揺れるポニーテール⑯
「痛てぇ~!」
僕の口は、それまでの静寂を切り裂くような大きな悲鳴を上げた。
「誰!?」
森村直美が、すっと立って振り向いた。
月に掛かった雲が退き、煌々とした月明かりが尻餅をついている僕をクッキリと映し出す。
そして森村直美の潤んだ瞳も……。
「何してんの、あんた?」
その問いかけに、僕の口は逃げ出してしまいたい今の気持ちを無視するように
「空き缶が尻に刺さった!」
と思いっきり下品な言葉を発した。
「相変わらず鈍臭いなぁ、もう」
彼女が笑った。
「大体こんな所に空き缶捨てている奴が悪い」
「まあ、それはそうだね」
笑って応えた森村直美の目から涙が一滴流れるのがハッキリと見えた。
”可笑しくて涙が出ちゃうじゃない”と、嘯いた。
僕はその涙に気が付かないふりをして、人の不幸がそんなに可笑しいか!と、いつも通りの怒った口調でかえす。
”どうしたの?”と優しい声を掛けられるわけでもなく、涙の理由も尋ねられず、かといって明るい話題を振る事も出来っこない、気の利かない僕には、いつも通りの僕でいる事だけだったのが無性に悔しかった。
「だいたい夜中に一人で、こんな所に来るなんて危ないだろう!」
自分の悔しさを彼女にぶつけるように言う。
俗に言う『やつあたり』
彼女はポケットからスマホを取りだし僕の前に見せると
「この携帯カバーって警報音が鳴る仕組みなんだよ。そして鳴った瞬間にあらかじめ登録しておいた人に、現在位置を自動送信する機能もついているの。こう見えても女の子だからその点は、ちゃ~んと考えているのよ」
と言ったあと
「あんたは、どうせ手ぶらで来たんでしょ」と付け加えてきたので
「財布くらいは、持ってきているよ!」
と威張ってみせたが、それが一番危ないパターンだと思わないと言われてしまい不承不承だが、彼女の言うとおりだと思った。
森村直美がオーボエを仕舞いはじめ、それが終わるまで川面を見ていた。
そして二人でさっき来た道を一緒に引き返す。
途中にある自動販売機の前で彼女は喉が渇いたと言ったので、飲めば良いじゃないかと返事を返すと
「スマホは持ってきたけど財布は持ってきていない」
と財布だけを持ってきていた僕に、おねだりしてきて、僕は仕方なしに自動販売機にお金を入れた。
森村直美はソーダを買って、缶を開けずに僕の方にニッコリ笑顔を見せて突っ立っていた。
一緒に飲んでから帰ろうという合図なのかと思い、僕も喉が渇いたのでお茶を買って二人で自動販売機の横にあったベンチに腰掛けた。




