私はしがないNPCで、王族の隠し子である。
「わたくしの本当の名はランフルート・ジャンヌ・ド・レクヌート。今はその名も捨てた身です」
何度吐き捨てた言葉だろうか。
「王族ではありません。私はベル。この通り修道院で生きるただの孤児です」
あぁ、この言葉の方が圧倒的に多いわね。
そう。残念だけど貴方アイテムが足りないのよ。私のお印が付いたレリーフ。つまり一回城荒らして来なきゃなんないわけよ。残念ね。
深い紺碧のシスタードレスに身を包んで、ホワイトブロンドの緩いパーマがかった長い髪を背中に垂れ流した小柄な修道女。それが私だ。私は知っている。この世界が仮初の作られたデータの世界で、私自身ただのデータだと言うことを。暇だと思うだろうか?残念ながらそんなことは無い。二十四時間、三百六十五日フル稼働である。おまけにこの世界は不特定多数が闊歩するMMO世界だ。こうしてぽつんと修道院の庭に佇んでいるように見えるが、現在は三百を超える程の私の別意識が絶賛王族に反旗を翻している。
どれがオリジナルかって?どれもオリジナルだ。
どれも私。......あ、一組様負けたわ。どんまいね。
終盤クエストだからさ。難易度高いのよ。ごめん。
ぴこん。軽い電子音が後ろから鳴り響く。
私は振り返って口を開いた。めっちゃ無表情。キャラ的にね。クエスト進むとデレるんだけどさ。
「なんの御用でしょう、騎士様。院長様にご挨拶はされましたか?」
もうこの台詞に関しては吐き捨てるなんて言葉じゃ足りない程言っている。一日何百万で済むだろうか。
目の前にはわらわらとパーティを組んで、思い思いのアバターに身を包むプレイヤー達。あー、その装備は辞めた方いいよ。このクエスト聖属性の敵ばっかだし。プレイヤー達のチャットは私に直接流れ込んでくる。行っちゃう?やってみよーや。とか流れてくる。
クエスト開示するなら私の吹き出しから三つ目ね。早くしてくれ。
案の定選択されたコマンドは三つ目だ。
私はいつもの通り首を傾げて
「王族ではありません。私はベル。この通り修道院で生きるただの孤児です」
とまぁ、お決まりの文句を口にした。
この後、私のお印がアイテムストレージに入ってたら新しいコマンドが増えるんだけど。まぁ無いよね。うん、知ってる。
チャットの中であれ?とかやっぱ簡単にはいかないかああ、とか流れてくる。
そう、簡単じゃないのよ。
一通りの会話が終わったところでパーティメンバーはいそいそと反対方向に歩き出した。
さようなら。また会う日まで。私多分覚えてないけど。
私の職場であるこの修道院は、このゲームを開始してから三つ目にある海辺の街の高台にある。順当にここまで進んで来るプレイヤー達のレベルはせいぜい三十そこらだ。しかし私への会話から始まるこのクエストはレベル七十はあった方がいい。何故ならばわりと終盤向けのクエストだからである。......まぁ何しろ王族に謀反起こすわけだからさ。
設定はこうだ。先代国王は子宝になかなか恵まれず、崩御寸前まで公式にお披露目されていたのは第二夫人の一人息子だけだった。当然王位継承権は圧倒的に王子の物だ。ところが晩年伏せっていた先代国王は突然爆弾発言を呟いた。第一夫人の妹との間に娘がいる。聡明で生涯愛した第一夫人の面影のある娘だ。その者に次の王位を譲る、と。第一夫人もびっくり。第二婦人爆ギレ。一人息子真っ青。
あ、でも先代国王にも理由があったの。本当なら権力闘争の矢面に立たせる事無く、平穏無事に暮らして貰いたかったらしいんだけど、運が悪いのかなんなのか王位継承権第一位の息子はとんでもない愚息で、即位したところで第二婦人に国やら実権やらは丸投げするつもり満々だったわけだ。そんでもって第二婦人はなかなかに悪どい独裁気質。その上先代国王が死んだら、故郷から愛人を呼び戻すおつもりだったようだ。先代国王の密偵は、その動きを見事突き止めた。
国の未来を憂いた先代国王は、致し方なしに私の存在を暴露したのだが。そんな事が国中に知れ渡ってしまったら、第二婦人の心象は非常に悪い。正式な声明が発表されるより前にそっと先代国王は毒殺され、愚息が見事即位する。第二婦人はとっとと私も処分してしまいたかったが、第一夫人の力添えによって難を逃れ、この修道院に隠される事となった。
まぁそれが第二婦人の逆鱗に触れて、第一夫人は体良く処刑されてしまったし、私の母に当たる第一夫人の妹は亡命中に滅多刺しになってお亡くなりになったのだが、私はこうして無事に生きながらえて終盤クエストの看板娘となったのだ。
あ、ちなみに先代国王から爆弾発言があったのに関しては中盤になって初めて知らされる新事実扱いで、プレイヤーの皆様は現国王が先代国王の隠された遺物を探し出し、国の平穏の為に尽くす騎士団というのが名目である。
プレイヤーなる騎士様達は、芽吹きの街と呼ばれる初めての街でチュートリアルがてら騎士学校の卒業試験をクリアして、卒業証明書をこの先の大都市グリュッセンワードなる街まで持っていき、王族の管理するギルドで仮登録をして、何個かだるーいクエストをこなした後王族に謁見、洗礼を受けて晴れて王宮騎士となるわけだ。
あれこれして一定までギルドポイントを貯めなくちゃ、私のお母様が最後に残した手紙は手に入らないし、その手紙がアイテムストレージに入ってないとそもそも私の隠しクエストは発生しない。一つ目のコマンドである「なんの御用でしょう、騎士様。院長様にご挨拶はされましたか?」か二つ目の「お疲れでしょうか。休まれていきますか?」しか選べない。あ、課金してもポイントは手に入りません。
ぴこん
「なんの御用でしょう、騎士様。院長様にご挨拶はされましたか?」
ふう。なかなかしんどいわ。何より飽きる。
なんかこう、私にも自由をくれないものかな。
まだ中盤までも進んでいない通りすがりのビギナープレイヤーはくるりと背を向けて去っていく。その後ろ姿を眺めながらそう思った時だった。
ヴゥン。
聞いたこともないような低い電子音と共に、私の視界も世界も真っ暗になった。落ちた。
え?落ちた?
行き当たりばったりで出来上がったストーリー。
ゲームのあらすじかいた方が面白いんじゃないか説。