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The Story of Christmas

AFTER THE CHRISTMAS

作者: 藍田 恵

 クリスマスのご馳走から残り物料理へと降格してしまったターキーサンドイッチを食べながら、アリアは読みかけの本にちらりと目を遣った。

 冬休み中に読んでおけば試験の役に立つに違いない…と、そう思って意気込んで買った本のはずなのに、読む気はすっかり失せている。

 キリストの誕生日が終わるとすぐ、二つ年下の弟は友達家族とスキー旅行に行ってしまった。

 アリアが大学進学の為に故郷を離れるとすぐに、お姉ちゃん子だった弟は意気投合する友達に巡り合い、ほのかな恋心を寄せる女の子を映画デートに誘ったりして、高校生活を謳歌しているらしい。

 なんだか淋しい。

 故郷に帰れば弟が一緒に過ごしてくれると思い込んでいたアリアは当てが外れ、試験勉強以外は特にするべきことも見つけられずに途方に暮れていた。

 仲の良かった地元の女の子達はボーイフレンドと遊び歩くことに忙しく、両親は久し振りに帰って来た娘が特に予定もなく家でゴロゴロしていることに苦笑しながら夫婦で買い物に出掛けてしまった。

 自由に乗り回せる車も無いから、ショッピングモールまで徒歩で行くことは不可能。こんな田舎町に娯楽は多くはなく、人が集まる場所は限られている。そんな中、一人でぶらぶらしている姿を高校時代のクラスメイトに見られたくない。

 サンドイッチを食べ終えたアリアは、今日何枚目になるか分からないクッキーに手を伸ばした。

 このままだと確実に太るけど、母親の手作りクッキーを食べないなんて愚行を犯すほど馬鹿ではないつもりだ。このために都心の大学から飛行機を乗り継いで帰って来たのだ。

 母親の作るクッキーは、ありきたりな材料から作られているとは思えないくらい美味だった。アリアも何度かクッキー作りを手伝ったことがあるから、調理法(レシピ)は熟知している。わざわざショッピングモールまで行かなくても近所のスーパーで材料は揃う。

 問題があるとしたら、材料も何もかも揃っているのに母親のそれと同じ物が出来上がらないことだろうか。

 そうだ。今年こそはこのクッキーの作り方をマスターして、それを大学の友達へのお土産にしよう。

 思い立ったら居ても立っても居られなくなって、アリアはリビングのソファの上に鎮座している本から目を逸らすと、ダイニングキッチンから自分の部屋に向かう。高校生の時から愛用している暖かいコートとマフラーを身に着け、少し長めの距離を歩いても大丈夫なブーツに履き替え、アリアは自宅から一番近い食料雑貨店(グロサリー)に向かった。


「いらっしゃい」

 カウベルのようなドアベルを鳴らして店に入ると、同い年ぐらいの男性がレジカウンターからにっこり笑った。

「こんにちは」

 挨拶を返したアリアは店内をぐるりと見回す。ここへ来るのは何年ぶりだろう。両親の誕生日か記念日に、弟と手を繋ぎながら一緒にこの店へ歩いて来ていた頃だから…10年は経つだろうか。

 イートイン用のコーヒーとドーナツの匂い。木張りの床が軋みながら響く音。音が大きく感じるのは、店が老朽化したせい…に違いない。

 商品の陳列の仕方は昔とほぼ変わっていない。小麦粉とブラウンシュガーと卵とバター。胡桃とチョコレートチップとオートミールは家にあったはず。

 他にもちょっとしたスナックを合わせて、アリアはレジに買いたい商品を置いた。

「何を作るの?」

 バーコードを読み取りつつ、この町に特有の人懐こさで彼は訊いてくる。

「クッキーよ」

「僕はオートミール入りがいいな。あっちの陳列棚にあるけど」

「商売上手ね。でも今日は要らないわ」

「じゃあドーナツはどう? 美味しいよ」

「また今度ね」

「待ってるよ」

 軽いウインクを笑顔で受け取り、精算を終えてアリアは店を出た。

 こんな遣り取りなら問題ない。両親が心配するほど男友達に恵まれていない訳でもないのだ。大学生になって3ヶ月ちょっとでボーイフレンドが出来なくても別に気にしなくてもいい…と思う。

 それに、気になる人が全くいないわけでもない。


「あら、お帰りなさい」

「…ただいま」

 先に帰宅してキッチンに立っていた母親の目の前で買い物袋をテーブルに置くと、母親はからかうような瞳でアリアを見た。

「買うものあったなら、言ってくれたら良かったのに」

「…急に思いついたの。ママ、クッキーを焼きたいんだけど作り方を教えてくれない?」

「いいわよ。誰かにあげるの?」

「大学の友達に。お土産にしようと思って」

「パパにも少し分けてあげてね」

 がさがさと袋から材料を取り出すアリアに母親は微笑む。

「その店…。昔、あなた達がよく行っていたわね。彼、元気だった?」

「…ええ」

 心なしかアリアの耳が赤くなる。

「チョコレートとオートミール、買い置きがあったわよね?」

「ええ。胡桃も残り全部、使っていいわよ」

「ありがとう。それと…」

 もはや赤面としか表現できないほど真っ赤になりながら、アリアは母親に向き直った。

「…オートミールだけのクッキーも、作りたいんだけど…」

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