真夏のサウンドオフ㉑
こんな日に、こんな場所で、しかも一応の目標を達成したとはいえ、僕は屹度野村が森村直美の返事を要求するのだと思い、そしてその森村直美がどう答えるのだろうとドキドキしながら待っていた。
出来ることなら何も知らないままいたかったのに……。
「おめでとう!さすがだね」
森村直美のほうから口を開いた。
「有難う。君のおかげだ」
野村にそう言われて、森村直美は、ただニッコリと微笑む。
「約束のことだけど……」
「うん」
「破棄しても良いかな?」
「いいけど、どうして」
「残酷だな」
「女ですもの」
「まったく君には敵わないよ。君の・・・にもね」
野村が、君のと言ったあとの言葉を濁して言ったので、僕には何のことか分からなかった。
屹度、二人だけに分かるキーワードか何かなのだろう。
まあ、もとより僕はここに居てくれと言われたから居るだけで、二人の会話など真剣に聞くつもりもないのだけど。
「敵わないでしょ!」
森村直美が悪戯っぽくニッコリ微笑むと、野村もそこで微かに笑った。
「三塁打、だったんだよ。二塁を周ったところで君が倒れるのが見えたから報告しておくけど……。そのあと三塁ベースの上で何も出来ない自分に気がついた。君に応援して貰ってここまで来られたけど、結局俺が君に与えられるものが何もないって事が……。俺には俺を支えてくれる人が必要だったけど、もっと必要なのは俺が支えてあげられる人も必要だって事に気が付いた。そして残念だけど俺が森村さんを支えられないのが三塁打を打った喜びの瞬間、止まったベース上で思い知らされたのさ。まったく自分自身をコテンパンに殴りたいほどだったよ」
野村はそこまで言うと、明日の試合は来られないだろうけど、最後の力を振り絞って頑張るから、お大事に!と言って森村直美に背を向けた。
部屋から出ていく時にドアの前で立っていた僕に目を合わすと拳で軽く腹を押えられた。
そして野村は部屋から出て行った。
野村に抑えられた腹が、なんだか殴られたように熱く感じて手で摩る。
それにしても、なんで僕が残る必要があったのか分からないでポカンとしていると、その様子を見ていた森村直美がアハハと笑う。
何で笑うのか聞くと、それには答えないで「可笑しくて涙が出る」と言って更に笑う。
体に障るので、あまり笑わない方が良いと注意すると、更に笑いだして手に負えないから諦めて椅子に腰かけて待合室で拾ってきた新聞を広げて読んでいるうちに、いつの間にか笑い声は止んでいた。
夕方遅くなって森村直美の家族と僕の両親が来たので、僕は両親と一緒に帰った。
帰り際に彼女が寂しそうな顔をしていた気がした。




