第十一話:魔王様と再会
きつね亭のメニューのうち、赤字だったものをいくつか値上げして、数日経っている。
それでも客足は鈍ることはなかった。
常連の何人かは文句を言ったが、キーアが事情を話すと納得してくれている。
「あの、本当に手伝ってもらっていいんですか?」
「ああ、暇だしな。こういうのもやってみたかった」
ちなみに俺はウエイターをしていた。
理由は簡単、きつね亭の営業日でダンジョンにもぐれないし、面白そうだと思ったから。
やってみると意外と楽しい。キーアのように両手、頭、尻尾を使ったトレイの四つ運びはできないが、両手と頭では運べるようになった。
「本当にウエイター、初めてですか?」
「ああ、そうだが」
「信じられないぐらい要領がいいです」
俺は元魔王、こんな仕事をしたことはない。
ただ、なんとなく体が自然と動く。
不思議だ。
戦闘中でも、ダンジョン探索でも、今ここでも、体が知っている。
そういう感覚があるのだ。その感覚がどんどん強くなっていく気がした。
どんどん知らない自分を思い出しているような気さえする。
それがあり、俺は立派な戦力となっていた。
……キーア目当ての男どもは俺に給仕されると嫌な顔をしているが。
「気付いてます? ルシルさん目当ての女性客が最近増えているんですよ。イケメンがいるって噂になっています」
「ほう、俺はイケメンなのか」
「はいっ、間違いなくイケメンですよ!」
冗談で言ったのに、真顔で応えられて逆に照れる。
次々に客を捌いていく。
そして、いよいよ閉店時間が近くなってきた。
……途中何度か、マサさんの息子ににらまれた。どうやら、キーア目当ては客だけじゃないらしい。
そうこうしているうちに閉店時間が近づいてきた。
「そろそろ暖簾を下ろしてください。今いるお客さんが帰ったら店じまいにしましょう」
「任せてくれ」
「ありがとうございます。ルシルさんのおかげで楽だったし、お客様を待たせることが少なくて回転率があがりました」
「力になれたなら何よりだ」
「……人、雇いたくなってきましたね。値上げのおかげでここ数日、しっかりと利益がでましたし。これなら接客要員を一人ぐらい入れても大丈夫な感じです」
キーアがぶつぶつと言っている。
人を雇うのは俺も賛成だ。いくらなんでもキーアは無茶をしすぎだ。
ダンジョンに潜らない日ぐらい、少しは体を休ませないと。
外に出て、暖簾を下ろそうとしたとき、一際目を引く来客が現れた。
……知り合いだ。
キーアに目線を送る。閉店だと言ってしまうか、店に入れるか。
キーアの指示はこの客は入れてから閉店しろというもの。
「いらっしゃいませ」
「うわぁ、本当におとーさんが働いてるの! とっても制服が似合ってかっこいいの」
「んっ、魔王様のウエイター服姿、素敵。じゅるり」
活発なキツネ耳美少女とクールな銀髪ドワーフ美少女の組み合わせ。
彼女たちのことはよく知っている。
天狐のライナとエルダー・ドワーフのロロア。
なにせ、俺の眷属たちなのだから。
とんでもない美少女二人の登場に客たちが一斉に注目する。
二人は俺がいない千年で、本当に綺麗になった。
「こちらにどうぞ」
席へ案内する。
それだけで、二人がはしゃぐ。
「ご注文が決まりましたら、お呼びください」
メニューを渡して礼をして席を外し、店の外に出て暖簾を外して戻ってくる。そんな俺を二人がずっと見ていた。
少し、気になる。
「おとーさん、注文をお願いするの!」
完全に俺を名指しで呼ばれたので、キーアじゃなく俺が行く。
「ご注文をどうぞ」
「んっ、季節の果実酒。それから特製バラ煮込み」
「ライナも同じものを頼むの。それと骨付き肉のグリルとローストポークのサンドイッチも。あっ、モツ煮込みもいただくの!」
ロロアの注文が、俺がここで頼んだものと同じなのは偶然だろうか?
そもそも……。
「何をしにここへ来た?」
「ごはんを食べになの」
「ここは食べ物を出すお店。私たちの目的はそれしかない」
「……俺に会いに来たわけじゃないよな」
「んっ、偶然。魔王様がここにいることは知らなかった。このお店はロロアフォンⅦで☆5のお店で前から気になってた。近くで仕事があったから寄ることにした」
「そうなの、偶然なの!」
言われてみればそうか。
ロロアフォンⅦは魔王軍の制式装備で、みんな持っている。
なら、高評価であるこの店を魔王軍が使うのは当然だ。
そもそも、この評価をしたのはロロアフォンⅦユーザーだし、もとから魔王軍行きつけの店なのだろう。
「そうか、なら楽しんでいけ」
「いっちゃやなの。もっとおしゃべりしたいの」
「魔王様は仕事中。邪魔したら駄目」
「むー、ロロアちゃんもおとーさんもケチなの」
俺の背を恨めしそうにライナが見ている。
にしても、あいつら元気そうだな。
魔王軍解散なんて命じたから、落ち込んでいないか心配していたが、杞憂だったようだ。
他の仕事をしているうちに二人の注文した料理ができる。
その頃には先に入っていた客はみんな帰っていた。
「あのすごい美少女たち、ルシルさんのお知り合いなんですよね。他のお客さんもいませんし、お仕事はあがりでいいです。一緒にいてあげてください。……それと、『おとーさん』って、どういう関係か、あとで教えてください」
にこにこと笑っているが、少し怖い。
いったい、どうしたと言うのだろう。
「『魔王様』は気にならないのか」
「ルシルって名前だったら、そういうあだ名をつけられちゃいますよね」
「まあ、そうだな……悪い、甘える」
普通はそう考えるか。これなら、俺が魔王ルシルだとばれることはなさそうだ。
料理を運ぶ。
すべての料理がいつもの五割増しで、取り皿は多く、ジョッキも三つある。
サービスというより、彼女たちと一緒に食事をしろということか。
その好意に甘えよう。
自立を促すために、突き放したが眷属たちのことを今でも愛している。それに、これだけ見事に自立して元気にやっているのなら、今更突き放す必要もないだろう。
「お客様、ご注文の品です」
今日最後の給仕を終える。
そして……。
「これで今日の俺の仕事は終わりだ。ここからは店員じゃない……久しぶりだな、ライナ、ロロア」
俺も席についた。
「やー♪」
「んっ、魔王様、元気そうで何より」
「ああ、乾杯だ」
「「「乾杯」」」
三人でジョッキをぶつけ合う。
「魔王軍が解散してからどうしていたんだ?」
「えっと、新生まお」
そこまでライナが言いかけたところでロロアが口を塞ぐ。
「私たちは会社を経営してる」
「会社だと?」
「んっ、ルシル商会」
「……その名前、どうにかならなかったのか」
「魔王様の名前を世界に定着させるために作った会社の一つ。私たちは今、そこの役員」
そう言いつつ、ロロアが名刺を渡してくる。
ルシル商会専務ロロア・グラズヘイムと書かれている。
「あっ、ライナも名刺を出すの」
ライナのほうはルシル商会特別顧問ライナ・グラズヘイムとあった。
「ちなみに、商会長は誰で、どんな仕事をしているんだ」
「やー、商会長代理はドルクスなの」
「仕事の内容は商会だから商い。この島全体に流通網を持つ、この島最大の商会。ギルドなんかもルシル商会が主幹事」
ギルドもこいつらのものか。
黒死竜のドルクス。魔王軍時代は俺の右腕だった男。
やつなら大商会を立ち上げていてもおかしくない。
目的は金を儲けることじゃなく、世界中に張り巡らせた流通網から、情報を吸い上げることだろう。
また、この島最大の商会なら、ありとあらゆる干渉が可能。
金と情報というのは、ある意味最強の力だ。
そしてギルドなんてものを作ったのは人々が自主的にダンジョンに向かうようにして、魔物が溢れ出すのを防ぐためと推測できる。
ギルドという、効率的な換金システムなしに冒険者稼業は成立しない。
世界中に張り巡らせた流通網があるからこそ、ダンジョンの品をきっちり売りさばける。もし、この街だけで商売をしていれば、あっという間にダンジョンで手に入るものの需要が飽和してしまう。
きっちり適正価格で買い取ってくれるギルドがあるから、人々は一攫千金を夢見て、ダンジョンに挑めるのだ。
「おまえたちは俺が思っていた以上にたくましいな」
「むう、千年もあればいっぱい成長するの」
「魔王様をずっと待っている間、今度は一緒に連れて行ってもらえるよう、力を磨き続けた。私たち全員がそう。だから、千年経っても眷属が一人も欠けなかった」
「そうだな、俺にはもったいない子たちばかりだ」
「そんなことないの!」
「んっ、魔王様が最高の人だから、みんな好きでいられる」
強く思う。俺は恵まれた魔王だ。
「げぷっ、お料理美味しいの。でも、それより、おとーさんと一緒にいられるのが最高なの。おとーさん、また来ていい?」
「好きにすればいい。俺はそう命じた」
「やー、そうするの! ずっと一緒にいられるのはダメになったけっ、うっ、むぐ」
何かを言いかけたライナの口をロロアが塞ぐ。
これ、さっきも似たような光景を見たな。
「今、こいつは何を言いかけた?」
「んっ、なんでもない」
絶対に何かある。
だが、話すつもりはないというのも伝わってくる。
放っておこう。
そうして、俺たちは食事を楽しんだ。
そんな中、俺がいない間のことを聞く。
二人とも夢中になって話すが、千年分あり、いくら話しても話題は尽きない。
それでも、店の閉店時間は過ぎた。さすがに、俺の都合でこれ以上店を開けさせるわけにはいかない。
名残惜しいが、今日はこれでお開きだ。
「美味しかったの、また来るの!」
「んっ、私もまたくる。今度はまた別のメニューを頼む」
「ああ、そうしてくれ。しばらくはここにいるから」
あいつらと話せて良かった。
この偶然に感謝しよう。
◇
閉店作業を行う。
「悪かったな、すっかり遅くなって」
「気にしないでください。あの、良かったら、あの子たちのことを聞いていいですか? その、ルシルさんと、どういう関係か、気になって」
なぜか、もじもじとした様子でキーアが問いかけてくる。
「ああ、あの子たちは俺の元部下だ」
「娘さんじゃないんですか?」
「……あの子たちは孤児で養子にしたんだ。成長すると仕事を手伝ってくれるようになってね。今では立派に独り立ちをしてくれた。ほら、こんな名刺なんて渡すぐらいに」
嘘はいっていない。
妖狐とドワーフ、この二つの種族は強力であるがゆえに真っ先に狙われた。天使たちの襲撃で、二人はそれぞれ孤児になってしまったのだ。
そして、俺はそんな彼女たちを娘にした。
当時、俺はそういう子たちを俺の子として孤児院で育てていた。
眷属にするつもりどころか、部下にする気すらなかった。
だが、あの子たちは自分の意思で戦うと決めて、とびっきり優秀だったこともあり部下になった。
その後、とある事件の最中、俺の血を得て眷属になることを選んだ。
俺にとって、眷属の中でも特別な子たちだ。
「立派なんですね。って、ルシル商会!? しかも、ものすっごく偉い人たちじゃないですか!? はわわ、なんでそんな人たちがうちの店に!? というか、あの二人が部下だってことは、もしかしてルシルさんって、ルシル商会の会長なんじゃ」
「いや、そうじゃないな。ルシル商会は仕事の一つで、俺はそういうのをぜんぶひっくるめて、トップに立っていた」
この状況で下手にごまかせはしないので、言っていいことだけを言ってしまう。
「……あの、どうして、そんな人がこんなことしているんですか」
その目には尊敬と、若干の怯えがあった。
「なんというか、普通になりたかったんだ。それにもう過去の話だ。俺はただのルシルだから、そのつもりで接してくれ」
「あっ、はい! その、がんばります」
その声には動揺が隠しきれていない。
だが、いつかは慣れるだろう。
「それから、ロロアからキーアに。俺が世話になっている礼だって」
「これは、あっ、あのルシルさんがいつも使っているすごい便利な奴ですよね!」
ロロアがキーアにと用意したのはロロアフォンⅦだった。
これからダンジョン探索をするのであれば、キーアもそれを持っているほうがいいだろう。
「こんなすごいのをもらって良かったんですか?」
「本当はまだ表に出してない新商品で、身内にしか使わせないんだが、特別だそうだ」
「私、大事にしますね。あの、あとで使い方を教えてください」
「任せておけ」
普段はしっかりもので大人びたところがあるキーアが子供みたいにはしゃいでいる。
たぶん、今日は夜ふかしになるだろう。
だが、それも悪くない。
徹底的に付き合うとしようか。