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驚愕の現実

私はNPCだ。

しがないファンタジーMMORPGで、クエストの看板娘。無表情の修道女で、実里なんて名前じゃない。私の名前はランフルート・ジャンヌ・ド・レクヌートだったり、ベルだったりするのだ。



私はNPCだ。

間違ってなんか無いはず。だって初めて目覚めた時からずっと、私はあの修道院にいたんだから。







だけど。

時が過ぎる事に、この状況がおかしいのか私の頭がおかしいのか分からなくなってくる。

私がいるのは未だ白い部屋だ。体が起こせるようになって、いくつか分かった事がある。





一つ目。私は宮峰実里というらしい。年齢は十七歳。火災に巻き込まれ死にかけていた所をここに運ばれた孤児基、隠し子だそうだ。



二つ目。中年の男性は私の(実里)父親に当たるそうだ。事情があって離れて暮らしていたんだよ、と言っていたけれど、私が発見されたのが孤児院だと言うのなら、理由なんてものは聞かずとも、よろしい事情では無いことくらいわかる。男性の名前は宮峰彦根。私は私の常識で、「騎士様ですか?」と聞いて見たが、面食らったように彦根さんは口を噤んだ。



三つ目。白いローブのお医者様(と言うらしい)が仰るには、私は重度の記憶障害であるらしい。自分が何者であるのかすら曖昧で、それどころか日常的な物や風景、現代日本に置いては常識とも取れるような些細な情報に欠落が見られる、と。

彦根さんはにこりと笑って「大丈夫だよ」なんて言っていたけれど、全く大丈夫なんて事は無い。







現代日本?私の知っているMMO世界に、そんな地名は存在しない。聞いたことも見たことも無い。









そうしてそろそろ自覚せざるを得ないわけだ。

ここは私の世界ではない。











がちゃりとドアが開く音がして、彦根さんが入ってきた。手には小さな白い箱を持っている。

「どうだ実里。具合悪くないか」

「彦根さん」



彦根さんは困ったように笑いながら、ベッドの脇に置かれた椅子に腰掛ける。箱を私の目の前のテーブルに置くと、私の頭を優しく撫でた。

「彦根さんって呼ばれるのは、あんまり慣れないな」

「以前の私はなんとお呼びしたのでしょう」

私は無表情のまま首を傾げた。慣れた動きだ。今の体は以前のものよりもだいぶ重くてしんどいが。

「父さんって、呼ばれてたよ。実里とは離れて暮らしてたけど、良く会っていたから」

彦根さんは困ったような、照れたような顔でそう言った。



父さんか。それは盲点だったわね。私孤児で修道女だからさ。親というものと接するのは全くと言ってもいいほど経験がない。

「父さん......ですか」

私がぽつりと呟くと、彦根さんは慌てたように

「いいんだ。思い出してくれたらでいい」

そう言って私の手に目を落とした。



そうは言うけど、貴方結構落ち込んでるよね。







「それより実里。実里の好物を買ってきてみたんだけど、食べてみないか?」

「はぁ......頂いても良いのですか?」

「もちろん。ほら」

彦根さんはテーブルに置かれた箱を手際よく開けると、私の前に差し出した。





な!なんと!

なんて不思議な食べ物なのだろう。まぁるく立体のクッキーが、上下に分かれて積まれていて、上部分には薄く細かい雪のようなものが掛かっている。そしてほのかに香る香ばしさと甘い香り。



私は知らずにごくんと喉を鳴らした。



「これは、クッキーでしょうか」

私の問いに彦根さんは驚いたようだ。

「これはシューアイスだよ。実里が好きだったアーモンドアイスのシュークリーム」





シュークリーム?そんなもの私の世界には存在しなかった。と思う。少なくとも私の知っている情報には無い。しかし微かに香り立つその匂いは、私の欲を掻き立てた。



この世界、色々と感覚が過敏に働くし。これは期待していいんじゃない?





私はほっそりとした自分の腕をそっと動かして、そのシューアイスを手に取った。表面は確かに固くて、クッキーなのだけれど、それはひんやりと冷たかった。近付けるとふわりと香ばしい香りが嗅覚をくすぐってくる。



私はそれを口元へとゆっくり運び、そっと口に含んだ。





え?何これ!美味!とても美味!!

生まれて初めての味覚に思わず感動して目が潤む。口のなかいっぱいに広がった香ばしくて冷たいクリームはすぅっと溶けて、すぐに無くなった。あぁ、なんでよ。消えちゃった?



私はもう一口、もう一口と食べ進めてついにシューアイスは見事に体に吸い込まれてしまった。







「これは素晴らしいですね。このような物を口にしたのは初めてです」

感動をそのままに口にすると、彦根さんは俯いて「初めてだったか」と呟いた。





あ、しまった。これ実里の大好物なんだっけ。落ち込んじゃった?なんかごめん。



「すみません......」

私も俯いて、素直にそう呟く。

すると彦根さんは慌てて顔を上げて、私に首を振ってみせた。













彦根さんは気を取り直して、黒く小さな平たい筒のようなものをテーブルから手に取った。それを黒くて薄い板に向けると、突然そこに人が現れて何やら語りだした。私はぎょっとして彦根さんを見る。



「彦根さん、貴方これは」

もしかして悪い人系?小人が囚われてますけど?てゆうか今のは魔法?なんだこれ。

彦根さんは私の困惑に気付かないのかなんなのか、特に表情を変えることもなく板に目線を送っている。

「気分転換にね。あぁ、でも今はニュースばっかりだな」

黒くて薄い縦長の筒を指先で器用にいじくりながら、そう言った。











そうした彦根さんを私は何も言えずに眺めていると、ふいに板の方から聞こえてくる声が耳に飛び込んできた。







『騎士様の進む道には神の加護がございましょう。お立ち寄りの際はお声掛けを。お力になれることでしょう』



ん?院長様?

板の方から聞こえてきたのは、なんと修道院のBGMと、聞き慣れた院長様の声である。





私は反対に置かれた薄い板へ反射的に振り向くと、僅かに体をそちらに乗り出して食い入るように凝視した。







これは......この風景は、私の見慣れた世界のものだ。確かに私が飽きるほど良く知っている、修道院の景色である。

あ!今私映った!!

え、なんで?私ここだよ?





映ったのは一瞬で、板の中の映像は王都グリュッセンワードに切り替えられる。









『こちらのゲーム映像は、問題となったファントム社によるMMORPGゲームのものです。今年大ブレイクしたこちらのゲームは、不特定多数のプレイヤーが同時にログインし、ネット回線を通じて自由に他プレイヤーとプレイが出来ると言うものですが、この大ブーム人気ゲームも一連の事件により、現在はアクセス出来ないと言う自体に陥っているようです。尚昨夜の記者会見でファントム社は......』







一連の事件?アクセス出来ない?

どうゆう事だ?



『またサービス再開の見込みは未だ経っておらず、ユーザーの個人情報の安否についても現在調査中との回答であり......』













えっと。何かが起きて、あの世界は今クローズ状態って事でいいのかな。サービス再開の見込みはない。私はここにいる。







待て待て待て待て。

これもしかして結構やばいんじゃないの。

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