第十八話:魔王様の準備
フロジャス・ファングに絡まれたことで、目標だった月間ランキング入りが絶対になった。
となると、一つ大きな問題が出てしまう。
「ああは言ったものの今のままじゃ厳しいな」
「肯定。週に三回しか潜れないのは極めて不利」
俺の独白にアロロアが返答する。
俺たちにとって、最大の問題は稼働日数の少なさだ。
能力はある。しかし、他の冒険者の半分以下しかダンジョンにもぐれないのは不利だと言える。
「きつね亭を閉めちゃえば、毎日ダンジョンに挑めます。だけど、きつね亭は閉めたくないです……でも」
キーアが葛藤している。
彼女にとって、きつね亭は特別な場所なのだ。
だからこそ、俺はキーアの母親を治すことで、キーアを自由にしてやりたいと思っている。
キーアと一緒に、旅をするために。
「提案。きつね亭に接客担当を二人ほど紹介する。接客経験のあるベテランを呼んで、今週いっぱいキーアが指導すればなんとかなる」
「そんな人連れてこれるんですか?」
「可能。ルシル商会の系列に飲食店は多数ある。支店長クラスの人材なら、きつね亭の忙しさにも対応可能」
「たしか、アロロアちゃんはルシル商会の人じゃないって言ってませんでした?」
「肯定。ルシル商会には属していない。でも、コネはある」
「すごくありがたいのですが、お給料が……」
「問題ない。帳簿を把握している。ルシル様の提案による値上げでの収益率改善効果で利益が増えている。キーアがダンジョンに潜る日数が増えたことによっての収入増加まで含めれば、大きなプラスになる」
アロロアがロロアフォンⅦでどこかに連絡をする。
そして、わずか三十秒ほどで答えが出た。
「ルシル商会で来月、新規の飲食店をオープンするために優秀なスタッフを集めていた。そのスタッフを店がオープンするまでの一ヶ月だけなら貸し出してくれると言っている。給料は月額制で一人三十万バル必要。優秀な分、割高。それでもプラスのほうが多い」
「……三十万バル。以前のきつね亭じゃとても払えなかったけど今なら。雇います! アロロアちゃん、お願いしますね」
「了解。すぐに手配する」
そうして、きつね亭のほうはなんとかなる見込みが立った。
「アロロア、助かった」
「ルシル様のためでもある。私が動くのは当然。それに、私がやらなくてもルシル様ならできた。ロロア様とライナ様の連絡先を知っている。あの二人はルシル商会の幹部」
そうだろうな。
実際、俺もそうすることを考えた。
だけど、その決断をできなかった。
あの子たちに頼るのはどうかと躊躇してしまったのだ。
「……とにかく、結果的にこうなって良かった。正直な話をすると、いくら工夫をしても目標である六階層まで三日でたどり着くのは無理だと思っていたんだ」
マッピングをして、次の階層に飛べる青い渦を見つければ最短ルートで探索できる。
それでも、六階層は遠い。
二日の野営でたどり着けるとはとても思えなかった。
「たしかに、かなり厳しかったです」
「同意。私の試算結果でも、最低三日の野営は必要。片道でそれなら、一週間は探索期間の想定が必要」
俺の見立てでもそんなものだ。
この話は、四階層へ続く青い渦を見つけたあたりで言うつもりだったが、今回の事件で早めに手を打てたのは僥倖と言えるだろう。
「だが、これで体力が続く限りダンジョンに潜っていられる。思いっきり狩りをしよう」
「はいっ」
「了解」
これでハードルの一つが消えた。
問題は、ルシル商会のよこすスタッフがどれだけ優秀かだ。
……まあ、そこは心配しないでもいいか。十中八九、アロロアは魔王軍と繋がっているし、あいつらが中途半端な人材をよこすわけがない。
◇
そして日曜になった。
今週最後のきつね亭営業日。
「……アロロアちゃんもすごいですけど、あの子たちもすごいですね」
「当然。ルシル商会が優秀だと保証して送り出した子たち。このぐらいはやる」
ルシル商会は翌日には二人のスタッフをよこしてきた。
その子たちがまた可愛くて優秀だ。
「注文を承りました!」
「お会計ですね」
種族としては妖狐とエルフ。
接客慣れしていて、あっという間に仕事を覚えて店を回している。
ちなみに俺たち三人は客として酒を飲んで料理を摘んでいる。
今日のテストは、俺たちがいなくても店が回るかどうかだ。そのため、俺たちはスタッフではなく、客として俺たちがいないきつね亭を見ている。
「まったく危なげがないな」
そして、この時点で大丈夫だと判断できている。
彼女たち二人は極めて優秀で、キーアの教えをしっかりと学んだ上で、自身の経験から改善点を提案し、店のオペレーションをより良くしてくれる。
さすが、この島最大の商会が優秀と太鼓判を押した支店長クラスの人材。
「ちょっと複雑な気持ちです。私がいないとこの店はダメなんだなっていうことに安心もしていたんです」
「まあ、いいじゃないか。これで店の心配はないし。営業日も増やせるんじゃないか?」
「たしかにっ! 狩りの成果も増えてお肉もたくさんありますしね。営業日を増やしましょう。前と違って、ちゃんと儲けも出てますし。営業日を増やす代わりにマサさんたちのお給料も上げて」
キーアの目に金貨が浮かび、頭でそろばんを叩いている。
なんだかんだ言って、キーアはちゃんとオーナーなのだ。
「週に六日営業がベストっぽいです。あとでマサさんたちと相談しておきますね」
「ああ、そうするといい」
ここは居心地がいい。
そんな場所を多くの人が楽しめるというのは悪くない。
そして、俺には野望がある。
魔物肉を使った料理はなかなかに楽しい。そして、美味しいものはみんなに食べてもらいたい。
そうなると、このきつね亭というのは便利だ。
さっそく、俺が考案したハチミツ漬けイノシシ肉の甘辛焼きは人気メニューになった。この調子で、どんどん料理を開発して店に並べたい。
きつね亭を、俺の料理を広める拠点にするのだ!
「疑問。その方針にした場合、助っ人が帰ったあとが大変」
「うっ、それは確かに」
「案外大丈夫だと思うぞ。俺たちがダンジョン探索に専念すれば、すぐに第六階層にたどり着く。そうすれば、キーアの母親の病気が治せる。接客の鬼が帰ってくるんだ。なんとかなるだろう」
胸のうちに留めていたことを口にする。
今までは、それができる確信がなかった。
でも、アロロアが来てくれて、こうして今全力でダンジョン探索ができる環境が整った。
口にしても、それを嘘にしない自信がある。
キーアがぽかんっとした顔をして、それから目に涙がたまる。
「はいっ! それ、とっても、とっても素敵です」
「だろ? なら、それを実現するだけだ。……そういえば、まだパーティ結成記念をやっていなかったな。乾杯でもするか」
「やりましょう!」
「了承」
俺たちは微笑み、ジョッキをぶつけ合う。
必ず、俺はこの約束を果たして見せる。
◇
~???視点~
海中を進み、私はようやく汚れた者たちの島へたどり着いた。
力を隠し、黒い塊になって地面を這いずるようにして夜闇を進む。
どういうわけか、汚れた者どもは島とその周辺をなにかしらの手段で見ている。魔力探知だけでなく、目視しているのだ。
だからこそ、私は屈辱に耐え、力を隠して虫のような姿で夜をこそこそ駆ける。
なんという屈辱。
なんという辱め。
だが、これも主の意志。神のためならどんな苦行にも耐えて見せる。
(ああ、なんて汚らわしい島だ)
ここは主の恩恵がない島。
だからこそ、主の力が使えない。
そして、汚れた者たちの王が生み出した眷属たちは口惜しいことに強い。
神の力なしに勝てる相手ではない。
だから、唯一、この島にある神の力を使う。
試練の塔、神が生み出した力。奴らがダンジョンなどと言うふざけた名をつけ、神の力を悪用しているものを。
奴らが虫のようにたかり、神の力をこそぎ落とすせいで、試練の塔から魔物が溢れない。
だからこそ、私を餌にする。
私という極上の餌を喰らえば、一気に試練の塔は溢れてしまう。
とてつもない強さと数の魔物が一気に吐き出され、汚れた者たちへ聖罰を与えるのだ!
ああ、なんと心躍るのか。
死は怖くない。
怖くなどあるはずがない。
私は主のためにこの身を犠牲にするのだ。必ずや、神の腕の中へと還ることができるだろう。