第十九話:魔王様のコテージ
ダンジョンの第四階層を進んでいた。
二日、野営をして今日でダンジョン生活三日目となる。
かなりしんどい。
ダンジョンぐらしの緊張感とストレスが、肉体以上に精神を削る。
第四階層は第二階層と同じく密林。
違うのは……。
「木が動いてくるなんて反則ですよぅ」
魔物のほとんどが植物系だと言うこと。
並んで走っているキーアが涙目になっていた。
魔物図鑑が振動する。
『トレント:木に擬態して獲物を喰らう魔物。獲物の肉を枝で貫き養分を吸い上げる。
必殺技:トレントウィップ ドレイン
ドロップ:木材(並) 杉花粉』
密林というフィールド、木は無数にあり、そこに擬態されると不意を打たれやすい。
そして、厄介な点は他にもある。
アロロアが振り向き、銃を発砲した。
イノシシの頭を一発で吹き飛ばすような強烈なもの。それが木の幹にあたり貫通する。
直径二十センチの大穴が空いた。
しかし、やつはでかい。直径は二メートルはある。そして、木であるため血が流れることもなく、痛みもない。
……非常に鬱陶しい。
「【炎嵐】!」
ようやく俺の詠唱が終わる。
炎の嵐が、トレントを中心に吹き荒れた。
俺がよく使う【炎弾】に比べ、詠唱が長いし、魔力消費量が三倍ほど必要。
だが、その代わり威力は絶大。
これぐらいの火力じゃないと焼き尽くせない。
鬱陶しいことに、トレントは大量の水分を含んでいるらしく、なかなか燃えない。
しかし、炎の嵐に閉じ込めればさすがにいつか燃え尽きる。
トレントが青い粒子になって消えていく。
「ふうっ、なんとか倒せたな」
「あれ、私と相性が悪すぎます」
「火の攻撃魔術を使えるメンバーが必須。ルシル様大活躍」
あれはもう物理攻撃じゃどうにもならない。
大樹を切り倒すところを想像してみてほしい。動かない大樹にひたすら斧を叩き込むだけでも、一時間ほどかかる。
その大樹が素早く動き回り、攻撃してくるのだからどうしようもない。
それがトレントという魔物だ。
「倒すのが面倒なわりに報酬がしょっぱいのもな」
青い粒子となって消えたトレントの代わりに、やけに艷やかな木材が現れた。
「しょっぱくはないですよ。とても上質な檜です。あれほどの木材は、そうそう手に入らないです」
「持ち帰れればの話だろう」
魔物のドロップだけあって、とてつもなくいい木だ。
価格表を見る限り、一立方メートルでなんと十万バル。とんでもない高級品。
だが、鬼のように嵩張る。
そして木材とはある程度の大きさでないと価値は激減してしまうのでばらして運ぶことができない。
「あはは、たしかにそうで……って、やばいです。すぐに木によじ登ってください!」
キーアが鼻をひくひくさせたと思ったら、そう叫んだ。
俺たちは理由も聞かずに木によじ登る。
ダンジョンでは一瞬でも判断が遅れれば、それが命取りなってしまう。
だから、仲間が警告をしたときにはとにかくそれに従う。理由はあとで考える。
俺たちは木の上から下を見る。
風上から、紫の粉が大量に流れてきた。
その先を見ると、子供ぐらいのサイズをした足が生えたきのこたちが体を揺らして、粉を撒き散らかしている。
魔物図鑑が揺れる。
『ポイズン・マタンゴ:歩く毒キノコ。風上から毒粉を撒き散らかす。吸引した者は高熱に見舞われ、全身が麻痺する。また、仕留めた獲物を持ち帰り苗床にする習性を持つ
必殺技:ポイズンパウダー
ドロップ:楽しくなる粉 キノコ(並)』
……えぐい生態系をしているな。それと、ドロップの楽しくなる粉というのがとても気になる。
「キーア、よく気付いたな」
「ちょっと甘い匂いがしたんです」
キーアの五感の鋭さは冒険でとても役立つ。敵を見つける能力はとても重要だ。
今回もキーアが気付かなければやばかった。ダンジョンでは戦闘以上に、戦闘になる前のことが大事だ。
「アロロア、ここから狙えるか」
「可能。すでに準備に入っている」
アロロアが銃の先端に追加パーツを付ける。
すると銃身が伸びて命中精度があがった。
射撃音が連続で五発。
全弾命中し、キノコたちがすべて青い粒子になる。
ここから二百メートルは離れているというのに、なんて精度だ。
「完了。脅威はもういない」
「よくやった。キノコと楽しくなる粉がドロップしているな。キノコを今日の夕食にしよう」
「あれ、毒キノコがドロップしたキノコですよ!?」
「大丈夫だろう」
基本的に、魔物のドロップはすべて魔物という試練に打ち勝った報酬。
つまりは害にならないものだ。
ここまで現地調達のダンジョン飯で三日すごしてきたが、そのほとんどは肉。
いい加減、肉以外も食いたい。
キノコというのは、旨味が強く、食いごたえがある。
今日のメインにぴったりだろう。
◇
野営の準備を始める。
「ふう、俺の小屋作りもだいぶうまくなってきたな」
「……というか、もうめちゃくちゃです」
魔術を使えば使うほど魔力が鍛えられる。
この前までは、ぎりぎり三人で生活できるスペースが限界だが、今ではちょっとしたコテージが作れるようになっている。
そして、ひたすら分厚い。
魔物が襲ってきても安全だ。今までのように樹上に作る必要すらない。
「感嘆。ルシル様はすごい」
「日頃の鍛錬の成果だ」
俺たちは部屋の中に入る。
外でも料理ができなくもないが、周囲を警戒して神経をすり減らしながら料理なんて楽しくない。
「キノコと牛肉の余りを使うか。念のため、アロロアに見てほしい」
「了承。調べる」
アロロアは解析魔術を使える。ドワーフの血統魔術。
血統魔術は、血で行う魔術。汎用魔術と違い、特殊な血がなければ使うことがかなわない。
アロロアはホムンクルスの体を人工知能が動かしているらしいが、そのベースがドワーフ寄りだそうだ。
「問題ない、キノコ(並)も楽しくなる粉も有害な成分はない」
「楽しくなる粉は麻薬みたいなものかと思ったが」
「否定。たしかに、人を高揚させる成分はある。でも、依存性も副作用もない。ストレスの解消に効果的」
ふむ、面白そうだ。
夕食には使わないが、いつか使ってみよう。
「調理を始めよう」
俺はまず、バターをたっぷりと溶かしたフライパンで刻んだキノコ(並)という極めてアバウトな名称のキノコを鍋で炒めていく。
キノコ(並)は巨大マッシュルームのようなのでこの調理法でうまくなるはずだ。
キノコがバターの旨味を吸い取り逆に水分を出していく。この汁にはキノコの旨味がたっぷり含まれている。
そこに、第三階層でゲットした、牛の魔物がドロップした牛乳をぶちこむ。
俺が作っているのはシチューだ。
キノコの旨味たっぷりのホワイトシチューは絶対うまくなる。
牛乳が煮詰まり、とろっとしてきたところで、別のフライパンで炒めていた牛肉を加えた。
どうしても肉を入れてから煮詰めると硬くなってしまうからこその工夫。
塩で味を整えて、完成だ。
「牛乳とキノコたっぷりのシチュー。このあたりは夜になると冷えるからな。こいつで温まろう」
「相変わらず、美味しそうな料理作りますね。これ、ほんとうに即興ですか?」
「ああ、なんとなく材料を見てると思いつくんだ」
俺のレシピはだいたいそうだ。
不思議と、漠然と考えていても何も浮かばないが、材料を目にして何かを作ろうとすれば、自然と思いつく。
「美味しければ問題ない」
アロロアが自分の皿をもって鍋の前に来ている。
相当、お腹が減っているようだ。
「食べよう」
ダンジョンで一日中狩りをした後の飯はとてもうまいのだ。
◇
夕食にする。
今日はパンとシチューというシンプルな食卓。
それでも、ダンジョンの中ということを考えると立派なご馳走だ。
具がキノコと牛肉だけという実に男らしいシチューを口にする。
「いい味だ」
「キノコの旨味がすごいです」
「絶品」
目論見通り、凄まじい旨味がキノコから抽出されている。
見た目どおり、味はマッシュルームに近く。それをより強くしたもの。
歯ごたえもとても良いし、これだけ出汁に旨味を提供してもしっかりとした旨味が残っている。
炒めたときのバターの風味が残っていて、それがまたキノコに合う。
サブで入れた牛肉もうまい。
ただ……。
「これ、キノコ一本で作っても良かったかもな」
牛肉はうまいことはうまいのだが、微妙にシチューの味と喧嘩してバランスが悪くなっている。
「これでも十分美味しいですし、牛肉は入れたほうがいいと思います。キノコだけのほうがすっきりした味になりますが、単調で飽きちゃう。牛肉がいいアクセントになっていますよ」
「それもそうか」
「提案。牛より鳥のほうがくせがなくて、このシチューには合うと思われる」
「それ、いいな。鳥型の魔物がいたら、がんばって狩ろう」
「同意。私なら飛行している魔物も撃ち落とせる」
ここまで、鳥型の魔物は見ていない。
飛行能力を持っているのは厄介だが、アロロアの銃なら余裕だろう。
銃か……。いい機会だし聞いてみよう。
「アロロアの銃、弾切れをしているのを見たことがないが、どれだけ弾を持ち込んでいるんだ?」
「回答。持ち込んでいる弾はせいぜい数十発。休憩中に補充している。私が一番得意とするのは土魔術」
そう言うなり、アロロアは金属製の弾を生み出す。
見事な流線型。空気抵抗を考え抜いたフォルム。
「俺の知識では火薬が必要だが?」
「事前に作る場合は、こういうものを使う」
アロロアが今度は赤い宝石を生み出した。
「火の魔術と相性がいい宝石。これに火の魔力を込めて砕くと、強力な火薬になる。これをさきほどの弾に砕いて詰めておく」
なるほど、ある意味でアロロアの銃撃は魔術というわけだ。
事前に弾丸を作り起きしておくことで、継続戦闘能力をあげられる。
「面白いな、それ。その魔術、血統魔術ではないんだろう?」
「肯定。土魔術の延長線上にある。ルシル様でも使える」
「なら、教えてくれないか。その術式、横で見ていてもわからん」
「了承。食後に教える」
俺の魔力量は多いとはいえ、手札はあればあるほどいい。
銃は素晴らしい。
俺の魔術だとどうしても有効射程は二百メートルがせいぜいと言ったところ。
だが、銃はアロロアが使っているのを見る限り、精密射撃で二百メートル。銃身に追加パーツを受けた状態であればその倍は狙えている。
実にいい武器だ。
「魔術が使えるルシルさんたちが羨ましいです」
「何を言っているんだ? キーアだって使っているだろう」
「使えないですよ」
キーアがぶんぶんと首を振る。
彼女は自分の力がわかっていない。
「キーアは身体能力強化の魔術を使っている。それもかなり高度にな」
「ただ魔力で体を覆っているだけですって」
「それも立派な魔術だ。しかし、それだけじゃない。普通の奴なら全身を魔力で覆うのが精一杯なんだ。……だが、キーアは違う。必要なところに必要なだけ魔力を強化している」
走るときは脚部に集中。
攻撃するときは腕に集中。
言葉にすると簡単ではあるが、非常にセンスがいる。
肉体というのは、ありとあらゆる動きが連動しているのだ。例えば、足だけを強化すれば、強化されすぎた足に股関節や腰が耐えきらず、自らの肉体を壊す。
足に力を集中しつつ、それに耐えられるように残りの部分も強化しなければならない。
剣を振るうときだってそうだ。
どれだけ腕の力を強化しようとも、踏ん張りが効かなければ力が抜ける。
これらを戦闘中、コンマ単位で最適に割合を変え続けるというのは理論や経験ではなかなかできない。
「別に普通ですよ、普通」
「その普通をキーアレベルにできるやつを俺は三人しか知らない。天才だ。センスがある。もっと誇ればいい」
「あはは、照れちゃいますね」
キーアが真っ赤な顔をして、照れ隠しのためか一心不乱にシチューを食べ始めた。
「提案。キーアに魔術を教える。キーアを見ている限り、風の適性がある。キーアは高い機動性と鋭い感覚を持っている。風の魔術とは非常に相性がいい。速さと探知は風の専売特許。このパーティでは私が風の探査魔術を使っているけど、私は土と火に比べて風の適正は低い。キーアがやるべき」
「たしかにそうだな。魔力量も多いみたいだし、勉強する価値はあるな」
風は直接的な攻撃力が低く、支援向けの魔術が多い。
だからこそ、キーアに合う。攻撃面では高い近接能力を今まで通り発揮してくれればそれでいい。
「ほえ? 私にそんな才能があるんですか?」
「肯定。風のマナに愛されている。……その代わり、土・火・水にはすごく嫌われていて、ろくに使えない」
このあたりは才能だ。
属性魔術は本人の適正がものを言う。種族ごとにも個人ごとにも得手不得手がある。
俺の体は、それなりに全部が使えるという感じで、アロロアの場合は土と火に高い適性を持ち、残り二属性はかろうじて使える程度。
そして、キーアはアロロアの言う通り、風に高い適性を持つ。
一応光と闇属性もあるがあれはなくて当たり前な特殊な才能だ。
「やってみます。夜は暇ですし、ぜひ、お勉強をさせてください」
普通なら交代で見張りなので気を休める暇などないが。
ここまで立派で防御力があるコテージなら、勉強だってできる。時間の有効活用だ。
「了承。私が教える。それともルシル様が教える?」
「いや、俺は感覚派だから、理論派のアロロアのほうが向いているだろう……それに今日はやることがあるしな」
「やること?」
「ああ、今日で三日目だろ。そろそろ精神的に辛い。だから、心を癒やすものを作ろうと思ってな」
「興味。何を作るつもり?」
「それは見てのお楽しみだ」
ありあまる魔力があるゆえの贅沢。
ダンジョン内で、あんなものを楽しめるパーティは俺たちぐらいだろう。
さっそく、頑張って作ってみるとしよう。