揺れるポニーテール⑱
暗がりと花火の灯りで相手には分からないだろうが、恐らく今の僕は赤面している。
森村直美は、そんな僕の顔なんて見ていないのに「ば~か。何、勘違いしてんのよ!皆で花火するのに決まっているでしょ!」と、つっけんどんに言った後、僕の間近に顔を持ってきて、更に目をクリクリにして「ひょっとして今、二人きりで花火するとか思っていたでしょ!あれ?ちょっと顔赤くない?」と言って、からかってきた。
”なんだ、いつもの森村直美じゃないか”
僕は、何か心配して損をした気分だったが、それはそれで良かった。
いつの間にか花火は終わっていて、子供たちと親が後片付けをして家に戻って行き、急に辺りが暗く静かになる。
微かに風の音が聞えた。
「遅くなったね」
振り向いた彼女の顔には、さっきまでの明るさが消えてしまったような気がした。
それは花火が終わったせいだけではなく、なにか僕に隠している秘密があるのではないかと不安になる。
そして、その反面なんとなく同じ高校生というより大人の女性に見えてしまい、その色っぽさにドキッとしてしまう。
学校で面と向かって見られても何とも思わなくて、むしろ何を言われるのかいつも警戒してしまうのに、今夜はやけに変な気持ちだ。
屹度この夜の闇のせいなんだろう。
いつもは背の高いノッポで生意気な彼女が、今は小さくてキャシャで可憐に思えたり、頼りがいのある大人に見えたり、不思議だった。
家に帰るためベンチから立ち上がり、持っていたペットボトルを自販機の横にあるゴミ箱に捨てると、ゴトンと音がした。
森村直美はまだソーダの缶を持っていたので、捨てていけばと声を掛けると、彼女はまだ残っていると返事を返した。
飲み終わるまで待とうかと言うと、急いで飲むとゲップが出るから残りは家で飲むと缶を持ったまま歩き出す。
”別に急いで飲む必要なんてないじゃないか”と、僕は少し不貞腐れる。
家の前で別れて、僕は森村直美が家に戻るまでその後ろ姿を見送っていた。
彼女は自分の家の前で僕に振り向くと手を振って静かに、まるで蛍が闇の中の宿に吸い込まれるように見えなくなる。
どこかの家に吊るされた風鈴がチリンと、ひとつだけ清らかで悲しい音を鳴らし、そのときその風が森村直美のポニーテールにまとめた髪を微かに揺らす。
そのとき、薄暗い玄関先で森村直美の目から一滴、水色の涙が零れ落ちたことなど、僕には知る由もなかった。




