大切な気持ちを言葉に⑩
”森村直美の好きな人って、ひょっとして、僕?”
彼女は零れた涙を拭おうともせずに、悪戯っぽい笑顔で僕の方を振り向いて言った。
「自分のことだと思わずに聞いていたでしょう」と
僕は衝動的に、彼女の手を引っ張り、道の向こう側の土手に向かった。
横断歩道の歩行者用信号が青の点滅になっていて、いつもならそんなギリギリのタイミングでは渡らないのだけど、そんなことお構いなしに彼女を引っ張って駆け抜けて土手を降りた。
驚いて僕を見ている彼女の手を離し、僕はさっきのバスに掛けた声よりも、もっと大きな声で叫んだ。
「森村直美!大好きだ!」
あとで聞いた話によると、いつまで経ってもトイレから帰ってこない僕を心配して、みんな最初は使用中のトイレの前で待っていたそうだ。
そしてようやくトイレから出てきたのは指導対局のプロ棋士のお爺さんで、入っているのを僕だと思って散々トイレの前で文句を言っていた手前恥ずかしかったそうだ。
それから後は、みんなで手分けして探して、俊介は正門の外まで出て行って探したけれど見つからなかったので、暫くの間ロビーで待つ事にしたそうだ。
正門の外まで探しに来た俊介だったら容易に僕たちの事を見つけられたはずだと思ったが、彼はそれについて何も言わなかった。
森村直美とは、土手で暫く話をしたあと分かれた。
夕方遅くなったので僕は、どこかに泊まっていけば良いのにと引き止めたが、彼女は「明日の練習もあるから、銀河鉄道に乗って返る」と言って別れた。
次の日の準決勝戦は三人とも調子が良くて決勝に駒を進める事ができたが、決勝戦では三人とも負けてしまい格の違いを見せ付けられた。
棋道部の大会が終わったあと、約束どおり皆で花火もしたし、夏祭りには榎田さんと野村も誘った。
夏休み終盤からは、高校生活最後の文化祭と体育祭の練習に入り、そして夏休み明けに最後の思い出作りに森村直美や仲間たちとそれらを思いっきり楽しんだ。
あれから僕たち二人は今迄通り同じバスに乗り、同じ教室で勉強し、そしてまた同じバスで帰っていて一見普段どおりの毎日を繰り返していたが、僕たち二人にとっては今迄の登校と言う行為そのものがデートのように楽しかった。
つき合うようになって気が付いた事が幾つかあった。
それは森村直美が物凄く涙もろいということ。
付き合うう前には生意気だと思っていた彼女の、この涙もろさは全くと言って良いほど予想外だったし、厄介でもあった。
一緒に切ない恋愛映画を見に行ったときは、入れ替え制の座席にうずくまっていつまでも泣いていて僕と、係りの人を悩ませた。
それに、彼女は凄い甘えん坊だったことにも驚かされた。
日頃は、そんな素振りも見せないのに、彼女と二人きりになると子供のように甘えてきて可愛らしかった。
十一月が過ぎ、いよいよ本格的な受験体制に入ったとき僕が森村直美に一緒の大学へ進む事を告げると、彼女は「好いけど私、女子大に行くのよ」と言われ断念した。
そして、僕たちの楽しかった高校生活の最後の日がやってきてしまう。
とうとう明日(24日)最終回を迎えます。
どうか、最後まで宜しくお願い致します。




