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いざ城へ

「こ、これが彦根さんの家......?」







こんにちは、私の名前はランフルート・ジャンヌ・ド・レクヌート改めベル、またまた改め宮峰実里です。......慣れないなぁ、この名前。この体、舌っ足らずだし。噛みそう。







あぁ、気を取り直して。とにかく。

ふんわりと柔らかな風が涼しい今日この日、退院を済ませた私は彦根さんハウスのデビューを迎える。今朝方彦根さんが用意してくれた黒くてシックなロングのワンピースと、足首にくるりとリボンを回したつるつるの靴。灰色の長い髪を風に踊らせて、気分も清々しく家へとたどり着いた。



しかし。目の前に聳えるのは塔にも見える巨大な城(高層マンション)である。天を突き上げるような細長い外観。光を受けて眩しいその姿。彦根さん、何者なの。







風に靡く灰色の長い髪を片手で抑えて、私は改めてその城を垣間見る。



彦根さん、実はやっぱり王族かしら。





私の横に立つ彦根さんは、どこかにまにまと微笑んでいてずいぶんと機嫌がいい。小脇に実里の最小限の荷物を抱えて、もう片方の手を私の腕に回している。

「じゃあ、入ろうか実里」

そう言うとすたすたと足早に城の方へと足を進めた。私も腕を引かれて、覚束無い足取りでついて行く。









そして第二の衝撃。透明の薄い扉が魔法のように勝手に開いて私たちを迎え入れると、彦根さんはもう一枚ある扉の前でポケットをがさがさと弄りだした。そこから小さな鍵を一本取り出すと、今度は扉の前に置かれた銀の光沢がある石版へと刺したのである。その鍵を迷いなく捻ると、先程までびくともしなかった二枚目の扉が音もなく道を開いた。





こ、これは......彦根さん、魔術まで操れるというのか。やはり王族ではないか。魔術を操り世界の理に触れられるのは王族と召喚士、その血を引くものだと相場は決まっている。





「実里、ほらおいで」

当の本人はのほほんと手招きをしているわけだが。だけども、彦根さんが王族だと言うのなら、この体の本当の持ち主はずいぶん私の生い立ちに似ているものだ。育ちの境遇なんかが特に。



私は長い髪を後ろに一度かきあげると、さっとばらつかせて彦根さんの元に歩いていく。



「彦根さん、この石版は?」

なるべく表情に出さないように、平然を装って聞いてみる。彦根さんはいつも通りの困った笑みを見せながら、私の質問に答えてくれる。

「オートロックだよ。実里にも鍵を後で渡すよ」

「オートロック......?鍵があれば私もこの魔術を?」





私は案内されるまま、白が基調となるロイヤリティ溢れる廊下を進んでいく。門番も衛兵もいない、静かな廊下である。これは物騒ではないだろうか。



彦根さんはこの数日である程度のスルースキルが身についたようだ。魔術に関しての私の質問は、たどり着いた目の前の扉へと意識が向けられて淡く意識の底に沈んでいき、新しく浮かび上がる疑問を残して有耶無耶にされる。





新たなる疑問。壁に施されたボタンを彦根さんが指先で押し込むと、ポーンと上品に響いた電子音と共に更なる扉が開いたのである。



これ......病院にもあったわね。少しばかり模様や飾りは違いがあったものの、壁にはめ込まれたボタンの位置や、扉の奥に広がる小さな小部屋は大まかに同じものと推測できる。なんと驚くなかれ、この小部屋は密室になると動くのである。誰が操っているのか不思議でならなかったけれど、彦根さんが呼び出したのかしら。これは召喚魔法の類なのか......?



いやいやいやまさか、そんな事は無い。王族が魔術の資質で随一なのは事実だが、召喚術はそもそも扱う魔力の性質が異なっている。召喚士が一般系統の魔術を多少扱うことが出来たとしても、王族が召喚術を扱うには負荷が掛かりすぎるのだ。ならば転移魔法か?いや、こんなにのらりくらりと動く転移なんかなかったと思うのよね。







うううん、解せない。





彦根さんがその部屋に入り込んだのに続いて、私も恐る恐るあとに続く。私が隣にちょこんと立ち止まると、彦根さんは慣れた手つきで扉の脇に埋め込まれたボタンをカタカタといじる。そして扉は閉ざされる。





「どちらへ向かうのでしょう?」

私は彦根さんを見上げて質問してみる。

「三十二階だよ。そこの七号室が俺と実里の家だ」





あぁ、そう。三十二階ね、三十二階。

いくらなんでももう驚かないわよ。そりゃ天を突き上げるような城だもの、そのくらいあってもおかしくないわ。おかしくない、おかしくない。



だけど、三十二階の七号室が家とは、どういう事だろう。その他は家ではないのだろうか。







しばらくすると、またポーンと上品な音が小部屋内に響き渡る。ずいずいと引き上げられていた感覚がぴたりと止まると、目の前の扉が音もなく開いた。開けた視界の先は、やはり白を基調として洗練された廊下である。







そうして彦根さんと共に廊下を進んでいき、私たちは『07』と書かれた扉の前にたどり着いた。彦根さんは先程の鍵を鍵穴に差し込んで、扉を開く。



「わぁ......」

思わず私は感嘆の声を上げた。

部屋の中は全体的に白く美しい木目の内装で、所々に置かれた小物やラグなんかは青を基調とした落ち着いてまとめられている。どことなく修道院の雰囲気を思い出させる色合いだ。



一段低く上げられた向こうに、同じく木目の扉。

そこはきっちりと閉じられていた。









私は意気揚々とその段差を踏み込んで、いざ一歩部屋の中へと入ろうとした。が、後ろから彦根さんが慌てて私の腕を掴んだ。思わず振り返ると、彦根さんはずいぶんと驚いた顔で固まっている。





「実里!靴はここで脱ぐんだ!」

きょとんである。





「え?靴を?脱ぐのですか?」

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