真夏のサウンドオフ⑥
”九回裏二対一、二アウト、カウントは3ボール2ストライク”
再びグラウンドに目を戻すと、相手チームのユニフォームを着た選手が三塁と一塁に二人いた。
野球の好きな俊介が、凄い場面に来たなと言った。
意味が分からなかったので聞くと、2アウトでこのカウントだと投手の手からボールが離れた瞬間に塁上のランナーが一斉に走り出す為、大きなあたりでなくてもヒットかエラーでも同点になる確率が高いらしい。
つまり、我が校はピンチと言うこと。
そう聞いた後、観客席にいる吹奏楽部の中に居る森村直美を探した。
やっと見つけ出した彼女はオーボエを確り握りしめているのは分かったが僕の位置からは後姿になって、その表情までは分からない。
突然、怒涛の様な歓声が上がり目の前にいた何人もの生徒たちが立ち上がる。
背の低い僕には立ち上がった生徒たちが邪魔して森村直美もグラウンドの様子も見えなくなった。
”同点?それとも試合終了?”
ウ~っというサイレンが急になり出し、僕たちのいるスタンド側から歓喜の声が上がる。
「勝った!」
隣の俊介が教えてくれて、野村が最後のバッターを三振に仕留め勝利をつかみ取った事が分かった。
そして僕たちは秋月穂香に頼まれ、吹奏楽部の生徒たちに冷えたタオルと飲料を配り、一緒に楽器などの搬出を手伝った。
バスケットの試合の時は、知らなくて不思議に思っていた秋月穂香の持つ大型のクーラーボックスの中身が、この為にあることを今日漸く知った。
球場の外に出て、吹奏楽部用に手配されたバスへの荷物の積み込みを手伝っている時、隣に停めてあった野球部のバスに部員たちが乗り込むため集まってきた。
部員たちはバスに乗り込む前に一列に整列すると「今日は応援ありがとうございました!」と挨拶し帽子を取り深々とお辞儀をして、それぞれの荷物と共にバスに入って行った。
ただ一人野村だけが誰かを探す様にキョロキョロしている。
そして奴の視線はある一ヶ所で止まると、その方向に笑顔でガッツポーズを決めてから最後にバスに乗車した。
奴の見つめた先には森村直美が居ることは容易に想像できたが積み込みの手伝いをしていた僕の位置、そして僕の背丈では一メートル八〇センチを超える野村は確認できたが、森村直美がそれをどんな顔をして見ていたのかは分からなかった。




