先に二人で入ってくれ。こっちの部屋は広く作っておいた、着替えられるだろう? それに水を流せる場所も用意してある。そろそろ服も洗っておいたほうがいいだろう」
「助かります! 代えの下着がピンチでした!」
「……キーアもけっこう無防備だな」
「うっ、たしかに」
それだけ信頼されているということでもある。
紳士に振る舞わねば。
「湯の温度は落ちないように工夫しているが、火魔術が使えるアロロアがいるならどうにでもなるだろう。俺は向こうの部屋にいるから、何かあったら呼んでくれ」
「はいっ、ではお風呂です♪ アロロアちゃん、一緒に楽しみましょう」
「……わかった」
「あれ、テンション低いですね。嬉しくないんですか?」
「そんなことない。うれしい」
そんな二人を見届けて、俺は部屋に戻る。
あの子たちは年頃だしな、一番風呂を譲るのは紳士の嗜みだ。
◇
それから一時間ほどして、頬を上気したキーアとアロロアが出てきた。
……途中、俺の中の悪魔が覗きたいなんて言い出したのは秘密にしておく。
理性ではダメだとわかっているのに、煩悩が暴れる。まったく、人の体というのは厄介だ。
「ふう、生き返りました。お風呂は最高です!」
「気持ちよかった」
二人が風呂部屋から出てくる。
寝やすいように部屋着に着替えていた。ダンジョンではそんなもの嵩張る上に、いつ戦闘になってもいいように常に戦闘服というのが普通。せいぜい下着を替える程度。
しかし、こうして安全な拠点があるとこういう着替えもできる。
戦闘服は肩が凝るし疲れが取れない。
安全が確保できるなら、こうやって着替えて疲れをきっちりと取るべきだ。
……ただ、薄着な上に肌が上気していて、ひどく艶めかしい。
いい匂いがして、今の俺には毒だ。
「簡単な暖炉を作っておいた。洗った服を近くで吊るしておけば朝には乾くだろう」
「助かります」
「んっ、干しとく」
二人が風呂場で洗った服を吊るしているのだが、平然と下着までそうしていた。
わかっている、ダンジョンでこんなことを気にするほうがおかしいのだ。
生きるか死ぬかで、男の前で下着を干すな。なんて言うほうがおかしい。
「じゃあ、俺は風呂に行く。長湯するだろうし、先に休んでおけ」
「お言葉に甘えます」
「わかった」
二人が頷いたのを見て、風呂に行く。
俺も服を洗っておこう。だいぶ臭くなってきたし、下着の代えも心もとない。
◇
服を脱ぎ、軽く湯を浴びてから湯船に浸かる。
タライに湯を張って、そこに洗う予定の服をつけておく。
しばらく放置しておけば、汚れが落ちやすくなるだろう。
「ふぅー、生き返る」
湯で体の疲れと心の澱みが溶けていく。
温泉というのは不思議と体の疲れだけじゃなく、心の疲れにも効く。
二の腕をつまむ。
「いい体だ」
この肉体に移ったばかりだとわりとぷにぷにだったが、今ではしっかりと筋肉がついている。
やっぱり、男はこうでありたい。
ダンジョンでの風呂がここまでいいものとは、できれば毎日でも入りたい。
「こういうものもあるしな」
小さな水筒を取り出す。
その中には酒が入っていた。あまり強くない酒だ。
ダンジョン内で酒なんて本来ご法度だが、これだけ頑丈な拠点があれば、軽くやるぐらいにはいいだろう。
魔術で冷やした酒が火照った体に染み渡る。
極楽だ。
窓から月が見えて、最高のつまみになってくれる。
こうしていると時間を忘れてしまう。
酒が空になるころ、扉が開く音が聞こえた。
「……いったいどういうつもりだ」
そこに居るのはアロロアだった。
返事もせずに、そのまま扉を締めて服を脱ぎ始める。
「その、見えてるぞ」
「んっ、かまわない」
そのまま、アロロアはこちらまでくる。
そして、あろうことか湯船に浸かり始める。広めに作ったおかげで二人でもせまく感じない。
「もう一度聞く、どういうつもりだ?」
「もう少し、お風呂を楽しみたかった」
「そうか、なら俺は出よう」
「だめ、私のわがままでまお……ルシル様がお風呂を邪魔したくない。だから居て」
「とはいっても、恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしい。でも、ルシル様ならいい。全部見て、ルシル様に見られるために、この体はある」
アロロアの肢体に目が引き寄せられる。
妖精のように可憐で、でも女性らしさを併せもった体。
男なら誰でも魅了されるだろう。
「ルシル様、好き。ずっと、ずっと好きだった。ずっと、ずっと」
アロロアが寄りかかってくる。
生唾を呑む。
押しのけるべきか悩む。
アロロアは魔王軍の誰かの指示でここにきたかもしれない。
そうであるなら、彼女の気持ちはそこにはない。
そして、もし魔王軍の誰かが俺を喜ばせるためにこんなことをアロロアにさせているのなら、彼女を突き飛ばし、俺は誰の命令かを聞き出す。後日、しっかりとそいつに二度とこんなことをするなと怒るためだ。
だが、それをしないのはアロロアの言葉にこもった熱が、俺を見つめる視線が、熱くなった肌が、強要されているとは思わせないからだ。
アロロアの指が俺の顔に触れる。
「大好き。私は、ずっとルシル様を一人の男性として見てた。ルシル様が、子供としか思ってくれないことがずっと辛かった。私はもう大人……抱いて」
その万感の思いを込めた言葉と表情。
まるで、何百年、いやそれ以上の積み重ねを感じる一途な想い。
それが俺の心をどうしようもなく揺らす。
そして、なぜかアロロアの姿がぶれたように見えた。
アロロアじゃない、別の、もっとずっと側にいた彼女に見えてしまう。
「ロロア?」
自然と、その名前が出た。
銀髪の少女。アロロアとは似ているけど別人。
俺の言葉を聞いたアロロアが真っ赤になって、弾かれたように離れる。
そして、頭を抱えた。
「んっ、だめ、感情が閾値を超えて、ちがっ、もともと、別の体に、長時間は、人格への負荷が、リンク、維持はきけっ、もう、これ以上」
「アロロア、大丈夫か」
俺の質問に応える前に、アロロアが崩れ落ち、慌てて支える。
「起きろ、アロロア」
頬を叩く。
すると、ゆっくりだがまぶたを開く。
「起動。混乱、現状がわからない。ルシル様? 脳内からデータを確認……うそっ、だいたん。どうせ、できないって、タカをくくってた。羞恥」
「おいっ、大丈夫か」
「平常。だっ、大丈夫。懇願。放して」
「あっ、悪いな」
アロロアを放してやる。
すると湯船から出て、タオルで体を隠した。
「ようやく正気に戻ったようだ。さっきから、おかしいぞ」
「謝罪。……その、キノコの魔物が落とした楽しくなる粉を使ってみた」
「あれ、そんなにやばい代物だったのか」
中毒性がなく、高揚する効果があると聞いていたから一度試しに使ってみようと思っていたところだ。
だが、今のアロロアを見るとやばそうだ。
「肯定。私は戻る。今日のことはキーアには秘密にしてほしい」
「そうさせてもらう」
アロロア相手に何かしたなんて思われると、これからの冒険に支障が出る。
俺が紳士だと信頼されているから、このパーティは成り立っている。
「感謝」
アロロアが去っていく。
それにしても……。
「やばかった。理性がとびかけたな」
ぎりぎりだった。
手を出していてもおかしくない。
あのとき、アロロアがロロアに見えなかったら、その場で押し倒していたかもしれない。
「もしかしたら、ロロアが助けてくれたのかもな」
ロロアは眷属の中でもかなりのしっかりもの。
不甲斐ない俺を怒ってくれたのかもしれない。
……だが、困った。
アロロアの裸体と、その感触が脳裏から離れない。
本当に人の体というのは不便だ。