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大切な気持ちを言葉に④

 武田君が勝ったというのに、まだ俊介は粘っている。


 今度は、僕の対戦相手へプレッシャーをかけるためだ。


 目の前にいる、対戦相手の額から汗が吹き出ている。


 明らかに精神的には、僕が有利に立っている。


 普通ならここで一気に攻めたいところだが、幻想で聞えてくるオーボエの調が僕に”待て”と囁く。


 確かにこの相手のレベルから考えると、下手な一手で墓穴を掘りかねない。


 僕はオーボエの調に合わせて、僕らしく焦らずに、いつも通りに対局を進めて行く。


 不意に、相手は仕掛けてきた。


 何通りか予想していた内のひとつだった。


 だから、比較的容易に相手の動きを逆算して、その一手先に回り込むことが出来た。


 こうなると、もう勝負は見える。 


 

 僕の勝ちが決まって直ぐに、俊介も試合を終えた。


 結局俊介は持ち時間切れの、いわば反則負けだったが、この対戦は俊介と幻聴で聞えたオーボエが大きかったと思った。


 試合が終わり、やっとリラックスした気分に浸っていると、泣きまねをしながら佐倉さんが俊介のところにやって来て二回戦で敗退したことを告げた。


 佐倉さんの後ろには、固く怒った表情をして微塵も動かないで立っている二階さん。


 そしてその後ろから、榎田さんが来る。


 僕は何か話しかけないといけないと思いながらも、何も話しかけられないでいた。


「よく決勝トーナメント二回戦まで来れたなぁ~全く君たちは凄いよ。これで安心して卒業できる」


 と俊介が、いつもより大きな声でさくらさんを褒めていた。


 その声はこの騒々しい会場でも、佐倉さんの後ろにいる二階さんや、その後ろから近付いて来ている榎田さんにも聞えたはずだ。


 ひょっとしたら俊介は佐倉さんよりも、もっと大切な人に聞かせるために言ったのではないかと思い榎田さんの表情を覗うと、ホッとしたように口元を緩ませニッコリしたが僕にはそれが切なそうにも思えた。


 緊張の糸が解け、僕は急にトイレに行きたくなり、その場から離れた。


 用を済ませた後、通路のガラス越しに外の景色を眺めると、そこにはさっきまでここで共に戦っていた学生たちが帰って行く姿が見える。


 ふと、帰っていく学生たちの中に背の高い女子がいる事に気がついた。


 ポニーテールにまとめた髪型と背格好が森村直美に似ていて、手には黒いケースを提げている。


”間違いない。森村直美だ!”


 僕が対局中に聞いたのは幻聴なんかじゃなく、実際に彼女がここに来て演奏してくれていたんだ!


”おうえん歌”


 そう言って、河原で演奏してくれた事を思い出す。


 僕は何も考えないで、慌てて階段を駆け下り外に出た。

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