#1 はじまり〜双日side〜
「う、うーん……」
高校二年生・二木双日は、夢を見た。
夢と呼べないほど、はっきりとした夢を。
「や、止めろ……」
「今さら命乞いかい? ……つくづく軟弱な人間だな、この世界に住む奴らは!」
荒廃した都市の中で、双日は必死に目の前の敵に呼びかけている。
目の前の敵――見た目こそ、中世の貴族のようであるが。その敵は、空間が巨人型に切り取られたような結界を展開し、その中で宙に浮かんでいる。
空間の背後には、城壁のようなものも見える。
「まあ、いい……その軟弱な魂も、わが世界にて『死と眠りの神』の御技にかかれば鍛えなおされる! 精々来世に期待するのだな。」
そのまま無慈悲にも、敵は結界ごと双日に近づく。
たちまち巨人型の結界が一歩、一歩と踏み出すにつれて地面が足跡の形に抉られていく。
「や、止めろー!!」
◆◇
「……ん?」
双日は次には、別の夢を見る。
灰色の空に、それよりも少しだけ濃い灰色の雲が幾筋も流れている。
「さあ……時は来れり! 我らが唯一の神・『死と眠りの神』よ! 再び……否! もはや幾度目とも知れぬ。我らが母なるこの世界・エルケの為に! 今ここに『神の子』らを選定し、汝にお与えする!」
仮面をつけた神官は天を仰ぎ、次に自身の背後を見遣る。
背後には、跪いた数人の少年少女が。
神官は彼らに歩み寄り、高らかに唱える。
「おほん! 諸君、改めてになるが……『神の子』への選定、誠におめでとう! 諸君はこれより」
「分かってるって。」
「! おや。」
大胆にも神官の言葉を遮り、少年少女のうちの一人が立ち上がる。
「異世界を喰いに行く。だろ?」
その生意気な態度に神官からのお咎めを危惧して青ざめる他の少年たちを前に、当の少年は不敵な笑みを浮かべている。
「……ほう、面白い。」
しかし、奇妙なことに。
なんと、この少年の視点から双日は、この夢を見ているのだ――
◆◇
「ん……?」
「ああ……お母さん! そ、双日君が目を覚ましました!」
重々しく目を開けた双日は、傍らで叫ぶ医師を見る。
あれ?
どうしたんだっけ?
言うまでもなく、双日が寝ているのは病院のベッドの上だ。
「双日! ……ああ、よかった……!」
「うぐう! な、何だい母ちゃん!」
病室に入るなり母は、双日を抱きしめる。
双日も双日で、ここ一日くらいの記憶がない分混乱する一方だ。
抱きついて泣く母は、結局小一時間ほど医師に止められるまでそのままだった。
◆◇
「えっ、スマホゲームプレイ中の事故!?」
「そうよ! まったく……だから、あれほどながらスマホはやめなさいって!」
双日の母は、カンカンだ。
聞けば、路上で歩きスマホをしながら横断歩道を渡った時、事故に巻き込まれたらしい。
「お母さん、もう兄貴も反省してるんだし止めてあげなよ。」
「こらっ、一美! あんた、お兄ちゃんが叱られてるそばから!」
双日の妹・一美はベッド脇の椅子に座りスマホゲームに興じている。
「ええ〜! だってこれ面白いんだもん!」
「もう、ゲームはね! お兄ちゃんみたいに事故と、成績ガタ落ちの要因なの、止めなさい!」
「はな、放せって!」
たちまち母娘、取っ組み合いの喧嘩が始まる。
「おーい、母よ、妹よー! 怪我人の傍らで暴れるのは止めてくれないか?」
「うるさい! 怪我人は寝てて!」
「……はーい。」
いや、寝られないのはあなた方のせいなんですが、と突っ込む隙もなく母と妹は争い続ける。
「はあ、はあ……もうお母さん! 文句なら兄貴に言ってよー、こんなハマるゲーム紹介したんだから!」
「はあ、そうね……こら、双日!」
「……へーい。」
面倒と思いつつ、双日は掛け布団の下から母に顔を向ける。
母は、すっかり怒っている。
「て、いうかさ……それ、何のゲームだ?」
「え、兄貴が勧めてくれたのにい!?」
一美はわざとらしく、口を尖らせる。
双日もそう言われればそういう気がするが、何故か思い出せない。
「一美。お兄ちゃんは事故のショックで記憶が飛んじゃってる所もあるかもしれないってお医者さんが。」
「うーん、そっか。……ま、じゃあ説明してあげる。」
一美は双日の傍らのパイプ椅子に腰掛け、双日を見る。
「……分かった。じゃあ神様仏様一美様、お願いします。」
双日は掛け布団から顔を完全に出し、聞く姿勢を示す。
ゲームの名は、『グラットニーワールド』。
最近流行している、ベンチャー企業がリリースしたスマホゲームらしい。
内容は、異世界を喰う異世界の侵攻から人々を守るため、メカに乗り戦うというもの。
レベルに応じて、使えるメカの強さは変わるらしい。
ちなみに一美は、まだ初期レベルだ。
「まあでも、このゲームを必死でプレイしちゃうのはやっぱり……あれがあるからかな。」
「何だ、あれって?」
「それが、分からなくて。」
「……は?」
妹が言う、あれというのが何か彼女に尋ねる双日だが。
妹もあれが分からないという。
どういうことか。
「最高レベルに到達すると、特権が与えられるって言うんだけど。その特権ていうのが何か、分からなくて〜!」
「ああ、なるほど……」
なるほど、到達してからのお楽しみという訳か。
しかし、確かに気になる話だ。
「とにかく! ……あんたたちは、当分ゲーム禁止!」
「ええっ!?」
「ええっ、じゃありません! お金だってかかり過ぎなんですから……」
母はそう告げると、まだ医者と話すことがあると言って部屋を出ていった。
「……まっ、いっか! どうせ口ばっかでしょ? ねえ兄貴。」
「あ、ああ……」
一美の言葉の意味は、双日にも分かった。
ゲームをいくら禁止しようが、スマホを取り上げる訳にはいかんだろうという話だ。
ましてや母は、風呂が空いた連絡などメッセージアプリを使っている。
ただでさえ現代では不可欠なライフラインであるスマホを、我が家で確固たるインフラとしてしまっている母自身が取り上げることはできないだろうという見通しである。
「さあてっと! まったく、お母さんが取り上げようとするから変な所で止まっちゃったじゃない!」
一美もすっかりご機嫌斜めだ。
「は、ははは……『グラットニーワールド』、ねえ……」
双日は呆れつつ、考え込んでいた。
◆◇
「……またかよ。」
その夜、双日はまた夢を見た。
まるで夢でない程、はっきりした夢を。
「……コード・ビヨンドディメンション!」
何故か口が勝手にそう動き、双日は光の筋がいくつも走る空間をひたすら落下していた。
やがて、何かに腰掛けた感触と共に視界が開けた。
「……何だこれは、コックピット? そしてここは、戦場?」
双日は疑問符を並べる。
それは、まるで何かの操縦席。
そして、外の空間には。
「!? あ、あいつは!」
双日は驚く。
それは、巨人型に切りとられた空間の真ん中に浮かぶ人。
昼間夢に見た、あの巨人型結界だ。
「ははは、美味そうな魂たちがわんさかと! ……これはいい、今宵は宴だ!」
「……そうかい!」
双日は操縦桿を握る。
身体から記憶が、力が、溢れ出す感覚がする。
「俺は知ってる……この戦いを!」
何故か、身体は覚えていた。
この戦いを。
◆◇
「脳波、極めて安定しています。」
「よし。……さあ、始めようか。」
双日のベッドの脇には。
何故か女性看護師と、先ほどの医者が。
そして双日の頭には、謎のヘッドギアが。
「お帰り……『グラットニーワールド』へ!」