大切な気持ちを言葉に⑥
日頃から運動をしていない僕は、走りながらでは息が上がってしまい大きな声が出ないので、立ち止って一旦呼吸を整えて、今迄の人生で最高に大きな声を出して叫んだ。
「もりむらなおみ!」
「大好きだ、馬鹿野朗!」
叫び終わると、胸が苦しくなり、一瞬顔を下げた。
そしてその顔を起こしたとき、森村直美は僕の声に気が付くことなく、無情にもバスは緩やかな坂の頂点からゆっくりと消えて行った。
立ち止って膝に手を置いて俯く。
そうしていないと、今にも道端に倒れそうだった。
汗と涙の雫がアスファルトに、まるで雨粒のように零れ落ちている。
僕は何故、この様なときになるまで、気がつかなかったのだろう。
そう、僕の中では、それに気がつくチャンスは何度もあったはずだ。
落ち込んでいた僕に、音楽を聞かせてくれたときもそうだし。 バスケットの試合で、相手選手の罠を誰にも相談できずに焦っていたとき、なぜ彼女がいないのかと思った。 野村の応援に行ったときもそうだ。
本当に、今思い出せば、きりがないくらいなのに――。
荒い息で俯いたままの僕の背中に、誰かの手が添えられた。
俊介が僕の声に驚いて、駆けて来たのだと思い、振り向いた。
「あんた何してるのよ、こんな所で」
それは、今バスに乗って消えたはずの、森村直美だった。
彼女が今さっき消えて行った丘の道を見る。
それから近くを見渡して、さっきのバスが戻って来てはいないこと。
僕はバスの行った先と、彼女の顔を交互に見ることで、それを訴えた。
”どうして、今行ったばかりのバスから戻って来れたのか?”
「バスになんか乗っていないよ」
彼女には僕の気持ちが分かったのか、そう言った。
”いつから、どこにいたのだろう?ひょっとしたら僕が大声で叫んだことを彼女は聞いてしまったのだろうか?”
自分で言ってしまったことだが、いざ本人を目の前にすると困ってしまう。
「人前で、勝手にわたしの名前を叫ばないでね。もう、恥ずかしいったらありゃしないわ」
またしても、僕が言葉に出していない僕の言葉に対して、正確に返事を返してきた。
「ご・ごめん」
僕は、そう言って謝ると全身の力が抜けてしまい歩道に尻餅をついた。
「いったい、どこから来たの?」
まさか、バスの中から瞬間移動できる超能力者でもないと思ったが、それにしても腑に落ちないので聞いた。
「だから、最初っからバスには乗っていないって言っているでしょ。それに向こうは駅と反対方向だよ」
とバスの行った先を指差した。




