幕間:暗躍する魔王軍2
~魔王城、ロロアの工房~
いつものようにロロアとライナは工房でモニターを見ていた。
彼女たちは、魔王軍の幹部でありとても忙しい。
そのため、それぞれの仕事を終えたあとに、こうして二人でだべりながらルシルの雄姿を見るのが日課になっていた。
映像は流れているが、ルシルの姿が映っていない。
それもそのはずだ。ダンジョン内にまではカメラを設置していない。
映っているのは、胸ポケットに入っているロロアフォンⅦのカメラが捉えたもの。
そのため、ルシルから見た風景は見えるが、彼が映ることは決してない。
「これは由々しき事態なの。おとーさん、ダンジョンの深いところへ行くって言ってるの」
お菓子を摘んでいたキツネ耳少女……ライナがつぶやく。
「んっ、ダンジョンの深い階層はとても危険。行くにしても、もっと強くなってからにしてほしかった」
ロロアの顔がしかめられる。
魔王軍はかつてとある目的から、ダンジョンに潜ったことがある。
そのときに、おおよそ階層ごとに出現する魔物の情報を得ているのだ。
それと今のルシルの実力を比較すると、冗談抜きで死んでもおかしくない。
そして、ダンジョン内は異空間、深い階層になればさすがのロロアフォンⅦも通信が届かない危険性がある。
「やー、三十層ぐらいになるとライナでもやばい連中がいるの。それはそれとして、ロロアちゃん教えてほしいの? いつのまにあんなアプリ仕込んだの? あれ、初めて見たし、ライナのには入ってないの。おとーさんがダンジョンに行くってわかってた?」
「わかっていたわけじゃない。でも、昨日ダンジョンに行くって言った。だから徹夜で作って、オンラインアップデートで実装。地図と魔物の情報があれば生存率が跳ね上がる」
「……すごいの。はんぱないの」
ダンジョンで遭難することは珍しくない、あのマッピングと現在地表示は極めて有効。
そして、魔物の情報があれば対策ができる。魔物との戦いで一番怖いのは初見殺しなのだ。
今でこそ、冒険者たちがこぞってダンジョンに潜っているため、魔物が溢れ出すことはないが、数百年前まではそういうことがよく起こっていた。
人々の手に余ると判断すれば魔王軍が駆除していたため、膨大な種類のデータベースが存在しており、それをもとにロロアはあの図鑑を作った。
そして、万が一新種が見つかれば、それを新たに記録するというシステムまで組み込まれている。あれをロロアは魔物図鑑と名付けた。
「せめてもの救いは、キーアっていう子がそれなりにやること。でも、せいぜい四階層レベル。あの子が言ってる薬……エーテルを落とす魔物がいるのは六階層。魔王様は今のペースで強くなれば問題ないけど、足を引っ張られると洒落にならない」
ダンジョンは階層を跨ぐごとに、難易度が上がる。特に五階層ごとに区切りがあり、それ以前と比べ難易度が跳ね上がる。
「んー、じゃあ、だれか一緒に行く? ライナとか、シエルなら変身できるから、他人の振りをできるの」
「魔王様はかつての力を失っているけど、魂で眷属に宿ってる魔王の血を感じられるかもしれない。ばれたらとても怒る……んっ、いいことを思いついた。魔王様と同じことをすればいい。肉体を生成して魂を移す。魔王の血が一滴もながれていない体になるから他人として近づける」
魔王軍の人脈を使えば、眷属以外の優秀な冒険者などいくらでも斡旋できる。
だが、何よりも大事なルシルを守る役割を果たすのだから、他人には任せたくない。
「じゃあ、それライナがやるの!」
「んっ、ライナなら安心。でも、いいの? 魔王様から頂いた血は私たちの誇りで、絆、それを失うことは辛い」
本当はロロアは自分で行きたいと考えていた。ルシルとの絆を失う役目を他のものにやらせるのは心苦しい。
しかし、ロロアは戦闘力という点では十二人の眷属中最弱。
それに加え、魔王軍においてロロアの頭脳は要であり、長期間の不在は許されないという事情があった。
「それでも、おとーさんを守るためならいいの。それに、お仕事が終われば元に戻るの。おとーさんのおかげで進化して、おとーさんのために千年鍛えた体、愛着がたくさんあるの」
「んっ、約束する。ちゃんと元に戻れるようにする」
「じゃあ、ドルクスに許可とってくるの。キツネまっしぐら!」
ライナが走る。
よほど、ルシルと一緒に入られるのがうれしいらしい。
部屋を出る時、誰かとぶつかる。
「ごめんなさいなの!」
「いえいえ、こちらこそ」
ぶつかった相手は、星の巫女たるエンシェント・エルフのマウラだ。
「マウラちゃん、ロロアちゃんに何かようなの?」
「あっ、そうでした。ロロアちゃんに聞きたいことがあって来ました。先日譲った世界樹の苗木、あれ何に使ったか教えてください。とても大事な研究に必要だってことでプレゼントしましたが、あれは新たな世界を作り出す系のものなので、星の巫女としては、ちゃんとその後のことを知っておかないとなと無責任かなと」
世界樹、それは生命の樹であり、一つの世界そのもの。
魔王城がある浮遊島の材料でもある。
浮遊島はマウラが育てた世界樹の苗木を、ロロアを中心にした研究開発チームが、魔術、科学、超自然、特殊能力、ありとあらゆる力を総動員して完成させたもの。
だからこそ、永遠に飛び続け、常に快適な環境を生み出し続けることができる。
「んっ、世界樹の苗木は、魔王様の新しい肉体の材料にした。それぐらい使わないと、元の魔王様の体より強い肉体は作れない」
「……それ、人の体をした世界そのものですよね。でも、世界で一番ステキな使い方です!」
世界樹の苗木一つ作るのに、五百年かかる。だからこそ、マウラと言えど、この浮遊島に使ったものと、ルシルの材料の二つしか作れていない。
そんな世界そのものを人の形にするなんていうのは、神の領域に土足で踏み込む行為だ。
「新しい、おとーさんの体すごいの。ライナの新しい体は、どんな材料で作るの!?」
「世界樹の苗木はもう手に入らない。だから、宝物庫からいろいろと使って強く仕上げる。さすがに今よりずっと弱くなるけど、十分強くはできる」
「楽しみなの! あと、ライナ、大きくなりたいの! みんなと違って不老のリンゴ食べてないの。だから、ふつうに千年歳とったのに、ぜんぜんおっきくなれない。不思議」
「考えとく」
そう言ったロロアは目をそらした。
ロロアの見た目は十六歳、そこで不老になるよう、マウラの育てた不老のリンゴを食べた。
彼女はとびっきりの美少女だし、その美しさは神秘的ですらある。
だが、強いて欠点をあげるなら、胸が小さい。そのことをとても気にしている。
そして、魔王軍で唯一、胸のサイズで勝てるのが幼い容姿のライナだけ。
ここでライナの胸を大きくすれば、魔王軍でもっとも胸が貧しい眷属になってしまう。
それは、とても辛いのだ。
「世界樹の苗木はもうありませんが。葉っぱとかなら提供できますよ。あれも生命と再生の力たっぷりなので、肉体の材料にはもってこいです」
「やー♪ それいいの。おとーさんとおそろい」
「ありがたくいただく」
ロロアは端末を弄り、千年の間魔王軍が溜め込んだ宝の一覧を見る。
そして、こくりと頷いた。
これなら、すぐにでも肉体を作り始められる。ルシルの守護者として、そして魔王軍最強であるライナの新たな肉体としてふさわしいものを。
「それと、ロロアちゃん。魔王様の体を隠し持っていたんですね。ずるっこです」
マウラが見ていたのは部屋の隅にある、魔王ルシルの体だ。
「……隠したわけじゃない。言わなかっただけ」
「でも、見つけたからには、こうしちゃいます。ぎゅー、すりすり」
マウラがルシルの体にぎゅーっと抱きつく。
彼女も魔王様ラヴ勢の一人だから当然の反応だろう。
ロロアはそれをジト目で見て作業に移る。
横ではライナが、新しい肉体の要望をマシンガンのように語っていた。
そうして、いつものように魔王軍は暗躍する。
ちなみに、この三人は極めてわかりやすいほうであり、残りのメンツはもっとえげつないことをこっそりとやっていたりする。
大好きな魔王様がこの世界を心ゆくまで楽しめるようサポートするために。眷属たちは忙しく働いていた。