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アタシ③

 ガヤガヤと騒がしかった教室も、講師が入ってくると静かになった。講師はなにも言わずに板書を始めて、学校とは違う雰囲気で授業が始まる。

『To be laughed at by her if he's more sensitive, I wouldn't have that.(もし彼がもっと敏感であったら、彼女に笑われることもなかっただろうに)』

講師が一番最初に書いた例文を見て、ペンを動かす手が止まった。まるで昨日のことを見透かしたような一文だ。

 目線を前に向ければ、少し離れた所に簾内もいる。どんな表情をしてるのかは分からないけど、たぶん平然と英文を写しているんだろう。そう思うとこの英文を書くのが嫌になって、ペンを置いた。頬杖をつこうとした拍子にため息が漏れる。

 この予備校は、学校が近いせいで同級生の大半が通っている。横を見ればアスカとヒトエが講師のカツラを笑いながらノートを取っているし、更にその向こうには水城くんたちもいる。

 みんな、アタシを褒めていた。似合ってるって言っていた。だからアタシも色々試したし、そのたびに耳に心地いい声しか聞こえなかった。否定されるなんて考えてもみなかった。

 けど、簾内はその前に似合ってるとも言っていた。確かにアタシをみて、アタシのことを指して。あれは嘘だったってこと?

 似合ってるのか、似合ってないのか。

 肯定してたのか、否定してたのか。

 どっち?

 気づけば板書はどんどん進んでいて、件の英文は消されていた。これ以上遅れるとまずい。なんとか板書に追いついたところで、授業は終わった。

 講師が出て行った途端、教室は始まる前の賑やかさを取り戻す。解放感からテンションの上がった水城くんの一声で、アタシたちは少し遊んで帰ることになった。

 駅前には、中規模程度のショッピングモールがあって、ちょっと遊ぶには格好の場所だ。水城くんもそこに足を向けた。

 ショッピングモールの中は平日だというのにそれなりに賑わっていて、中には似たような背格好の人もいた。

「あ、そうだアスカ。この前言ってた店なんだけど、ここにあるから見てく?」

確か、ここにも支店があったはず。そう思い出して提案してみると、アスカは一も二もなく食いついてきた。

「え、行く!」

「オッケー。ねぇ水城くん、アタシたちちょっと寄ってきたいとこあるんだけど、いいかな?」

「いいよー。オレらは、付いてかない方がいい?」

「別にいいよ」

水城くんたちに代わって先頭を歩く。目的の店はすぐ見つかって、アタシとアスカとヒトエだけ入っていく。

「……へー、結構あるんだねー。あ、これなんかいいかも」

「アタシが今使ってるのはこれと、あとはこれかな」

物珍しげに見て回るアスカにいくつか持っていく。と、よく見もせずにキープの体勢に入ってしまった。

「ちょ、見なくていいの?」

「スグ的によかったなら大丈夫かなーって。使ってみてどうだった?」

「まぁ、よかったけど……」

─もっと自然な方がいいと思うけど─。

 声がよぎる。ああもう、鬱陶しい。

「ならいいよ」

そう言ってアスカは他の物を見始めた。もうちょっと考えた方がいいと思うけど、信頼してもらえるのはそれはそれで嬉しいし、まあいっか。

 二つのアイシャドウを見比べて唸るアスカの横に並ぶと、アスカは手に持った二つを見せてくる。

「ねぇ直音、どっちがいいかな?」

「うーん……」

アタシ的にはアスカはくっきりさせた方がいいと思うけど、水城くんたちにも聞いてみようか。水城くんたちも待ちっぱなしで退屈してるだろうし、ちょうどいい。

「ねえ水城くーん。ちょっときてー」

手を振ると、外で喋っていた水城くんたちがぞろぞろとやってくる。

「なに?」

「いやさ、これとこれ、どっちがアスカに似合うと思う?」

色合いとかを説明して、意見を求める。

「うーん、アスカちゃんだったら割とどっちでも似合いそうだけど……翔的にはどーよ?」

「俺は……細くてシュッとしてる方がいいと思う。ほら、目元とかそんな感じだしさ」

水城くんが選んだのは、アタシが選んだのとは違う方だった。やっぱり、男女だと見方とか違うのかな。

 水城くんが意見を言うと、他の男子たちもそれに続いて賛同し始めて、アスカもそっちにすることにしたらしい。棚に戻したシャドウを、水城くんが手に取った。

「むしろ、こういうのは直音の方に似合いそうだよ」

「え?」

「あー確かに。イメージぴったり」

「スグが今してるのもそういうのだったよね?」

さっきまで離れたところにいたと思ったのに、いつの間にか輪に入ってきていたヒトエも混ざって、話はアタシのことに移った。

「直音はこう、キリッとしてるのが一番いいと思う」

「分かる。その方がスグらしいってゆーか」

「もう、アスカまで」

でも、そこまで言うなら試してみようかな。アタシに似合うかなんて全く考えてなかったけど、でも確かにこういうのはアタシのイメージにはぴったりなのかもしれない。今までも、こういうのを選んできたんだし。

 棚に置かれたそれを手に取ってみる。

─似合ってると思うよ─

─もっと自然な方がいいと思うけど─

「……ねえ。アタシってさ、もう少しナチュラルな方がよかったりするのかな」

「え?」

アスカもヒトエも水城くんたちも、揃って首を傾げる。……失敗した。

アタシは、急になに意味の分からないことを言ってるんだろう。いくらなんでも、あれに影響されすぎだ。

「ごめん、なんでもない」

失言に背を向けて、急ぎ足でレジに向かった。

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