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第十七話:魔王様の本質

 査定も終わり、金が入ったし帰ろう。

 そう思って踵を返したときだった。

 道を塞ぐように、四人組の冒険者が立ちふさがる。


「キーアじゃねえか、なんだ。俺らの誘いを断ったくせに、そんなさえねえ奴とパーティを組んだのか?」


 どうやら、キーアの知り合いのようだ。

 ダンジョン帰りのようで、背負った背嚢にはぎっしりと獲物が入っている。


「はい、そうです。三人でパーティを作りました」

「わけわかんねえよ! そいつらが良くて、なんで俺らが駄目なんだぁ。ああんっ!?」

「あの、なんというか、シャリオさんたちは怖いので」


 キーアが俺の背中に隠れる。

 四人全員、わりと荒くれ者っぽい、いかにもな冒険者だ。

 ただ、佇まいを見る限り実力はあるようだ。


「怖くなんかねえよ。ちゃんと可愛がってやるぜ」

「おいおい、シャリオ、可愛がるってどういうことだよ?」

「そら、いろいろよ」


 下卑た笑いが響いた。

 こんな奴らとキーアが一緒に探索をしようものなら、どうなるかは火を見るより明らかだ。


「あの、どいてください。なんと言われても、こうしてルシルさんたちとパーティを組んだ以上、あなたたちと一緒に探索することはありえませんから」


 そう言ったキーアを、シャリオと呼ばれた髭面の男が睨む。


「納得いかねえっつてんだろ。俺らが、キーアちゃんを誘っていることは、みんな知ってんだよ。断ってソロでやってるうちはいいけどなぁ。こうやって他の奴らとパーティを組まれちまうと、フロジャス・ファングの面目が丸つぶれってわけ。なあ、わかんだろ?」


 フロジャス・ファング。

 その名前は知っている。さきほど見たギルドの月間ランキングの九位に名を連ねていた。

 つまりは、この街で十指に入る冒険者パーティだということ。

 キーアの表情が強ばる。

 ……これ以上は見過ごせない。


「わからないな。キーアの非はどこにもない。おまえたちが振られたってだけだろう。強いていうなら……悪いのは魅力がないおまえたちだ」

「ああん、喧嘩売ってんのか?」


 顔をすれすれまで近づけて凄んでくる。

 脅しているつもりなのだろうが、なんの恐怖も感じない。

 神たちとの戦争中、何百、何千もの猛者と対峙し、肩を並べてきた。

 彼らと比べるとこの男はあまりにも薄っぺらい。必死に強がってきゃんきゃん吠える子犬のようで可愛らしくすら見える。


「売っているのはそちらだ。俺の仲間にいいがかりをつけるのは止めてもらおうか」

「てめえ!」


 大ぶりなうえ、モーションが丸見え。

 身体能力は高いようで、重く速いが、これだけ見えていれば喰らうほうが難しい。

 手を添えて、拳を流して、ひねって、関節を極めつつ、背後に周る。


「アガッ、イテエエエエエエエエエエ」


 脳裏にこの技について浮かぶ。もともとは非力な子供や女のために考案された護身術。

 暴れているが、暴れれば暴れるほど痛みが増すだけだ。


「離せっ、てめえ」

「キーアに手を出さないと約束するなら、放してやる」

「てめっ、ふざけるな。おい、おまえら、何見てやがる。助けろ」


 ようやく、硬直していたフロジャス・ファングの面々が動き出す。


「いいのか? 動くと折るぞ。一月はまともに狩りができなくなるな」


 しかし、それも俺の言葉で思いとどまる。


「俺にこんなことしてただで済むと思ってんのか?」

「だろうな。しつこそうな顔をしているし。仕方ない……面倒がないようにしようか」


 一番、簡単な解決方法。

 それは殺してしまうこと。

 昔からよく使った手だ。後腐れなくていい。

 シャリオの手から震えが伝わってくる。

 どうやら、俺が何を考えたかわかったようだ。

 俺は彼の手を離し、背中を押すと彼はよろめきながら仲間のほうに戻っていく。

 恨めしそうに俺を見るが、口をぱくぱくさせるだけで、言葉になっていない。

 少し哀れに思ってきた。別の手を考えよう。


「一つ提案がある。こういうのはどうだ? おまえたちは、キーアがおまえたちの誘いを断り、俺たちとパーティを組んだことでメンツを潰されたから怒っていると言った。間違いないな?」

「あっ、ああ、間違いねえよ」

「で、あるなら。俺たちのパーティがおまえたち以上であれば問題ないわけだ」

「何、わけのわからないことを言ってやがる」

「具体的に言うなら、次の月間ランキングで俺たちのパーティがおまえたちよりも上であれば、メンツを潰すも何もないだろう? ただ、より優れたパーティに入っただけ。いい提案だと思うが?」


 俺がそう笑いかけると、フロジャス・ファングの面々がぽかんっとする。

 そして、数秒後、シャリオ以外の三人が爆笑した。


「こいつ、正気かぁ」

「俺らより上に行くって、新人の分際で? 何、寝言を言ってやがる」

「頭、大丈夫ぅ」

「俺は正気だ。それがベストだと考えている」


 彼らの言い分にも一理あるような気がしないでもない。

 なら、お互いが損しない形にするのが一番。


「……いいだろう、受けてやる。だが、条件があるぜ。来月のランキングで俺らより下なら、キーアちゃんをもらう。それから、そっちの可愛い子もな」


 彼が指差したのはアロロアだ。

 キーアに向けた下卑な眼をアロロアにも向けている。


「それは欲張りすぎだ。呑めない」


 この条件を出した時点で、譲歩をしている。

 別に俺は力づくでも構わないのに、こいつらの心情を気遣ってやったのがこの提案。

 それを呑まないのなら、実力行使でいい。


「提案。私はその条件で構わない」

「ちょっと待ってください、アロロアちゃん。あの、シャリオさん、私だけがって条件ならそれでいいです」


 アロロアとキーアが二人同時に口に出す。


「なら、決まりだぜ。キーアちゃん、約束を忘れるなよ」


 その言葉を最後に、フロジャス・ファングの面々が去っていく。


「良かったのか? あんなことを言って」

「あの人たちに絡まれたのは私のせいです。リスクを負うのが私だけなら受け入れます。それより、アロロアちゃんはもっと自分を大切にしてください」

「疑問。なぜ、そのようなことを? 私は最優先をルシル様、第二優先を私自身として行動している」


 アロロアは心底不思議そうに首を傾げる。


「でも、私のために、あんな賭けに」

「否定。賭けじゃない、すでにフロジャス・ファングのデータはインプット済み。冒険者になると決めた際、この街すべての冒険者のデータを学習した。彼我の戦力差を比較した場合、確実に勝てると判断。加えて、奥の手がある」

「アロロアちゃんってすごいですね……」


 この子は理詰めのお化けだな。

 そのアロロアが大丈夫だと言うのなら、本当に大丈夫のだろう。


「まあ、賽は投げられた。どっちみち月間ランキング入りは狙っていたんだ。たんたんとやるべきことをしよう」

「はい、そうですね……それと、ありがとうございます。かばって、くれて嬉しかったです」

「大事な仲間だからな。仲間は守るものだろう?」

「はいっ! 私達は仲間です。私もルシルさんのためにがんばります!」


 俺は微笑む。

 この関係は悪くない。

 この関係を続けられるよう、がんばって稼ぐとしよう。


 ◇


~場末の酒場、フロジャス・ファング視点~


 フロジャス・ファングの四人が酒場で飲んでいた。

 安いだけが取り柄の店だ。

 彼らはここをたまり場にしている。

 粗暴だが、稼ぎはいい彼らがこの店を使うのは、他の客が少なく、いくら騒ごうが文句を言われないからだ。


「おい、今回は随分と弱気じゃねえか、シャリオ。いつものおまえなら、あんな優男、さっさとのしてただろうによ」

「キーアちゃんはもったいねえよな。足手まといにならねえ美人ってのは、やっぱ必要だぜ。潤いがねえと、ダンジョンぐらしは耐えられねえよ。もう、ち○こぱんぱんだ。あと二日ももぐってりゃ気が狂っちまうところだった」

「飲み終わったら、娼館だな」


 上位ランカーの彼らは、日帰りではなく何日も深い階層に潜る本物の冒険者だ。

 それを危なげなくこなす実力を持つ。

 しかし、実力はあっても辛いものは辛い。

 極度の緊張に加え、過酷な生活、ろくな娯楽もない。心がやられそうになる。

 また、ぎりぎりの戦いは生存本能を刺激し、ひどく昂ぶってしまう。


 だからこそキーアを欲した。

 セックスができる。それだけでも冒険者はひどく楽になる。

 実際、上位ランクのパーティではそういうストレスの発散の仕方をしている者たちが多い。


「なかなかいねえもんな。顔も腕もいい若い女」


 そう、深い階層についてこれる女性というのは極めて貴重だ。いくら、生活の潤いのためとはいえ、足手まといを連れていけばパーティそのものを危険に晒す。

 だから、優秀な女性冒険者は引く手数多であり、ソロでやっている者好きなどはキーアぐらいで、なんとしても欲しかった。


「やっぱ、拉致っちまおうぜ」

「男はぶっ殺そう」

「家もわかってるしな。やっぱ、二人共もらっちまおうぜ。キーアちゃんもいいが、あの銀髪の子、もろ好み」


 男たちは欲望に火がついている。

 さきほどの取り決めなど、もう頭から消えていた。

 ……一人を除いて。


「やめろ!」


 さきほどから一人だけ黙っていたシャリオが拳をテーブルに叩きつけた。


「おい、いったいなんだよ、おまえ」

「……約束を守れ、月間ランキングで勝負する」

「なにぶるってるんだよ。らしくねえよ」

「なんで、おめえらはわかんねえ!? あいつは、あいつは、人殺しなんだよ!」


 シャリオのジョッキを持つ手が震えていた。


「あいつ、俺の後ろで、『……面倒がないようにしてもいいか』って言ったんだ。淡々と、なんの感情もなく、世間話みたいな気安さで、俺を殺すって決めた……わかるか? 興奮するでもなく、恐怖するでもなく、追い詰められて仕方なくでもなく、当たり前に殺すって」

「そんなの気にし過ぎだって」

「違う! 俺にはわかる。あいつは、人を殺している。一人や二人じゃねえ、下手すりゃ、何百、何千も、それぐらい、死が身近にあるやつだ。ああいうのを一度だけ見たことあんだよ……そういう、なんでもありをやっちまったら、俺ら全員殺される。あいつは得体が知れねえ。ルールを、ルールを守らねえと」


 シャリオは実力と経験がある冒険者だった。

 だからこそわかってしまった。

 ルシルの異常さを。

 あくまで今のルシルは人として振る舞っている。

 だが、その本質は魔王。

 魔族すべてを救うために、神に挑んだ英雄。自身の判断で、数万の命が散る、そんな修羅場を日常にしていた男なのだ。


「まあ、シャリオがそういうなら、普通にがんばるか」

「しゃあねえな」

「一ヶ月だけ、キーアちゃんを抱くのはがまんか」


 シャリオの仲間たちは口ではそう言う。

 だが、残念なことにシャリオほど彼らは利口ではない。経験もない。

 よりにもよって魔王を舐めており、欲望に忠実過ぎた。

 それがどんな悲劇を産むか想像もできないほどに。


「わりいな、みんな。とりあえず飲もうぜ。一週間ぶりの酒だからよ。乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 ジョッキをぶつけ合う。

 彼らは笑う。

 ダンジョンから帰ってきて久しぶりに味わう、酒と汁気の多い料理の数々。

 ただ無心に今を楽しんでいた。

 ……自らが魔王の逆鱗に手を伸ばしていることすら気付かずに。


 

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