表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/27

溢れる愛と、扉の向こうに迫り来る、なにか。

食事を済ませ、お湯とタオルで体を清拭すると夜も更けたので眠くなるまで裁縫に勤しむ。

こんな環境でも夜寝て昼に活動するのが好ましい。こんな環境だからかな?

初期装備はシャツにスカート、それと靴だった。

どれも簡素な作りで特に靴は靴下なしで履いていたので、かかともつま先も痛くなってしまう。

この世界に靴下はないのだろうか。あったとしても私の手元にはないので作ることにした。

布地は綿で通気性が良さそうなのを選ぶ。

靴は全てが皮製なので蒸れないようにしたい。

短い物からタイツ様の物まで、これから気温が上がっても下がっても対応できるようにしなければ。


チクチクチクチクチクチク。

細かい作業が続く。

元々生産寄りのプレイヤーだった私はこの手の作業が好きだ。大好きだ!

鍛治が好きだ。

たとえ低級マジックアイテム以下の性能しかなくても、自作の装備で固めて強敵に立ち向かうのが好きだ。例え負けて全ロストしてもまた作ればいい。

裁縫が好きだ。

ありとあらゆる衣服を作って揃えて様々なカラーリングを試し、街中を練り歩くのが好きだ。毎日毎日違う自作の服を着て自慢したい。

木工が好きだ。

家の中の家具という家具は全て自作で揃え、例えダンジョンの奥深くでも木材と隙があれば5分で素敵なダイニング空間を作ってみせる。

細工が好きだ。

希少な宝石を材料にした、装備しても何の効果もないアクセサリを作るのが好きだ。戦利品や宝箱を開ける時まず確認するのは宝石の有無だ。

調理が好きだ。

食事をしてもしなくてもゲームプレイに支障はないが毎日パンを焼きクッキーを焼きパイを焼き、そして売り歩きたい。ダンジョンに作った素敵なダイニング空間にパンを添えよう。

錬金術が好きだ。

朝から晩までコリコリコリコリポーションを作りたい。全快ポーションから致死毒ポーションまで、何でも揃えてみせる。おっと、この爆弾ポーションはサービスだ。

文書作成が好きだ。

魔法のスクロール作成や単なる本の写し書きまで出来るぜ。黙示録から単なる買い物メモまで世界中の書物を写し取ってやる。意味?愚問だね。あるわけがない。

地図書きが好きだ。

熟練すると精巧な世界地図が書けるようになるぞ。だがマップはデフォルト機能だ。いつでも自分の居場所はわかる。世界地図が見れても何の役にも立たない。でも、それがいい。

私は生産スキルが好きだ。好きだ。好きだ……。

生産に使う材料を集めるための各種採取スキルもあるがそれは別の機会に。

それらも単純作業の繰り返しだが嫌いじゃない。むしろ好きだ。

なに?無駄なスキルが多過ぎる?

当たり前じゃないか。ゲームは無駄を楽しむものだよワトスンくん。


私が脳内会話で生産へのパッションを炸裂させていると、遠くからグオオーという雄叫びが聞こえた気がした。

聞き覚えがある。

どこから?

玄関から続く洞窟からだろうか。

屋上からだと今の私の手には負えないかもしれない。

作業を止めて耳を澄ます。

……。

ズシャ……ズシャ……。

土を踏む足音だ。洞窟だろう。

私は物音を立てないようにして玄関に向かう。

玄関のある広間には外が見える窓があったはず。なぜか外からはただの壁にしか見えなかったが。

魔法によるマジックミラーのようなものだろうか。いや魔法のマジックミラーって。

ズシャ…ズシャ…。

足音はさっきより近付いている。

しまった、玄関に鍵がかかっていない。

鍵と言っても幅10センチ長さ30センチほどの棒がスライドして二つの扉を固定するだけの、小さなかんぬきのような鍵だ。

急いで鍵をかける。

ガチャリ。

存外大きな音がした。外にも聞こえてしまっただろうか。

そっと窓から外を見る。

何もいない。足音もしない。

洞窟は玄関外にかけられたランタンの灯りで照らされている。

そう遠くまで照らせないが、真っ暗な洞窟の中ではこれが頼もしい。

しばらく様子を見る。聞こえるのは自分の鼓動だけだ。

どこかへ行ったか。と胸をなでおろしたその瞬間。

「グオオーー!!」

暗闇の向こうで雄叫びする。

ズシャ、ズシャ、ズシャ、ズシャ。

先ほどまでのただ漠然と歩いているのとは違い、確実にこちらに向かって足音が近付いてくる。

姿が見えてきた。

アースゴーレムだ。

不揃いな大きさの岩と岩が不自然に重なり合い、人の形を象ったゴーレムだ。

野生のゴーレムは敵性モンスターで、人を見ると襲い掛かってくる。

設定とはしては確か、マキシマスシリーズ第一作目のラスボスである悪の魔術師が世界を滅ぼさんと召喚した物らしい。

ゴーレムは他にもいくつか種類があるが、アースゴーレムはその中でも一番容易いゴーレムである。

魔法は使わず直接攻撃だけなので、ビギナーがちょっと背伸びするには格好の相手だ。

熟練プレイヤーなら戦闘スキルが一切ないキャラクターでも工夫次第で労せず倒せる。

しかし実物はどうだ。

でかい。

背丈は2メートル以上あり、一歩一歩地面を踏み締める音は今まで聞いたことのない重量感だ。

こんな物を人間が倒せるのだろうか。

少なくとも私は無理だ。

生き物ならばおおよその急所がわかるだろう。そこを一突きしたら私にだって勝機はある。

だがこいつは岩だ。岩の塊だ。対処の仕方が全くわからない。

逃げる準備をするべきだろうか。どこへ?上への階段は上れるだろう。キッチンへの扉は小さくて通れないだろうか。壊されたらそこまでか。

アースゴーレムが玄関の前で足を止める。

所詮は木の扉にかんぬきがかかってるだけだ。あの巨体が腕を振り下ろすだけでひとたまりもないだろう。

……?

動かない。

ジッと扉を見ている。いや目がどこなのかはわからないので、そんな気がする。


はぁー。深くため息をつく。

アースゴーレムは立ち去ってくれた。

数十分、いや数分だろうか。

扉の前で立ち止まってしばらくするときびすを返し、暗闇へと歩いて何処かへと行ってしまった。

モンスターの思考はわけがわからない。ましてやゴーレムの気持ちなんて。

恐らく音には反応する、と思う。

ここから出るならあれへの対処法も考えないといけない。

今まではなんとなく、モンスターがいてもどうとでもなるような気がしていた。

ゲームの中ではどんな敵でも倒せないことはあっても逃げ切れる自信があったし、事実仲間内でも死亡率が低いのが自慢だった。

そんな慢心は打ち砕かれた。

ゲームのアースゴーレムは初心者でも倒せる相手だ。100体200体来ても倒せる自信がある。

それがさっき見たあいつはどうだ。倒せる気が全くしない。

そもそも私にモンスターが殺せるだろうか。

狩猟動物はウサギや鳥、鹿ぐらいまではいけるかも知れない。

モンスターでも不意打ちならジャイアントラットもやれるだろうか。

明日からは戦闘訓練を始めた方が良いだろう。

今日はたまたま助かったが、いつモンスターの気まぐれに翻弄されるかわからない。

例えば屋上から空飛ぶモンスターに侵入されたらひとたまりもない。


玄関の鍵を確かめ、私室の鍵も閉め、窓の確認をし、ベッドにもぐりこむ。

数時間前までは、この家を出なくても問題ないかもしれないと考えていた。

確かに居心地はいい。物資も一人なら何百年だって生きていけるぐらいある。

でもそれはいつ壊されるかわからない。

ゲームでは死んでも幽霊として自由に動けて、蘇生されればその場で生き返った。

今はどうだろう。全く想像できない。生き返られる保証もない。

とにかく危険を避ける努力をしなくては。

ここにきて旅行気分でいた私は、今初めて思った。

帰りたい。

日本に帰りたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ