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アタシ⑧

「ねぇースグー、暇なんだけどー。今日アイス食べに行かなーい?クーポンあるしさー」

 休み時間、ぐでっとスライムみたいに机にへばりついたヒトエがいじっていたスマホを見せてくる。そこには有名なお店のサイトが表示されている。

「なにいってんの、今日予備校あんじゃん」

「うえー、そうだった……。ダルいよー、サボろーよー」

「サボるなら一人でサボっててよ。アタシは行くからね」

「えー……このマジメさんめ」

「そりゃ真面目にもなるでしょ。受験まであと半年もないんだよ?ねえ、簾内もそう思うでしょ」

 水を向けると、ぼんやり別の方向を見ていた簾内がこちらを向く。

「……ああ、まあ、仮にも受験生だしね。ところで、今日の科目ってなんだっけ」

「英語と古典」

「ああ……」

 答えると、簾内は笑ってヒトエスライムをチラッと見る。

「特に面倒な科目だ」

「そうなんだよー!ダルいんだよー!」

 同意を得て元気づいたのか、ヒトエがアタシの制服の裾を何度も引っ張る。

「ねぇー、ただでさえダルいんだからさー、なんかしようよー、遊ぼうよー」

 上目遣いで甘えるようなことを言いながら、皺ができるほどグイグイと制服を引っ張る。

「あー!もう、分かったから、終わってからどこか行けばいいでしょ」

「ホント?やったー!」

 とは言えヒトエの言うことも分からなくはない。文化祭が終わってもう一週間、あとは受験勉強だけになって、しんどい季節になった。

 なんとかヒトエを宥めて、チャイムが鳴る前に席に戻る。っていうかアタシの席で勝手に伸びてるヒトエを引っぺがす。

 そのとき視界の隅に入ってきた簾内は、またどこかを見つめていた。

 

 今日の講義がある教室に入ると、隅っこの方に簾内が一人で座っていた。もうテキストとノートを広げて、準備を整えている。

「あ、簾内くんじゃん。おーい、簾内くーん!」

 それに気づいた水城くんが声をかける。簾内はアタシたちに気づくと、微かに微笑んで手を挙げた。

「こっち来ない?一緒に受けようよ」

 通ってる予備校は同じはずだけど、話すようになってから今まで一度も見かけなかったからだろう、水城くんは大きく手招いて簾内を呼ぶ。簾内は少し迷ったように視線を逸らして、荷物を持って席を立った。

「簾内くん、やっぱりここだったんだ。最近全然見かけなかったから、他の所に行ったのかと思ったよ」

「あー……、まあ、ここしばらく欠席気味だったから」

「お、なに、もしかしてそういう時期?サボロー来ちゃった?」

「違うけど、それあんまりここで言わない方がいいよ。商売敵だから」

「確かに」

 他愛ない話をしながら、並んで座れそうな席を探す。ちょうど真ん中ら辺に席が空いてたので、そこに座ることにした。ヒトエ、アスカ、アタシ、簾内、水城くんの順で座る。

 受験が差し迫ってきて、ここの空気もだんだん緊張感が出てくる。しばらく前までは至る所から話し声が聞こえてきたのに、今ではみんなそれぞれの手元に集中している。サボローがどうとかダルマがどうとか言ってた水城くんと簾内も、席に着くなり自分の勉強を始めたし、お昼にあんだけブーブー言ってたヒトエだって、広げた単語帳を一心に見つめている。

 アタシも頑張らないといけない。

 講師の板書と、時々挟まれる説明をノートに写す。家で解いてきた問題と違う所は朱を入れて、もう一回解き直して……あ、間違えた。

 消しゴムを出そうと筆箱に手を伸ばすと、隣に座る簾内が目に入る。みんなが下を向いて低い姿勢なのに、頬杖をついてあらぬ方向を見ている簾内は、明らかに周りから浮いている。

 え、なにしてるの?

 簾内がどこ志望か知らないけど、そこまで余裕があるわけではないはず。よりにもよってこの時期にこれって……サボロー?

 聞いてみたかったけど、この静かな空気で私語はできない。終わってからにしよう。

 聞くチャンスはすぐに来た。講義が終わって、ヒトエの要望通り寄り道することになった。簾内も誘っていつもの駅前に向かう途中、一歩後ろを歩く簾内に並ぶ。

「簾内」

「なに?」

「最近、竹馬さんとは話さないんだ」

「え」

 テンポよく動いていた簾内の足が乱れる。

「今日、ずっと竹馬さんのこと見てたじゃん。学校でもだし、さっきだって」

 教室でずっと簾内が気にしていたのは、竹馬さんだった。さっきぼんやりと見てたのも、離れた所でノートを取る竹馬さん。でも、そんなに気にしてるのに一度も話していない。

「やっぱ、文化祭から?」

「……………」

 返事はない。けど、だいたい分かる。

 ま、そうだろうとは思ってた。それしか理由になりそうなこともないし。

「……やっぱり、あんなことしたし、特に友には辛い当たり方したから」

「したから?だから話せないってこと?」

 簾内は頷く。

「そもそも、こうやって本生さんたちと普通に話してることの方が不思議なくらいだし。あんなことしたし、誰も関わってこないだろうと思ってたのに」

「別に、あれのせいで誰とも話せなくなるわけじゃないと思うけど。ってか前の方が話しにくかったし」

「それは、本生さんが特別なだけだよ」

 次の日にあんなこと言われるなんて思ってもなかった、と言って簾内は懐かしむように笑みを浮かべる。

「……珍しくはないでしょ。竹馬さんだって同じようなこと思ってるんじゃないの」

 最近は減ったけど、アタシたちが簾内と話してるとき視線を感じることがあった。もちろん珍しいからって理由で見てた人もいるだろうけど、そうじゃない人もいた。

 簾内は驚いたように目を見開く。

「友が?本当?」

歩きながらアタシを覗き込んで、勢い込んで尋ねてくる。それをペースを上げて振り切った。

「あ、ちょ、本生さ、」

「そういうのは直接本人に聞いてみればいいでしょ。影から見てたって永遠に分かんないんだから」

 それだけ言って前を行くアスカたちに追いつく。簾内はもう追ってはこなかった。

最近気づいたけど、簾内のこういう変に遠慮がちな、まどろっこしいところはまだ変わってない。これで少しはどうにかなるといいけど。

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