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大切な気持ちを言葉に⑪

 卒業式で吹奏楽部の奏でる「涙のせいじゃない」を卒業生全員で歌っているときに女子たちの殆どが泣いていた。


 そのなかでも、森村直美は式が終わって教室に戻るときも涙は止まず、まるで子供のように立っていられないほど泣いていて、秋月穂香たちに抱えられながら教室に戻った。


 彼女のために僕はハンカチを沢山用意して、それが役に立った。


 そして最後のHRが終わっても、教室をナカナカ出ようとしない彼女には僕たちも先生もてこずった。


 卒業式が全て終わって僕たち八人は荷物を親に預けてカラオケ屋に遊びに行ったが、ここでも場の空気が読めていない本田がH2Oの「思い出がいっぱい」を歌ってしまい、また森村直美が泣き出してしまい止らなくなった。


 山岡沙希と鈴木麻衣子がAKBの「上からマリコ」を替え歌で「上からナオミ」と歌って励ましたが、彼女は「ありがとう。ありがとう」と更に泣き出して止まらない。


 歌うのが苦手な僕はただ宥めるだけだったが、あんまり泣き止まない彼女のために恥を覚悟で、お父さんが酔うと良く歌う「北酒場」を歌うと、その下手さ加減に「可笑しくて涙が止まらない」と言って、やっと泣き止んだ。


 夕方にカラオケ店を出て進藤は山岡沙希を乗せて自転車で帰り、本田も違う道を自転車で帰った。


 鈴木麻衣子は駅から電車で帰り、俊介と秋月穂香がT神社に寄るというので、もう一度学校に寄って、いつものバス停から帰ることに決めていた僕たちと途中まで一緒に帰った。




 学校に着くと、二人で改めて校舎を眺めてからバス停に向かった。


 空いているバスに並んで座ると彼女は余程疲れたのだろう、僕の肩にもたれ目を瞑って眠った。


 無邪気な子供のような寝顔と閉じられた長いまつ毛に微かに光っている涙が対照的だ。


 バスを降りると、僕たちは家とは反対方向の河原を散歩した。


 三月上旬の夕方の風は冷たかったが、もう直ぐ訪れる春の息吹を感じさせる草花の緑が心地好く感じられる。


 彼女は急に駆け出したかと思うと、また急に立ち止り僕の方を振り返って言った。


「ねえ!覚えている?はじめての遠足のこと」


 はじめての遠足と言われて、僕は小学校一年生の時に行った動物園のことかと思った。


「動物園じゃないよ。それよりも前!」


 僕には動物園より前に行った遠足の記憶がない。


 ひょっとしたら幼稚園で、どこかに行ったかもしれないが、どこへ行ったか全く覚えがなかった。


「あ、幼稚園のバス遠足よりも前だよ、ほら皆で手を繋いで歩いてここまで来たの覚えてない?」


 言われて見れば、そんな事もあったなと思ったが、それがこの河原だったなんて全く忘れていた。


「五月でさぁ、ここの地面いっぱいにシロツメ草が咲いていたのよ」


 辺りを見渡すと、所々に白い小さな花が咲いていた。


「私たち女の子たちで、シロツメ草の冠を作ったの。それと指輪も二つ。それでさ、そこの階段を祭壇に見立てて」


 ああ、やっと思い出した。


 そう、彼女がシロツメ草の冠を頭に乗せて花嫁さんになり、そして僕が彼女に指名されて花婿さん役をさせられて……。


「あぁ!そう言えば、この階段って」


「そう。バージンロードのつもりで使ったのよ。思い出した!?」


「ああ。思い出した」


「嫌だったでしょう?」


「確かに、あの頃は嫌だった。だって僕のほうが背も低くて、それに格好悪かったから」


「今は?」


「今?今は……そうだ!今やろう!」


「えっ?」


「結婚式」


 僕の言葉が意外だったのか、彼女はぽかんとして僕を見ていた。


 僕が「ほら!早くしないと日が暮れてシロツメ草が編めなくなるじゃないか!」と言って草を集めだすと、彼女も草を集めて、一緒に一つの冠と二つの指輪を作って、一旦土手を駆け上がる。


 夕焼けが河原の水面に沢山のダイヤモンドを散りばめている。


 彼女の頭に優しく冠を乗せ、腕を組んでゆっくりと階段を下りる。


 階段を下ると僕たちは、それぞれが持っていたシロツメ草の指輪を相手の薬指にはめる。


 夕闇が二人を包み込む中、僕は勇気を出して彼女を抱き寄せる。彼女は力なく抱き寄せられるまま僕に包まれ、僕の頭に抱きついて泣きながら「嬉しい……」とポツリと言った。


 ぼくは彼女の髪を優しく撫でながら、いつまでも彼女の気持ちと、自分の気持ちに気がつかなかった事を詫びた。


「いいの。もう何も言わないで。私、幸せだから」


 彼女が抱きついていた僕の頭を離して言った。


 僕は、離された彼女の顔を引き寄せるように、もう一度抱き寄せる。

 キラキラと光る川面を通り過ぎて行く風に、ふとあの四つのロマンスの曲が運ばれてきたように思え二人で柴色の夕焼け空をいつまでも見上げた。

『秘密』『曲がり角の向こうに君が居てくれた』『曲がり角の向こうに君が居てくれた番外編/進藤君の見つけた小さな恋』に続いて九月から書いた、この物語もここで終わりです。

 長い間、読んで下さり、本当に有難うございました。

 恋愛小説やドラマでは、美男美女が登場するのが当たり前のようですが、人にとって最も大切なものは”その人の心”だと思います。

 いくらイケメンでも、心の汚れた人は好きにはなれません。

 主人公の三木君は特別綺麗な心を持っている訳ではなく、私たちと同じ普通の心を持っています。

 少し鈍いところがありますが普通の事を普通に捉えて、決して自慢もせず、ひがむこともなく、悪口も言わないし、自惚れない。

 自分自身に当てはめたとき、この普通の事がどれだけできているでしょう?

 友達に自慢したいのであれば、野球部のエース野村君みたいにイケメンでスポーツ万能で勉強も出来る人が良い。

 でも、森村さんはチャンと分かっていて、それを選ばなかった。

 この物語で、一貫して強い心で話を支えてくれたのは、森村直美さんの三木君を好きだという強い心です。

 三木君のために曲を作り、三木君のためにお弁当も作り、三木君のために会場に行って演奏を披露します。

 勝ち気で男勝り、それに小さい三木君とは違い背の高い女子なのですが、その一途な心が、鈍感な三木君の心を揺さぶります。

 三木君のように普通でいられる大切さと、森村さんの一途な気持ちが伝われば幸いです。

 

 最後に、九月から四ヶ月、私たちの物語にお付き合いくださいまして本当に有難うございました。

 まだまだ――、いえ、まだまだまだまだ未熟な私ではありますが、今後も色々な物語を書いて、いつの日にか読者様の心の一本の枝になれればと思い、精進いたしますので宜しくお願い申し上げます。


 今日は、クリスマスイブ。

 偽りのない素直な気持ちで聖夜をお過ごしください。

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