第十二話:魔王様と新入り
ロロアとライナが遊びに来てからだいたい一週間が経っている。
今は店じまいをして、キーアと二人でまかないを作っているところだ。
最近は料理をキーアに教えてもらっている。これがなかなか楽しい。
今日なんて、厨房で料理をしていた。
厨房を任せられているマサさんは、『ついにお嬢にも春が……』なんて言って、俺の手をぎゅっと握りしめて、『お嬢を頼みます』と懇願してきた。
俺の代わりに接客に回されたマサさんの息子は、とても不機嫌そうにしていたのも印象に残っている。
「見事な手際です。ルシルさんって、料理の筋も恐ろしくいいですね」
「どうやら、俺はなんでもできるみたいだ」
「本当にそうなのがすごいです。なんというか、学習能力の鬼です!」
そうこうしているうちにまかないが仕上がる。
今日のは自信作。
もしかしたら、きつね亭の新たな看板メニューになるかもしれない。
「明後日から、またダンジョンか。結局、三人目は見つからなかったな」
「ぜんぜん駄目でしたね。ギルドのほうにも募集かけたんですが」
俺たちは店が開いている木曜から日曜は店を手伝い、月~水はダンジョンに潜るという生活をしている。
当然、今週もダンジョンに挑んだ。
その際に思い知ったのが、深い階層に潜るには二人では厳しいということ。
二階層ですら罠と死角のオンパレードで、前後左右、そして上まで警戒をしないといけない。
分担して、常に警戒を続けているのだが二人ではどうしたって神経がすり減っていき、異常に疲れる。
体力がついてきたが、精神的な疲れにはまだ慣れない。
『問題はそれだけじゃないな』
どうしたって三層以上に潜るのであれば、泊まりが必要だ。
一度やってみたのだが、二人で交代して見張るというのは想像以上にしんどい。ただでさえ日中神経をすり減っているのにろくに寝れない。そんな状態で何日もダンジョンに潜るのは自殺行為。
せめて、あと一人。あと一人いればいろいろと楽になる。
「ダンジョンはただ強いだけじゃ、どうにもならないな」
この一週間で更に俺は強くなった。
体力も魔力も見違えている。
それでもなお厳しい。
「はいっ、強さなんてものは冒険者に必要な一要素でしかないって、お父さんも言ってました!」
俺は頷く。
ダンジョン等にはさまざまな技術がいる。
とくにサバイバル技術だ。
「あっ、でも、やっぱり魔術が使えるっていう時点でめちゃくちゃ楽ですよ。いつでも水が手に入るのなんて反則です! 火もそうですね。火を起こすのってけっこう大変なんですよね」
俺は四属性魔術をすべて使える。
それはダンジョン探索で重宝していた。
彼女の言う通り、水と火。この二つがあるだけで随分と違う。
人は生きていくだけで一日二リットルの水を消費する。激しい運動をすれば、さらに消費量が跳ね上がる。
そして、ダンジョン内で水を確保する手段は少ない。
十分な水を持ち込まないといけない。ダンジョン内で夜を明かすような長期戦だと、数日分の水を常に持ち歩くのは馬鹿にならない負担になる。
その上、水が尽きれば強制的に撤退しないといけない。
水を生み出す魔術があればそういう不自由から解放される。
「まあ、それはそうと。どうやって三人目を手に入れるかだ。このままじゃ手詰まりだ」
「ですね、あと、店のほうも増員したいです……」
そして、きつね亭のほうも大変なことになっている。
材料費の高騰を理由とした値上げでも客が減らないどころか、俺が働くようになり、客が待たされることが減った。
そのことが評判になり、客が増えた。
今までキーアが八面六臂の働きで接客をしていたとはいえ、やはり一人では限界はあり客を待たせ、そこが客からしたら唯一の不満だった。
それが解消されれば、客が増えるのも当然。
人を増やさないとやばいという結論がでている。幸いなことに値上げしたおかげでそれぐらいの余裕はある。
「やっぱり、俺たちのスケジュールに合う奴がいないってのがネックだな」
「月~水の三日だけダンジョンに潜るって言ったとたん、みんなしぶい顔をしますからね……。いっそのこと、冒険者とお店、両方やってくれる人がいないですかね。冒険者としても一流で、接客業も完璧な人なら、一週間ずっと一緒に働けます!」
「ただでさえ、高いハードルをもっと上げてどうする」
「うっ」
深い階層に挑めるだけの冒険者の力量。人気店に押し寄せる客を捌けるだけのスキル。両方を持ち合わせているものなんて、そうそういない。
「とにかく、まずは食事にしよう」
「はいっ、せっかくの料理が冷めちゃうともったいないです」
何一つ、問題が解決しないまま俺たちは料理に口をつける。
そんなときだった、ノックの音がなった。
もう、店じまいをしているというのに。
キーアが出迎える。
そこには銀髪の少女がいた。ドワーフ種特有の尖った短い耳。アイスブルーの瞳なクールビューティ。
一瞬、ロロアを思い浮かべた。
しかし、別人だ。
なにせ、ロロアは千年の間に十六歳程度の外見に成長した。だけど、彼女は十八ぐらいに見える。
そして、ロロアの胸は小さいのだが、彼女はそれなりにあるし背が高くスタイルがいい。
ひどく失礼をするなら、ロロアのコンプレックスが解消された姿がそこにあった。
「店の入口に張られていた求人の張り紙を見てきた」
そう言いながら、ロロア似の少女は張り紙を突き出してくる。……二枚。
「……キーア、きつね亭の入り口に接客スタッフ募集の張り紙をするのはわかるんだが。なんで、冒険者募集まで書くんだ」
「あはは、一応。ここ、冒険者のお客様も多いのでワンチャンあるかなって。実際、何人か希望者はいましたよ……すっごく下心満載な目の。あの、面接するので中に入ってください」
「了承」
そして、明らかに怪しい少女を招き入れた。
◇
今日のまかないを切り分ける。
ロロア似の少女にも提供し、食事をしながら面接をすることにした。
今日のまかないはチーズが余ったので作ったオリジナルメニュー。
あえてパンを膨らませず、薄く硬いさっくりとした食感に仕上げ、チーズとトマトソースをふんだんに乗せて焼き上げたもの。
絶対に人気がでると踏んでいる。
「あつっ、あふいけど、これ、おいひいです」
まかないとキーアの口にチーズの橋がかかる。なぜ、こうもとろとろチーズは食欲をそそるのだろう。
「店に出せそうか」
「味は問題ないですが、場所をとるし、調理に時間がかかりすぎるので、ちょっとむずかしいです」
「ふむ、客商売とは難しいな」
うまいだけではだめなようだ。飲食店も奥が深い。
「えっと、君はどうだ」
「美味」
淡々と告げる。まるで感情がないかのように。
なんとなく、昔のロロアを思い出す。
「あの、まずはお名前から聞かせてください」
「私はアロロア」
「では、アロロアさん。接客と冒険者、どちらを志望されますか?」
「両方」
即答だった。
「月~水は冒険者。木~日は接客を希望」
「うわぁ、私たちはあなたみたいな人材を求めていました! ねえ、ルシルさん、びっくりです。こんな、ぴったりな人がいるなんて!」
キーアが身を乗り出す。
何からなにまでキーアの望み通りの人材が目の前にいる。
彼女は口には出さなかったが、三人目は女性がいいと思っている。キーアは昔から冒険者に言い寄られることが多く、若干男嫌いの傾向があるせいだ。
ダンジョンなんて閉鎖空間で、男と一緒に冒険なんて年頃の少女にとってはきついだろう。
女性の冒険者というのは極めて少ない。そんな希少な人材が目の前にいる。
あまりにも都合のいい人材。
……高確率で裏にあいつらが絡んでいるな。
飛びつきたくなるところだが、俺には俺のルールがある。
「どういうつもりだ。俺はただの人として、この世界を楽しむと決めた……人ならざる力は使わない」
魔王の力、そしてそれに連なる眷属の力は使わない。
それを使うとなんでも出来てしまう。
人として、我が子らと同じ目線で、我が子が作った世界を楽しむという俺の望みが果たせない。
「その点では問題ない。私の体は、ルシル様と同じく、ロロア様の力で作られたもの。そして、ロロア様はその体に人工知能を宿した。偽りの体とからっぽの魂。眷属の力で作り上げられたものではある。でも、眷属の力はない。ルシル様の望みを邪魔しない」
言われてみれば、力を感じない。
俺と同じく、人だ。超越した存在ではない。
……であれば、構わないのか。
「えっと、お話が難しくてわからないのですが、ルシルさんのお知り合いですか?」
「その、少し説明が難しくてな」
「私はルシル様の娘」
キーアがすごい勢いでこちらを見た。
「……冷静に考えろ。俺の年でこんな大きな娘がいるわけないだろう。なんというか、前に会社をやっていたと言っただろう。そこでの部下の、その部下ってところだ。直接の面識はない」
「でっ、ですよね。びっくりしました」
いったい、なんのつもりでこんな冗談を言ったのか。
「一応、聞こう。何が狙いだ」
「私はロロア様が恋がれたルシル様に興味がある。誰より近くでルシル様をみたい。そして、私にはルシル様が望んでいる能力がある。だからここにきた」
俺は魔王だ。
人の上に立ってきた。
だからこそ、嘘を見抜く力には自身がある。アロロアの言葉に嘘はない。
「俺は反対しない。あとは、キーアの判断に任せる」
「いいんですか!?」
「ああ、決めてくれ」
「えっと、それじゃ接客と冒険者、それぞれに試験をして合格すればって感じで!」
こうして、アロロアの入団試験を実施することが決まった。
この子はいったい何を考えているのか?
そして、力があるのか?
これから確認させてもらおう。
能力さえあれば、受け入れてもいい。なにせ、魔王軍の連中には好きに生きろと言った。アロロアの俺を知りたいという言葉に嘘がない以上、俺が拒絶する理由はないのだ。