#2 はじまり〜ロイside〜
「何だ……ここは?」
灰色の空を見上げながら、ロイはふと声を漏らす。
ここに来る前。
嫌だ、俺は死にたくない。
そう願った気がする。
そして、大切な何かが頭に浮かんだ気も――
「やっほー! ねえ、君もいつの間にかここにいたクチ?」
「……あ?」
素っ気なく返してしまったのは、突然話しかけて来たこの少女が訝しく感じられたからだ。
「あたし、サー。あんたは?」
「……ロイ。」
「ふうん、ロイ! よろしくね。」
「ああ……ん!」
「え、何? どうしたの?」
突然顔を覆ったロイに、サーは戸惑う。
ロイも、何故自分がこんなことをしたのか分からない。
敢えて言うなら、サーの胸から下を見て何か恥じらいを感じたから、くらいは分かる。
そう、サーもロイも、裸なのだ。
文字通りの、生まれたままの姿。
が、それは本来、生まれたばかりの人間には理解できないはずだった。
しかし、ロイは理解できた。
相手の裸を見ることが恥ずかしいことを。
そして。
「くっ! お前も見るな!」
「え? 何で?」
こうも理解していた。
自分の裸を見られることもまた、恥ずかしいということを。
「ねえ、何で?」
「……何となくだ!」
無邪気にも近づいて聞いて来るサーに、ロイは尚も顔と大事な所を隠しながら言う。
と、その時。
「いた! 動くな!」
「!? な、何だ?」
急に太い声がしたので、振り返れば。
そこには、馬に乗って走り来る男が。
男は、立派な身なりをしている。
しかし、動くな、とは。
「……行くぞ、サー!」
「……え? うわっ、ど、どこに!?」
動くなとは、追う者が追われる者に言うセリフ。
これも生まれたばかりの者が言われれば、当惑して動かなくなるだけであろうが。(あるいは、言葉が分からず驚いて泣くぐらいであろうが。)
ロイはそのことを何故か感覚的に理解し、咄嗟にサーの手を引いて逃げる。
「なっ……こら! 待てと言っている!」
男は自分の言葉に反し、逃げ始めるロイとサーを追う。
「待てと言われて、待つ奴がいるか!」
「! 痛い!」
ロイは追いかけて来る男に、近くの小石を拾い投げつける。
「へ、辺境伯!」
「うるさい、辺境、辺境と呼ぶな! ……おのれえ、ガキが、捕まえろ!」
「はっ!」
追いかける男――辺境伯は石を顔に投げられ負傷し、怒りに任せ部下にロイらを追いかけさせる。
◆◇
「はあ、はあ! サー、大丈夫か?」
「はあ、はあ! ……あー、気持ちいね風が!」
「呑気に構えてんなあ……捕まったらどうなるか分からないんだぞ!」
ロイとサーは、道沿いの森へと入っていた。
ここを逃げ回れば、見つかりにくくはある。
だが、それでもいつかは見つかるだろう。
ロイは必死に逃げ回る。
一方のサーはといえば、ロイに手を引かれ走りつつ、周りをキョロキョロと好奇心旺盛に見つめる。
ロイとは対照的に、今ひとつ状況が理解できていないのだろう。
と、その時である。
「おやおや……そんな裸で。"転移"組かい?」
「!? ……え?」
突然、声がした。
ロイが立ち止まり見ると、何やら老人が焚き火をしていた。
「お爺さーん! こんな所で何してるの?」
サーは無邪気にも、駆け寄ろうとするが。
「待て!」
「うわっ! ……どうしたの、ロイ?」
「……何じゃ?」
サーを引き止めたロイを、彼女や老人は訝しんでいる。
「……あいつらの、仲間じゃないよな?」
「あいつら? はて。」
「とぼけ」
「!? おっといかん、隠れい!」
「!? つっ!」
「きゃっ!」
言いかけたロイを、サーと共に老人が近くに広げていた布の下に隠す。
「くっ! 何を」
「しー。」
「こっちから声がしたぞ!」
「! あの声は。」
布の下から顔を出しかけるロイだが、遠くから聞こえる声に口をつぐむ。
それは他ならぬ、さっきの辺境伯の声。
「いない! ……おや? そこのジジ! ここら辺を、"転移"した二人が通らなかったか?」
「……はて?」
辺境伯は目ざとく、老人と近くの大きな布を見つける。
「ああ、その二人なら」
「そこの布の下、ではあるまいな?」
老人の言い切りを待たず、辺境伯は尋ねる。
「!? やば……」
ロイは焦る。
サーは、一応空気を読んでか黙っている。
「これはこれは辺境伯、その布は」
「見せてみよ、その裏を。」
「……! くっ……」
ロイは動揺する。
「……ああ。では、ワシが捲ろう。」
「待て! ……私が捲るぞ、よいな?」
辺境伯は老人の申し出を悉く断る。
「……ああ、何も疚しいものなどありはせんよ。」
「……おいおい。」
この爺さんめ、結局は俺たちを売る気か。
ロイは布を捲り、飛び出しそうになるが――
「……くっ、私が悪かった。」
「……何もなかったじゃろ?」
辺境伯が、驚いたことに。
既に布の下には落ち葉が広がるのみで、誰もいなかった。
「へ、辺境伯!」
「だから! 辺境、辺境と言うなと言っている! ……もっと奥を探すぞ。」
「はっ、ははあ!」
辺境伯、いやただの伯はそのまま従者を連れ森の奥へと入って行く。
「……ほうれ、もういいぞ。」
「……ひとまず、感謝する。」
ロイは落ち葉の下から出てきた。
あの時咄嗟にこの老人が、何やら能力を使い竪穴を掘り、そこにサーとロイを匿ってくれたのだ。
「あいつらは奥まで行ったか……よし、サー。俺たちは森を出れば……!?」
言いかけてロイは、気づいた。
サーが、すやすやと眠っているのだ。
「……あんた、俺たちをどうしたい?」
ロイは、老人に尋ねる。
「はて、何のことかな?」
「とぼけんな! ……サーを眠らせたのは、あんただな?」
ロイは老人に、詰め寄る。
「……ふふふ、まったく君は! 生まれたばかりだというのに何と勘が鋭い!」
「くっ!」
老人は突然、曲げていた腰をまっすぐ伸ばす。
そのままロイに向かい手を広げ、彼を何やら球体に閉じ込めた。
「くっ! ……サー!」
見ると、サーも別の球体に捕らえられていた。
「ははは! もっと大人しくしてくれていれば痛みも少なくて済むんだが……これは少し、痛い目に遭ってもらわねばならんかな!」
「うっ、くっ!」
老人は手を、ヒラヒラと動かす。
それに伴いロイは、急に息苦しくなった。
「ははは……さあ、大人しく!」
「くっ……負けてたまるかあ!」
「ぐっ……何!?」
その時、異変が起こった。
急にロイの全身が眩く光り、彼を閉じ込めていた球体を破壊したのである。
「な、何?」
「ははは……どう、だ……」
しかし、ロイの抵抗はここまでだった。
力尽きたのか、倒れる。
「……おやおや。」
◆◇
「起きろ、生まれながらの謀反人が!」
「……!? ぐあっ!」
そこからどのくらい時間が経ったのか、分からない。
不意に寝ていたロイは、顔を蹴飛ばされ目覚める。
「くっ……あ、あんた!」
「ほほう? ご主人様に向かって、何たる口の聞き方か!」
「ぐあっ!」
ロイに更に、暴行を加えたのは。
先ほどの、辺境伯いや、ただの伯である。
「私はテネビー。貴様のご主人様にして、この最前線を守るルヴェレイ要塞を任された伯爵だ!」
「は、伯爵……?」
ロイは痛みに悶えながらも、なんとか意識を保ちながら言う。
伯爵。
その言葉はどこかで聞いたことがあるが、どこだったか。
しかし、ゆっくりと考えている暇はなさそうだった。
「おらあ!」
「ぐっ!」
またしてもロイは、テネビーから暴行を受ける。
「この、野郎……!」
「この野郎? ……ははは、本当に生まれたてのガキというのは礼節も知らんものなのだな! いいだろう、私が」
「へ、辺境伯う!」
「……へ、辺境伯と言うなと言っておろう!」
今まさにテネビー辺境伯がロイを殴ろうとした瞬間、従者が入って来た。
「も、申し訳ございません! し、司祭様があ!」
「!? な、なんと……」
「おやおや、随分と賑やかだったみたいだねえテネビー伯。」
従者の後からやって来たのは、おそらくその司祭様。
しかし、その顔を見てロイは驚く。
「あ、あんた! さっきの爺さん!」
「こ、こら! 司祭様に向かって!」
テネビーがロイの頭を抑えつける。
その顔はまさに、先ほどロイやサーを助けてくれ、同時に捕らえようとした老人だった。
「テネビー伯、君こそその手を退けたまえ。」
「!? し、しかしこの者は先ほど! 司祭様にご無礼を」
「ほほう、私にジジと呼びかけたのは無礼ではないと?」
「……し、失礼いたしました!」
司祭に凄まれ、テネビーは平謝りする。
「……君はロイ君、といったね?」
「……え?」
ロイは司祭の言葉にびくりとする。
名乗った覚えはない。
「名乗った覚えはなく驚いているか……しかし、私は何でもお見通しなのさ。」
「……何が言いたい?」
ニヤニヤと話しかける司祭に、ロイは警戒心を隠さない。
「貴様、また司祭様に!」
「いいと言っているだろう、テネビー伯。……私が言いたいことはただ一つ。この世界に君は本日生まれた、おめでとう! ……おめでとうついでに、どうかこの世界を救ってほしい。」
「……は?」
祝われた次の言葉は、ロイを更に困惑させた。
「詳しいことはまた後ほど……とにかくこの世界には、ある理由から子供が生まれにくくなっている。だから、新たな子供を生まれるようにするため、異世界を食ってほしい!」
「……何?」
説明のはずの司祭の言葉も、ロイは理解できなかった。
◆◇
「まったく……何故私があんなガキを!」
「へん……いえ、テネビー伯! そろそろでございます。」
「あん? 何か言ったか?」
「い、いえ別に!」
あやうく辺境伯と出かかった従者を、テネビーは睨む。
「まあよい……さあ、行くとしよう!」
テネビーはそのまま、要塞の塔へと向かう。
「まったく……あの司祭……」
待機を命じられたロイは、待機場所である城壁裏からテネビーを見る。
あの後、今ひとつ状況を呑み込めないままのロイであったが。
「仕方ない……連れて来なさい。」
「はっ!」
命じられた従者が、引き立てて来たのは。
「! サー!」
未だ眠る、サーだった。
「心苦しいが、こうするしかないと思ってね……さあ、ロイ君。私の指示に従い、異世界攻撃に参戦していただけるね?」
司祭は、余地のない選択を迫る。
「……分かった。」
ロイは、首を縦に振るしかなかった。
◆◇
「さあ……『死と眠りの神』よ。私に力を、お貸しください……」
テネビーは目をつぶり、塔から身を投げながら呪文を唱える。
たちまち彼の周りには、巨人のような形の結界が生成される。
「な、なんだあれは!」
ロイは思わず声を上げる。
その結界の中は何やら、荒野のごとく。
そこには、犬のような形をした鉄の塊が複数、走り回っている。
「ははは、美味そうな魂たちがわんさかと! ……これはいい、今宵は宴だ!」
テネビーは、満足そうに舌なめずりをする。
その、犬のような鉄の塊は。
人間の世界の兵器・Beyond-D gear。
そして、その中の一機こそ部隊長専用機。
双日の乗る機体・O-オルトロスであった。