はじまりのはじまり
今日は記念すべき日だ。
ついに念願の、私による私のためだけのゲームが完成したのだ。
たった今テストプレイを終え、私は感慨に浸りながら天井に手が届かんばかりに伸びをした。
現在のロールプレイングゲームの歴史をさかのぼって行くと、始祖と言えるようなタイトルがいくつかある。
その内のひとつがアメリカ生まれのロールプレイングゲーム「マキシマス」
いわゆる2Dのフィールドに城、町、ダンジョンなどがあり、キャラを動かして町へ入り、情報を集め、時に人を助けたりお使いをこなしたり。
日本人が思い浮かべる一番オーソドックスなロールプレイングゲームと言えるだろう。
ただ「マキシマス」にはオーソドックスと言えない物がある。
それは自由な事であり、それに伴う不自由だ。
ゲームの主人公、勇者と言えば他人の家のタンスを開け、ツボを割り、宝箱から必要な物をカバンに詰めて去っていく。
「マキシマス」でもそれ自体は可能だが、誰かが見ている。見ているのだ。
見てるだけ?なら平気じゃ~んと思ってはいけない。
「マキシマス」の主人公は清廉潔白でないといけないのだ。
持ち主の許可なく物品を持ち出すとたちまち泥棒とされ、場合によってはゲームクリアが不可能となる。
盲人の商人がいる。あなたは薬草を買い求めるだろう。
「私には目が見えません。商品を取り、その代金を私にください」と商人は言う。
すると数字を選ぶ表示が出て、あなたはいくら渡すか選ぶ事になる。
薬草は1つ10ゴールドだが、あなたは1ゴールドを選ぶ事も出来る。
1ゴールドを渡すと「ありがとう」と商人は言い、咎められる事無く1ゴールドで薬草が手に入るのだ。
だが、誰かが見ている。人が見ている。天が見ている。
あなたの悪行は記録され、それを取り返すには苦労の日々が待っているだろう。
一例ではあるが、このような自由度の高さから「マキシマス」は人気を博し、そして人を選ぶゲームでもあった。
シリーズを重ねるごとに町が増え、人が増え、グラフィックは進化し、完成形へと到達する事になる。
「マキシマス オンライン」である。
インターネット黎明記に発売されたそれは、オンラインゲームとして、MMOとして、既に成熟されていた。
それまでにあった自由度はまさに無限の広がりを見せ、後に出るオープンワールドというジャンルと比べても右に出るものはないと言えただろう。
町には数百の家が立ち並び、数千人のキャラクターが生活をし、一歩町を出れば無限とも思える大地が広がり、木があり、森があり、山があり、川があり。
そして数万の未知なるモンスターとダンジョンがある。
プレイヤーは種族性別年齢体型に肌や髪の色までキャラメイクをし、この無限の大地へ降り立つのだ。
開発者は言った。
「プレイヤーよ。全ては用意した。全てが自由だ。アドベンチャーは皆の中にある」と。
そして時は流れ「マキシマス オンライン」は運営サービス終了の日が来た。
一時はこの無限の大地のどこへ行っても人が溢れていた世界も、年月と共に人はいなくなり、消滅の日を迎える事になる。
私はそこにいた。
現実の私は普通の家庭に生まれ普通に育ち普通に学生をし普通に恋愛をし普通に破局、そして普通の就職を経てどこにでもいる普通の会社員となった。
それなりに人生の山もあり谷もあったけれど普通の範疇のTHE普通である。
普通じゃないのがただひとつ。
「マキシマス オンライン」である。
子供の頃、父が気まぐれに買ってきたこのオンラインゲームに私はドハマりしてしまい、1日2時間毎日毎日ずーっと、ずーーっとやってきたのだ。
ちょっと意味は違うかも知れないが、私の「第二の人生」はゲームの中にあった。
それも今日でおしまい。
サービス終了自体は半年も前に告知され、既に私の「第二の人生」を終える覚悟は出来ている。
ゲーム内でやる事やれる事も悔いが無いように全てやった。
今は画面の中で私のキャラクターが1人、自分の家の中で大きなテーブルと傍に並べられたいくつかの椅子のひとつに座っているだけである。
他の椅子を埋めていた昔の仲間が戻ってくるような事もない。彼らは皆、数年前にこの世界から立ち去った。
ただただゲームの中の「私」を眺めていると、メッセージボックスにゲームマスターの全体アナウンスが流れてくる。
「皆様、マキシマスの世界をアドベンチャーして頂けたでしょうか?」
「0時を持ちまして、サーバーを閉じさせていただきます。長らくのご愛顧、真にありがとうございました」
3
2
1
カウントダウンが終わると同時にゲームから切断されましたと表示され、クライアントが終了した。
終了したと同時に虚無感に襲われるが、そんな事を感じてる暇はない。
ゲームに費やしていた、無限にも感じられるこれからの時間の使い道を既に決めていたのだ。
自分だけの「マキシマス オンライン」を作ってやる、と。
普通の社会人生活を送りながら1人でゲームを作るのは苦労の連続だった。
サービス終了の時点で古典も古典、完全にレトロゲームの範疇とはいえドットのひとつひとつを打ち込みグラフィックを再現し、ドット打ちに飽きたらデータを打ち込みシステムに組み込む。
「マキシマス オンライン」を再現した頃にはサービス終了から2年の月日が流れていた。
その頃には既に作る喜びを覚えていた私はふと思い立ち、オンラインをシングルプレイ専用にする事で弊害となる多人数プレイ用イベントを1人でも攻略出来るパッチを作ってみた。
そして最終テストプレイを始める前に昔ながらのレトロなホームページを作り、アップする場所を用意した。
一から自作したとはいえ、著作権的にはアウトかな?と思い、ちょっとやそっとじゃ辿り着けない所だ。
特にバグもなく、テストプレイは終わった。
あとはクライアントとパッチをアップして、いちプレイヤーに戻ってマキシマスを思う存分プレイするだけだ。
アップロード完了まで後35分という表示を見て、自分が空腹な事に気付く。
思えば昨夜会社から帰ってすぐテストプレイを始めたので、しばらく食事を摂ってない。
既に夜は明け、太陽が高く昇っている。
キッチンへ行き、冷蔵庫を開けると何も入ってない。いや、正しくは使いかけのマヨネーズがあるが何もないのと同じだ。
いつもは土日に1週間分の食料を買い込む。今日は土曜。昨日帰りに何か買っておけば良かった。
仕方がない、近所のスーパーへ行こう。
帰る頃にはアップロードも終わってるはずだ。
しまった。買い過ぎた。
ゲーム完成の高揚感と特売のテンションで米10キロと大根キャベツ人参ジャガイモと重い物ばかり買ってしまった。
袋の持ち手が指に食い込んで痛い。
はー、これはもう、あれだな、リホームだな。リホームで帰ろう。はい、リホーム!と考えながら気付いた。
マキシマスの中じゃないんだから帰還魔法のリホームなんてないよ!
脳内で自分に突っ込んでる最中に異変が起きた。
突然視界が光に包まれる。
あれ?貧血かな?寝てないもんなー。お腹空いてるもんなー。スーパーの前で倒れるって恥ずかしいなー。
でも、貧血のめまいってこんなだっけ?もっとこう、感じが違ったような……。
すぐに光が収まり、視界が戻った。
倒れてはない、靴越しにジャリジャリという土の感触がする。
えっ?土?お店の前が?と驚き足元を見る。
大小の小石が入り混じる土を、簡素な革靴を履いた足が踏みしめている。
こんな靴履いてたっけ……?
顔を上げる。目の前には少々無骨な感じのレンガを積み重ねた壁と、丈夫そうな木で出来た観音扉があり、扉の左右にはランタンがぶら下がっていて火がゆらゆらと揺れていた。
状況を把握出来ない。
左右を見回すと壁が広がっている。10メートルほど続いているのが見えてそこから先は暗くて見えない。
さっきまで聞こえていたスーパー店内のBGMと道を走る車の音や聞くともなしに聞こえる誰かの話し声は一切なく、シーンと静まり返っている。
「ここ、どこ……」
声に出してみたが、静けさは保たれたままだった。