真夏のサウンドオフ⑱
周りの連中が興奮して応援している中で、僕はある異変を感じた。それは吹奏楽部の奏でる曲。
”何かがおかしい……でも何が……”
周囲を見渡しても、誰もその事に気が付かずに応援を続けている。音痴な僕が変だと思うことだったら他の人も気が付くはずだと気にするのをやめた。
相手投手が八球目を投げ野村がまたファールした。長い攻防にスタンドがどよめく。
ただ吹奏楽部だけはこのチャンスにどよめく暇もなく演奏を続けている。
そのとき初めて僕が感じた異変が何だったのか漸く気が付いた。
それは森村直美の吹くオーボエの音色。
特に音程が変だとか、リズムが合っていないとかじゃなく、彼女のオーボエから吐き出されるその音が、まるで悲鳴のように僕は感じて後ろを振り向いた。
僕から見た森村直美は吹奏楽の中にあってグラウンドのただ一点を見つめ一際清々しく凛として見えたが、それそのものに違和感を覚えた。
何かがおかしいと考えた矢先、僕の足は僕の思考とは関係なしに階段を駆け上っていた。
思考が後から付いてくる。
そう!大勢いる吹奏楽部のメンバーの中で彼女だけが汗をかいていない。
それが一体どういう事を意味するのかは分からなかったが。彼女に何かが起きていると思った。
僕のほかに、もう一人だけ彼女の異変に気が付いたのか階段の上から秋月穂香が駆け下りてくるのが見えた。
背中からキーンという甲高い金属バットがボールを弾く音が聞え、スタンドに座っていた生徒たちが一斉に立ち上がり森村直美を埋め尽くす。
もしも彼女に何事もなければ、人一倍背の高い彼女は立ち上がった中でも見えるはずだ。
しかし、立ち上がった生徒の中に彼女の姿はない。
立っている人を掻き分けて森村直美の座っていたところに到着すると、彼女はオーボエを確り抱えたまま席に倒れ気を失っていた。
直ぐに秋月穂香が来て、それを追いかけて俊介も来た。




