第九話:魔王様の実力
草原をさらに進む。
奥へいくほど、人が少なくなっていった。
そして、入り口にあった青い渦が見つかる。
「あっ、それに触ったら駄目ですよ。二階層にもぐっちゃうんで」
「入り口付近なら、安全じゃないか? 取り合いも少なくなるだろうし」
「いえ、入り口付近だって油断できません……その、失礼な言い方をすれば、二階層でルシルさんを守る自信がありません」
だろうな。
キーアから見たら、俺はあくまで多少腕に覚えがある素人だ。
……だからこそ、俺ができるところを見せないとな。
キーアが立ち止まり、トラ耳がぴくっと震えた。
「くんくん、魔物の匂いがします。ここで、魔力を放出すれば、魔物を釣れます。あの、本当に戦うんですね?」
「そのつもりだ」
「危なくなったら助けますから、あまり私から離れないように戦ってください」
頷いておく。
キーアの父親が使っていたという剣を引き抜いた。飾り気がない無骨な剣。
だが、丈夫で機能的ないい剣だ。よく手入れがされている。キーアは使いもしないのに、手入れを欠かさなかったのだろう。
大事に使わないとな。
そして、キーアがそうしたように魔力を拡散する。
昨日より、魔力量があがっているのを感じた。
おそらく、昨日風呂を沸かしたことで鍛えられたからだろう。魔力は少しでも多いほうがいいからな、これからできるだけ魔力を使うとするか。
「来ましたよ、あれは、兎さん!? だめです、魔力を消して!」
兎さんと可愛い呼び方をしているが、どこからどうみても凶悪だ。
まずでかい。身長が二メートルほどある。
あと、足の筋肉がエグいぐらいに発達してふとももなどキーアの胴周りぐらいありそうだ。
端末から音が鳴る
『ラビットキッカー:縄張り意識が強く、非常に好戦的。脚力に優れ、必殺の飛び蹴りは岩をも砕く。肉はあっさりして美味しい。
必殺技:兎飛び蹴り(超高速の飛び蹴り)
ドロップ:兎肉(並) 白いもふもふ毛皮』
……鉄をも貫く角に比べたら、まだ岩を砕く飛び蹴りのほうが温そうだ。
とはいえ、問題はその機敏さ。
兎跳びしながら距離を詰めてくる。
もはやそれは瞬間移動に近い速度で、まるでジグザグに飛ぶ弾丸だ。
それを体捌きで躱す。
この体は非常に眼が良く、音にも届く速さでも見えていた。
やつは遥か後方で着地すると、右に左に跳ねてフェイントを入れながら、距離を詰めてくる。
「あれは、滅多にでないやばい魔物なんです、何人も冒険者を蹴り殺してきました。通称、白い悪魔です!」
なるほど、浅い階層の割にやばい奴がでてきたと思った。
ただの攻撃力なら、ホーンボアのほうが数段上だろう。
しかしだ、ラピッドキッカーは俊敏性が高く、どこから攻撃してくるかわからない。
事実、フェイントを入れながら、距離を詰め、側面に周り、死角から蹴りを入れてきやがった。
だが……。
「見えているぞ」
なんとなく、奴の行動が読めた。
奴の飛び蹴りの先端に剣を置く。ひどい衝撃で右手首がいかれてしまうが、代償に奴の足に剣が突き刺さった。
「ぴぎゃあああああああああ」
兎が悲鳴を上げて倒れ込み、剣が突き刺さっているせいか、起き上がることもできない。
追撃したいが、利き腕は使い物にならない。
なら、使うのは魔術。
「【黒炎弾】」
黒い炎の弾丸が倒れた兎を燃やし尽くし、絶命させる。
魔力量が増した結果、生活魔術だけじゃなく、数倍の魔力量を必要とする攻撃魔術も使えるようになっていた。
そして、兎が青い粒子になって消えたあとには真っ白で、ふわふわな毛皮が残される。
「残念、肉じゃないようだ」
「いえ、むしろ大当たりですよ! 白い悪魔の毛皮って、本当に質がよくて、貴族やお金持ちに大人気なんです。売れば、さっきのお肉がいくつも買えるお値段します」
「それは良かった」
「って、そんなことより、手首が変な方向に。いっ、痛くないんですか?」
完全に折れてるから曲がってはいけない方向に曲がっている。
だが、なぜか痛みへの耐性があるようで痛みは存在しても我慢ができる。
「治しておかないと不便だな。【回復】」
魔術を使う。
自己治癒力を向上させるためのもの、腕が切り落とされたりすれば意味がないが、こういう単純骨折なら一瞬で治せる。
「うそっ、回復魔術なんて」
「そんなにすごい魔術じゃない。ただの【回復】だ」
術式構築難易度は高いが、魔力消費量はさほど高くないのだ。
とはいえ、さきほどの攻撃魔術と合わせてほぼほぼ魔力を使い切った。
本格的に魔術を頼りに狩りをするなら、もっと魔力量を上げないと話にならない。
そうとう、魔術の鍛錬は頑張らないといけないと実感をする。
「すごいですよ! だって、教会で何年も修行しないと使えない技ですよね!」
「いや、別に術式を知って練習すれば誰でも使えると思うんだが」
「そうなんですか? でも、教会の人たちは、神の力を借りる技だから、信仰心がないと無理って言ってたのに」
「たぶん、そういうことにしたいんだろうな。回復魔術が、神の奇跡だってしたほうが、教会が儲かるし。意図的に回復魔術の術式を隠しているんじゃないか?」
「……ううう、ずるいです」
ただの推測だが、間違ってはいないだろう。
当時から使えるものが少なかった魔術だ。どこかで、そいつらが教会を立ち上げて、回復魔術をそういうシンボルにしたと推測ができる。
「それより、俺の腕前はキーアのお眼鏡にかなったかな?」
「はい、その、たぶん私より強いです。身のこなしもそうですし、攻撃魔術が使えるなんてすごいです。なにより、回復魔術が使えるってのがやばいですね。ふつう、怪我したら、もうその後はなんとか隠れながら逃げ帰ることしか考えられないです。でも、回復魔術があれば、治して狩りが続けられるし、なにより安全です」
「解毒魔術なんてものもある。どうだ、俺を連れて行きたくなったか?」
手応えがばっちりなので、調子の乗ってドヤ顔を決める。
「はい、かなり……でも、ただでさえ、ルシルさんには借金があるのに、これ以上甘えるのは」
「甘えてるわけじゃない、俺がキーアと一緒に狩りをしたいんだ。一緒にいると楽しいからな。あと言っておくが、儲けは折半だ。ベテランのキーアが俺にダンジョンの基本を教える。そして俺は魔術で役立つ。対等な関係だと思うが?」
俺は微笑む。
照れくさいから言わないが、本当はキーアと一緒にいるのが楽しいから誘っている。
それが一番の理由だ。俺は昔から、割と気難しい方で、眷属以外と仲良くなることが少なかった。
だからこそ、たまに波長の合うものがいれば大事にしてきた。
「その、少し考えさせてください。あっ、あの、今の条件が悪いとか、ルシルさんの腕を信用していないわけじゃないんですよ。たとえ、ルシルさんが一緒でも、あそこまでいくのはすっごく危ないんで」
「構わないさ、今日を含めて三日は狩りをするんだろう。まずはお試し期間ということにしよう」
「はいっ! そうします」
まだ日は高い。
がんばって、狩りをしてキーアにもっと実力をアピールしよう。
そして、二人で狩りをしていき、いずれは冒険者として名を馳せるのも悪くないな。