幕間:魔王軍の暗躍3
~ライナとロロアの帰路~
キツネ耳美少女ライナの尻尾が上機嫌にもふもふと揺れていた。
「おとーさんとたくさんおしゃべりできて幸せなの」
「んっ、良かった」
大好きな人と、美味しい食事。
ライナもそうだが、ロロアも満ち足りていた。
そして、申し訳なくなった。自分たちだけがルシルと楽しんでしまったことに。
二人は別の眷属も連れていこうと決意する。
「でも、ライナは口が軽すぎる。言っちゃ駄目なことを言い過ぎ。新生魔王軍のことは秘密だし、三人目を送り込む話しも駄目」
「ごめんなさい……残念だったの。おとーさんと一緒にダンジョン探索したかったの」
「私の力が足りなくてごめんなさい。あの体にライナを移すのは危険」
もともと、ルシルのダンジョン探索をサポートするため、ルシルとキーアのパーティに三人目として変装したライナを送り出す予定だった。
ライナに宿る眷属の血を感じられないように、ロロアが新しい肉体を作り、そこにライナの魂を宿す計画。
しかし、それはできなくなった。
世界樹の葉と、魔王城の宝物庫の材料を使い新しい肉体を作った。極めて高スペックのボディ。
それだけの高スペックでも、ライナの魂を受け入れ切れないという試算結果がでてしまったのだ。
無理をして移すだけならできるが、魂が溢れでてライナの存在が壊れるリスクがある。
ライナは妖狐から進化した天狐という、不老にして重ねた年月が強さになる種族。
ライナは他の眷属たちと違って、不老のリンゴで時を止めずに千年という年月を経た。そのことで、成長し続けた魂は規格外過ぎたのだ。
他の眷属であれば受け入れられるほどの器でも手に余ってしまった。
「謝らないでいいの。ロロアちゃんがすっごくがんばってなんとかしてくれようとしてくれたことはわかってるの。それに、今日、誘ってくれたのは、罪滅ぼしのつもりなのもわかってるの」
「……別にそういうわけじゃない」
ぷいっとロロアが顔を逸らす。
彼女は素直じゃない。
こういう事情がなければ、リスクがあるルシルとの接触に踏み切らなかっただろう。
「どうするの。他の眷属に頼むの?」
「ううん、頼まない」
「じゃあ、おとーさんにたった二人でダンジョン探索をさせるの?」
「それもない。……完成した肉体には、眷属以外で一番信用できる子に入ってもらう」
ロロアがにやりと笑う。
彼女がその方法に気付いたのは実は今日の朝だった。
「もったいぶらないで教えてほしいの」
「んっ、ライナもよく知っている子。出てきて、アロロア」
ロロアの持っているロロアフォンⅦから、立体映像が映し出される。
銀髪の美少女。
十六歳のロロアがさらに成長して、十八歳になり、胸も大きくなった姿。
アロロア。ロロアによって作られた人工知能。
「アロロア、うまくできそう?」
『お任せください。私は何年もこの街を見続けております。魔王ルシル様とキーア様に取り入ることは可能です。また、直接視察をしたことで、成功率はほぼ100%になりました』
「まさか、アロロアちゃんを新しい肉体に宿すの!?」
「んっ。普通の体なら魂がないと、ろくに魔力がつかえない。でも、あの体はそれ自体が魔力を生み出す神具のようなもの。魂がなくとも頭脳があればいい。その点、アロロアは完璧」
アロロアは世界中に張り巡らされたネットワークとつながっており、無数の目と無数の耳で学習し続けている。
加えて、人工生命ゆえの超思考力がある。
経験と知識と知能、その三点で言えば眷属すら上回る。
「ロロアちゃん、かしこいの。アロロアちゃん、おとーさんをよろしくなの」
『お任せください。私はそのために作られた存在です』
アロロアの立体映像が礼をする。
「……それから、アロロアを使うメリットは他にもある。肉体に宿すのは、アロロアの分身。本体は私の工房にいる。だから、特殊な装置を使って、アロロアの体を、工房から操作できる」
「どういうことなの?」
「アロロアと入れ替われるってこと」
もちろん、魂を移すわけじゃない。あくまで感覚をリンクさせて、アロロアの体を操作するだけ。
それだけでも二人にとっては胸が躍る。
「ロロアちゃんは天才なの!」
「んっ、当然。もう、準備は整っている。帰ったら、アロロアを肉体に移す」
ライナとロロアが笑い合う。
これで、一番の懸念が消えた。
「あと、もう一つ気になったことがあるの。ロロアちゃん、ロロアフォンⅦをあの子にあげてよかったの? 今まで、魔王軍の子以外にぜったいあげなかったのに」
ロロアフォンⅦはとても危険な発明品だ。あまりにも便利すぎて、悪用の方法などいくらでもある。
何より、超魔法科学の結晶であり、一つひとつがオーダーメイド、ロロアでもかなり作るのに手間と時間がかかってしまう。
「んっ、いい。あれがあれば魔王様の足を引っ張りにくくなる。それに……」
「それに?」
「なんとなく、あの子は十三人目になる気がする」
魔王の権能で生み出させる眷属の数は十三人。
そして、魔王ルシルはすでに十二人の眷属を生み出していた。
残りの椅子は一つ、そこにキーアが座るとロロアは予測した。
「そうなったらすごいの、ライナに妹ができるの」
「あくまで勘……んっ、警報が鳴った。あいつらが来たみたい」
ロロアフォンⅦのランプが赤く光り警戒音がなる。
これは島の外から侵入者が現れたときだけの特別なパターン。
「やー、けっこう近いの。ここから百キロぐらい」
ロロアフォンⅦにはすでに敵の情報が事細かく送信されている。
どうやら、敵は船でやってきたらしい。
「今回は、人工英雄が百人」
天使たちは神の意思、つまりは魔族の排除をまだ諦めていない。
だからこそ、試練の塔なんてものをこの島に打ち込んだ。
そのほかにも、こうして人工英雄による征伐を仕掛けてくることが多い。
人工英雄を簡単に言うと、とても強い人間だ。
試練の塔で、この島の冒険者がやっているように魔物と戦い報酬を得て強くなった連中。
この島の冒険者と違うのは、手っ取り早く強くするために、天使たちが確実に勝てる魔物をあてがい、勝てればそれより若干強い魔物と、段階的に試練を与えること。
安全に、簡単に強くなれてしまう。
だからこそ、魔王軍はそうやって作られた超人たちを、人工英雄と呼んでいる。
天使のお人形。
強いことは強いが、勝てる相手としか戦ってこなかったため、判断力も対応力もない木偶の坊だ。
「相変わらず、学習能力がない奴らなの」
「んっ、いまだに魔術でこっちが探知していると思ってる」
リアルタイムで、船で島に近づく人工英雄たちの様子が流されている。
彼らは、探知魔術を無効化する結界を張っていた。
それはとてつもなく高度かつ、人工英雄の力を総動員しているのかとんでもない出力。
しかし、徒労に過ぎない。探査魔術なんて使っていないのだから。
天使たちの脳みそは、千年前で止まっている。
宇宙から地上を捉える科学の目なんてものは想像すらしていない。
だからこそ、こうやって間抜けにも夜闇に乗じて船で忍び込むなんて手を選ぶ。
すべてを見られているにもかかわらず。
「じゃあ、行ってくるの」
ライナは端末で『ライナにお任せなの!』とメッセージを送るとジャンプをする。
二十メートル近くの大ジャンプ。
そして、両手を後ろに伸ばし、手から爆炎が吹き出て、ロケットのように飛んでいく。
普通の魔術師がこんな真似をすれば一秒で魔力欠乏症になって失神するほどのふざけた力の使い方。
だが、千年のときを経た天狐たる彼女にはこれぐらい容易い。
「今日はご機嫌なの。だから、ぶちかましてさっさと終わらせるの」
ナビに従って、加速する。軽く音速を超えて、さらにライナは加速していく。
◇
わずかな時間で船の上空にたどりついたライナは、地上を見下ろしてから、天へと手を伸ばす。
すると、本人の何十倍もの強大な朱金の炎球が生み出される。
それはまるで、太陽のようだった。
夜の海が、真昼のように照らされる。
ライナの存在に気付いた人工英雄たちが、呆然とした顔で見上げる。
おかしい、気付かれるなんてありえない、そう顔に書いてあった。
「悪い子は、めっなの」
ライナが手を振り下ろす。
ライナの作り出した朱金の太陽が船に向かって落ちていく。
それは船にいるものからすれば、絶望だ。
超熱量、あんなもの、いくら英雄の力を手に入れた自分たちでも防げるはずがない。
そして回避も不可能。
ここは船の上で逃げ場がない。船から飛び降りても泳ぎの速度では、あんな巨大な太陽から逃げられない。
誰かが絶叫する。それが伝播し、パニックに陥り、誰もが適切な行動を取れない。
これが人工英雄、ただの口をあけていれば餌をもらえて強くなった者たちの脆さ。
朱金の太陽が船に直撃。
乗員ごと船を、この世から消滅させ、そのまま海面とぶつかり、一気に水が蒸発し、水蒸気爆発が起こる。
水深二百メートル以上あるにもかかわらず海底が晒される。
これが、天狐たるライナの神炎。
「お仕事、終わりなの!」
上陸して魔族達を虐殺するはずだった神の戦士たちは、島の百キロ以上手前で何もできないまま船の上で死ぬ。
魔王軍がいる限り、この島が落ちることはない。
しかし、こんな任務が続いてしまったことでライナは油断をしていたのだ。
だからこそ気付かなかった。
ライナの神炎でも、超規模の水蒸気爆発でも壊れないほどの何かが海底に沈み、そして、そのまま海底を這うようにして、魔族の島を目指していることに。