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第十話:魔王様と守るべきもの

 今日もダンジョンで狩りをしていた。

 キーアの店であるきつね亭の営業日は木曜から日曜までの週四日だけであり、月から水はダンジョンに潜って狩りをするらしい。

 そして、今日は水曜日でダンジョンに潜る最終日だ。


「そろそろ戻りましょう!」

「そうだな。鞄もぱんぱんだ」


 俺の鞄もキーアの鞄も肉やら皮やら角やらでいっぱいになっていた。

 今までの俺たちなら一日中狩りをしても二人分のリュックがいっぱいになることなんてなかったのだが俺が成長したことにより、そういう真似ができた。


「やっぱり二人だといいですね。無茶できます」

「無茶なんてしているように見えなかったが?」

「いろいろとしてますよ。たとえば、一人のときは魔物が二体同時に現れたら戦わずに逃げちゃいます。でも、ルシルさんと一緒なら、余裕で狩りに行けました!」


 言われてみればそうだ。複数の魔物に挑むのは自殺行為。


「実際、一人で狩りをしている連中はほとんど見ないしな」

「だいたい、三人か四人で狩りをしますね。そのあたりが一番、安全かつフットワークが軽いです。人を増やし過ぎると分前も減りますし」

「なるほど、三人か四人がベストなら、あと一人メンバーがほしいところだ。深い階層に潜るなら特にな」


 二人より、三人のほうが色々とできるし、単純に戦闘力が五割増し。

 それに深い階層へ行くのなら分前が減ることが気にならなくなる。

 こうして浅い階層で日帰りでも荷物がぱんぱんに膨れ上がっている。

 より深いところで野営しながら数日がかりともなれば、戦果は多くなり、二人では持ち帰れない量になる。多く戦果を持ち帰られることを考えればプラスだ。


「そっちのほうがいいですね。……ただ、けっこう難しいんですよ」


 キーアが困り顔をしている。


「なぜだ?」

「強くてダンジョン慣れしている人は引く手数多なので、フリーではなかなか居ないんです。深いところに潜るのであれば、優秀な人じゃないと駄目ですし」


 それはそうだ。

 だが、だからこそ疑問に思えたことがある。


「じゃあ、なんでキーアは一人だったんだ? この三日、狩りをしながら、いろんな冒険者たちも見ていたが、一人としてキーア以上の動きをしているものがいなかった。誘われたことは一度や、二度じゃないだろう?」


 キーアの身体能力は飛び抜けているし、格闘センスもある。

 魔力による身体能力強化効率の高水準。

 耳と鼻が優れ、気配感知にも長けていた。

 もし、魔王軍を解散していなければ、スカウトしたいぐらいだ。

 そういうスペック以外にも十年以上前から潜っていることもあり、知識や経験もある。

 どこからどうみても掘り出し物で、ダンジョン探索をしている誰もが仲間に引き入れたいと思っているはずだ。


「お誘いはありますが、お店があって週に三日しかダンジョンにもぐれないと言うと、厳しくて。……それでも良いっていう人もいますけど、そういう人って、その、割と下心が見えてる系の方が多くて」

「そういうことか」


 キーアと釣り合うような実力者はばりばりと狩りをする一線級。

 だからこそ、キーアとはスケジュールが合わない。

 実力者でなおかつ、キーアのわがままを容認するものは別に下心がある。

 そもそもダンジョンという閉鎖空間で、自分以外は顔見知りで人間関係が出来上がっているところに女の子一人が飛び込むのは怖いだろう。


「俺は怖くないのか、俺も男でこうして二人きりだ」

「だって、ルシルさんはぜんぜん私をエッチな目で見ないじゃないですか。それと、不思議と安心できるんですよね。お父さんと雰囲気が似ているんです」

「それは良かった。キーアって店で接客しているときも輝いているが、こうして狩りをしているときも楽しそうだよな。店のために仕方なくって感じがまったくしない」


 そういうのは見ていればわかる。

 俺が楽しんでいるように、彼女もまた楽しんでいた。

 キーアが苦笑して、空を見上げる。


「私、昔は冒険者になることが夢だったんですよね。お父さんは元冒険者で、たくさん冒険者のお話してくれて、わくわくして、いつか私も大冒険をするんだって。だから、ちっちゃい頃から無理言ってダンジョンについて行ったり。……私はお料理のお手伝いより、ダンジョンで狩りの手伝いをするほうが好きな女の子だったんですよ。あっ、でもお店も好きですからね!」


 義務感もあるだろうが、好きだからこそ六才から十年もダンジョンに潜り続けてきたというわけか。


「たとえば、店を任せられる奴がいたら、思う存分冒険するのか」

「そうかもしれません。でも、あのお店を任せられる人なんて一人しか知りません」

「誰なんだ?」

「お母さんです。お母さんは私以上に接客の鬼ですよ」


 脳裏に、頭と両手、尻尾でトレーを運ぶキーアの姿が浮かぶ。

 あれ以上とは、いったいどんな凄腕だ。

 少し、気になるじゃないか。


「とりあえず、追加メンバーはどうするかは置いといて、俺と一緒に深く潜るか考えておいてくれ」

「はい、でも、今言ったように、私がダンジョンに潜れるの、月から水の三日だけですよ?」

「なに、問題ないさ」


 まだ口にしていないが、俺には一つの野望ができた。

 まずはキーアの母を治す薬を手に入れる。

 そして、キーアの母が元気になったら、そのときはキーアとより深い階層を目指そうと誘おう。

 冒険者になることが夢だとキーアは言った。なら、キーアの母が元気になって店を守ってくれるのなら、キーアは自由になれるはずだ。


 ◇


 それからダンジョンを出て、食料の類いは持ち帰り、皮や角など、食べれないものは換金する。

 ダンジョンで得られた戦利品は、他の街でも需要があるらしく、街の内外に売られるらしい。

 そのため、いくつかの商会が出資したギルドと呼ばれる機関で買取をしてもらえる。ギルドは買い取ったものを全国に流通させる。

 こういう仕組みがあるから適性な価格で買い取ってもらえて、非常に助かるのだ。


「……すごい収穫です。いつもの倍以上儲かっちゃいました」

「二人で狩りをしたんだから、当然だろう」

「いえ、普通は成果が二倍以上なんてありえないです。じゃあ、精算しますね……まず最初に換金して手に入れたお金を半分にして、それからお肉を全部ギルドで売ったときの値段を計算して、それの半分を私の取り分からルシルさんに移して」


 なにやら、難しい計算をしている。

 店を経営しているだけあって、計算には強いようだ。


「はい、これがこの三日のルシルさんの取り分です」

「ありがたくいただこう」


 今回は遠慮しない。

 これは正当な取り分だ。

 俺はそれに見合う働きをしたという自負がある。

 俺の取り分は二十万バルほど。

 三日の稼ぎとしてはかなりいい。初日に想定したよりずっと稼げている。

 これだけあれば、街で色々な遊びができるだろう。


「ルシルさんって、ほんとすごいですよね。どんどん、体力がついて、動きが俊敏になって、魔術の腕だって上達してました。最初のほう、ルシルさんに合わせてゆっくり走ってましたが、三日目なんて、一切遠慮する必要がありませんでしたし」

「この三日で鍛えられたからな」

「あの、たしかにそうですけど、いくらなんでもここまでなんて」


 キーアが首をかしげている。

 鍛えたら強くなるのは当たり前だろうに。

 ダンジョン探索はいい。

 体と魔力を鍛えるにしても意味もなくランニングをしたり魔術を使っても楽しくないのだ。

 その点、ダンジョン探索なら楽しみながら体を鍛えられるし、実戦で攻撃魔術を使える。

 今の俺は背中に三十キロに荷物を運んで、時速二十キロで数時間走れるし、攻撃魔術を五発ぐらいなら休み無く撃てるほどに成長していた。


「それはともかく、帰りましょう。今日はご馳走をつくりますよ。お買い物してこないと」


 トラの尻尾が揺れている。

 俺は苦笑して、彼女のあとを追いかけた。


 ◇


 キーアの家につくと、食材を収納する。

 驚いたのは肉を常温で棚に並べてあること。

 なんでも、ダンジョン産の肉はけっして腐らないらしい。それも他の街で人気があり、高く売れる理由だとか。

 みずみずしくジューシーな保存食なら人気が出るのも納得できる。

 さすがは、神の力で作られただけはある。


「ふんふんふん、今日はお魚ですよー」


 キーアがエプロンを身につけて、キッチンに立っている姿はこうぐっと来るものがあった。

 ちなみにご馳走と言って魚が出るのは、肉は狩りでとれてキーアにとってはタダ。だけど魚はダンジョンではとれず買わないといけないから滅多に食べられないからだ。


「相変わらず、いい腕をしている」


 ここ数日、キーアの作ったものばかり食べているが、とても美味しくて毎日の食事が楽しみで仕方なかった。


「料理もお父さんに叩き込まれました。最近、お店では接客しかしていないですが、実は私が作ったほうが美味しいんですよ」

「ほう、日頃、店の料理は誰が作っているんだ?」

「お父さんのお弟子さんで、マサさんっていう人と、その息子さんが。マサさんは私のことを娘みたいに可愛がってくれているんですよ。今度紹介しますね」


 厨房二人、接客一人。

 あれだけ繁盛している店にしては少なすぎる。


「少な過ぎはしないかな?」

「それはいつも思ってます。でも、なんとかなってますから。人を増やしたいのはやまやまですが……人を使うってお金がかかるんですよ」


 昏い目をして、キーアが顔を背ける。

 そう、きつね亭の営業はかつかつだ。ほとんど利益がない。

 この街に来て四日目、物価やらなにやらがわかってきたからこそ気付いたことがある。

 いくらなんでもキツネ亭のメニューは安すぎる。こんな値段でやっていけるはずがない。おそらく、生活費や入院費はダンジョンで稼いだ金を使っている。


「今のきつね亭なら、人を雇う余裕なんてないだろうな。値段が安すぎる。値上げするべきだ」

「それは重々承知しています。でも、それがきつね亭ですから」

「安くてうまい飯をだすのが父親の意思だからって、限度がある。よく、あんな値段で父親の代はうまくやれてたな」


 さすがに先代からずっと利益ゼロで店をするボランティアってわけじゃないだろう。何か、今との違いがあるはずだ。


「まあ、お父さんのときはお母さんっていう人件費ゼロの接客の鬼がいましたし、小麦とかお酒とか砂糖が今よりかなり安かったので」

「……まさか、その接客の鬼がいなくなって、小麦と酒と砂糖が値上がりしたのに、以前の値段を続けているのか」

「もちろんですよ。あっ、お魚焼けましたよ。煮付けのほうもばっちりです」


 キーアが、食事を運んでくる。


「「いただきます」」


 やっぱり、キーアの飯はうまい。

 天使や魔王時代に贅沢はしてきたが、そういう贅沢とはまた違った美味しさがある。

 ほっとする味だ。


「どうですか?」

「うまいよ。いい嫁になりそうだ」

「その予定はないですけどね」


 この飯を食うために、俺は頑張っているのかもしれない。

 って、ほっこりしている場合じゃない。

 キーアに言わないといけないことがある。


「さっきの話に戻すけど、キーアの父親も物価が上がればそれを値段に反映させたんじゃないか?」

「そうかもしれませんけど」


 キーアは露骨にこれ以上、この話をしたくないという顔をしていたが、あえて踏み込む。


「一つ聞くが、キーアの父親がやっていた頃、売れば赤字だとか利益がまったくないメニューとかはあったか?」

「……ないです。少ないですけど、どのメニューも儲かるようになってました」

「じゃあ、今はどうだ?」

「あの、その、材料費だけでいっぱいいっぱいなのがいくつか。ごめんなさい、嘘つきました、材料費だけでアウトなのもあります」


 ということはいっぱいいっぱいと言っているメニューも人件費や光熱費を考えれば赤字か。

 そんなことをしていれば、利益を食いつぶされるのも当然だ。


「いいか、キーアの父親はたしかに安くて美味しいものを食べてもらいたいと思っていた。だがな、ちゃんと商売として儲けを出す値付けをしていたんだろう? ボランティアで店を開いていたわけじゃない」


 そう、あくまで彼がやっているのは商売なのだ。

 キーアの表情が硬くなる。


「キーアは父の店を守ろうとしている気持ちは尊いと思うし、尊重する。だけど、勘違いしては駄目だ。守らないといけないのは、値段じゃない。キーアの父の意思だ。今のキーアはキーアの父の意思を捻じ曲げている」


 こんなことを言うのは無神経だとわかっている。

 キーアの心に土足で踏み込んでいるようなもの。

 それでも、キーアのために言うべきだと判断した。


「そんなこと言わないでください。だって、そんなふうに言われたら、値段を上げないほうが、きつね亭じゃなくなるみたいです。私が今まで、がんばって、耐えてきたのが、無意味みたいじゃないですか」

「そのとおりだ。キーアの父でも、材料と人件費があがったら値上げをしたはずだ。俺の言葉が正しいか、キーアの知っている父がどんな男かを思い出して考えろ。俺よりもずっとキーアのほうがよく知っているだろう」


 キーアはぎゅっと手に持ったフォークを握り。

 それから、しばらくして声を絞り出す。


「……お父さんが生きてたころ、野菜の不作で値上げをしたことがありました……お砂糖や小麦が高くなったら、同じ様に値上げしたと思います」


 何かをぐっとこらえるように、キーアはそこで言葉を止めた。

 それから、ゆっくりと口を開く。


「赤字になってるメニュー、少し高くします。お父さんのときと同じぐらいには儲かるように。でも、それ以上は値上げしませんから」

「それでいい。それがきつね亭なんだろう」


 俺がそう言うと、キーアが目を丸くし。

 それから……。


「はいっ!」


 元気よく頷いた。

 これで、少しは楽になればいいが。

 これだけ頑張っている子が報われないのは駄目だ。これで多少なりとも利益がでるだろう。そしたら、人を増やす余裕ができるかもしれない。


「ふふふっ、ルシルさんって、お父さんみたいです」

「それ、ダンジョンでも聞いたが俺はそんな歳じゃないからな」


 実年齢は軽く千を超えているが、いつだって若いつもりでいる。

 魔族には、わりとそういう数百年以上生きている連中がいるけど、不思議と容姿に精神年齢が引っ張られてしまう。

 そう、俺も自身の見た目である十代後半のつもりで振る舞っているのだ。


「いえ、老けてるってわけじゃなくて、頼れる感じがして、一緒にいて安心できるんです。……あの、私って割ともてるんですよ」

「そうだろうな」


 キーアが美少女なのは否定のしようがない。

 そして、これだけ器量が良ければモテて当然だ。


「だから、男の人にいつも言い寄られて、正直うんざりしていて。でも、ルシルさんはそういう、男の人のいやな感じが全然しません」


 ダンジョンでもそんなことを言っていたな。


「それは男として喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからないな」


 なにせ、男として見られていないと言われているのだから。


「喜んでください。それから、決めました。やっぱり、ダンジョンの深層を目指します。お母さんを治してあげたいし、それに、ルシルさんと一緒なら、大丈夫だって思えるんです。……私と一緒に挑んでください!」


 キーアが手を差し出してくる。

 俺はほほ笑んでその手を掴んだ。


「ああ、任せておけ」

「はいっ、がんばりましょう!」


 そうして、その日のご馳走は三日間の成果を祝うものから、俺たちのパーティ結成記念となった。

 パーティの最初の目標は、キーアの母親を治す薬を手に入れること。

 俺はまだ口に出す気はないが、キーアの母親が元気になれば、この店を任せられる。

 そうすれば、今まで以上にキーアは思いっきり狩りができる。毎日のようにダンジョンに潜れる。

 それはとても楽しそうだ。

 そのためにも頑張るとしよう。

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