揺れるポニーテール⑮
夕食と風呂を済ませて部屋で教科書を開いたが、バス停からの喋らない森村直美の事が気になって全然勉強がはかどらない。
学校のバス停で僕を追い越して行く時の彼女の笑顔と、家の近くで合った喋らない顔の二つの違いが妙に頭の中から離れないでいた。
何かあったのだろうかと考えたとき一番に頭に浮かぶのは、あの黒焦げの野村の腕だった。
奴の腕が頭に浮かぶと急にムシャクシャした気持ちになり教科書を閉じて逃げる様に外に出た。
時間は未だ夜の九時前だったが、この時間になると田舎の道を行き来する人はいなくて寂しい。
家を出て右に行こうか左に行こうか迷った。
左を見て、その方向に進めば森村直美の家がある。
しかし彼女の家の前を通って、いや彼女の家の前で僕に何が出来るのか?何がしたいのか?
何も出来ない事は分かっていたし何をするか、その目的すらない。少しだけ家の前で迷った僕の足は右のバス通りへ続く道に進んだ。
バス停に近づくと丁度最終のバスが発車して、その灯りが闇の中を遠退いて行く。
バスから出た排煙の臭いと音だけが、その光とは違う世界にあり、僕の周りに留まっていた。
そのまま河川敷の土手を昇ると、不意にオーボエの奏でる悲しい雰囲気の曲が聞こえ、すこし向こうにある真っ黒な川面が月灯りを反射して所々光っているのと笛の音が同調して幻想的だった。
僕の足は恐る恐る曲の流れに導かれる様に動いていた。
土手から河原に降りるコンクリートの階段に後姿の森村直美が腰かけてオーボエを吹いているのが目に留まり、僕の足は止まる。
微かに吹く風にシャンプーの臭いがした。
悲しい旋律がムシャクシャしていた僕の心に染み込んできて穏やかに包んでいく。
心の浄化。
普段しゃがんでいても背の高い森村直美の後姿が妙に小さく見え、このままどこかに消えてしまうのではないかと不安な感じがする。
月に雲が被ったのだろうか一瞬本当に彼女の姿が真っ黒な闇の中に消えた時、彼女の奏でる曲も終わり僕はそれを追いかけるように土手を二、三歩降りていた。
鼻をすする音が聞こえて僕はハッと瞑想の世界から現実の世界に連れ戻され立ち止まる。
現実の世界を考えた場合、このような時間にこのような場所でこのように森村直美の後ろ姿を声も掛けずに眺めている今の状況に気まずさ以上のものを感じ、彼女に気付かれない様に退散しようと、恐る恐る後ずさりをした。
そのとき左足が空き缶を潰しかけてカシャっと音をだした。
僕はこのまま踏みつけて余計大きな音を出させないよう慌てて足を踏みかえたが、運動の苦手な僕の足は僕の言う事を聞いてくれずに左右の足がもつれ転倒し、そのついでに左足で踏みかけた空き缶をホンノ少し後ろに弾いたのか倒れる僕の丁度尻の位置に来ていて、バキッと大きな音と共に強烈な痛みが走った。
 




