大切な気持ちを言葉に⑤
彼女が歩いていった方向目指して走る。
彼女が見つからないまま、正門の前まで来ると道が左右に分かれる。
どっちだ!?
きょろきょろと左右を確認すると、バス停に止まっていたバスの後部座席に丁度座ったポニーテールの彼女が座ろうとしている後姿が見えた。
直ぐにバス停に走ったが、鈍足の僕の足では間に合わなくて、バスが走り出しす。
離れて行くバスを見ながら、諦めて突っ立っていた。
すると、野村の応援に行ったとき、球場の裏で偶然で聞いてしまった、あの言葉が浮かんできた。
”私には好きな人がいる”
僕のために、わざわざここまで来てオーボエで応援歌を奏でて、そして僕に何も言わないで去ってく……それは好きな人のところへ行ってしまう最後のお別れ――。
そう思ったときに、様々な記憶が頭の中を駆け巡った。
エッチな視線を注意されたこと。
部活紹介で歩をやる事に戸惑っていたときの、彼女の助言。
僕のために、僕の好物のお弁当を作ってくれたこと。
噂に我慢しきれずに、僕を屋上に呼び出したこと。
そこで打たれたこと。
あの河原で、応援歌を聞かせてくれたこと。
一緒に自動販売機の前で飲んだジュース。
一緒に河原でやった花火。
今迄、なんとも思わないで、ただ過ぎていった記憶のひとつひとつが大切な宝物だった。
走り出したバスの排煙の臭いにハッと気がつき。
咄嗟に思いバスを追って駆けて走った。
届かない物に、僕はいつの間にか声を投げていた。
「もりむら~っ!」
「もりむら、なおみ~っ!」
「なおみ~っ!」
あわよくば、彼女が僕の声に気がついてバスを止め、降りてくれるのではないかと大声で名前を叫んだ。
しかし、彼女は一向に振り向かない。
バスと僕の差は、ドンドン開いて行く。




