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選ばれなかった人

みんなの願いが同時に叶うことはない。幸せの数には限りがあって、選ばれない限りはずっと順番待ちだ。満員電車に揺られながら思っていたことが、電車から降りて歩いている間に纏り始めていた。祐介は満員電車の景色を思い返す。ぎゅうぎゅうになって立ち尽くす人と、座って口を開けて眠る人。何がそこまで違うんだろう。何をしたら、選ばれるんだろう。「なんで僕は選ばれないんだろう」と呟きかけたところで、住んでるアパートへと辿り着いた。

がちゃり。

鍵を差し込む。小さな鍵は大袈裟なくらい音を立てて部屋を開ける。祐介はその音と対照的に、静かにそっとドアを開く。鍵を所定の位置に置き、履き潰してしまったお気に入りの靴を脱いで照明の紐を引っ張った。 カチッという音がして部屋が明るくなる。 明かりの灯った部屋には誰も居ない。

手にしていたビニール袋からスーパーで値引きされた弁当を取り出し、電子レンジにそれを託す。祐介にとって、1人きりの食事なんて、単なる栄養補給でしかなかった。電子レンジが420kcalの栄養を温めている間に一緒に買ってきた発泡酒を開けた。味がしなかった。大袈裟に言ってるわけではなく本当にしないのだ。きっとレンジに入ってる栄養を食べても味なんて感じないだろうなと祐介は推測した。

テロテロとした安っぽい電子音を鳴らしてレンジが業務を終えた。祐介はあったかい栄養を取り出しテーブルに置く。

6畳の部屋にはテーブルとテレビ、ベッドといった最低限のものしかなく祐介の寂しさを増幅させた。クッションもすらなく、祐介は床に座り込んだ。一生懸命に冷気を吸い込んでくれた床は有り難いほどに冷たかった。何もかもレンジで温められたらどれだけ楽だろう。フタを開けるとうっすらと湯気を出す弁当は、予想に反してしっかりと味付けがされていて祐介はなんとなく腹が立った。誰が食べて同じ感想を持つ無難な味。決して不味くはないが美味しくもない。面白味のない味だった。祐介はそれを発泡酒で流し込む。

祐介はスマートフォンを取り出した。待受画面に見覚えのある、笑顔の似合う女性が写っている。

祐介は画面に写ってる彼女を、〈元彼女〉として未だに受け入れられずにいる。

なんで選ばれなかったんだろう。

男女の終わりにありがちな疑問が祐介を苦しめた。お揃いで買ったマフラーがダサかったから?冷蔵庫の奥の方にしまってあったプリンを勝手に食べたから?いや、そんな理由なんかじゃないだろうな。

彼女がシャワーを浴びてる間に悪ふざけで下着を隠してしまったのも〈元彼女〉にとってはゴミ箱行きの思い出なのだろうか。祐介にとってはどんな小さな思い出だって写真にして残しておきたいくらいだった。

しっかり味付けされた弁当を食べ終えてテレビをつける。お笑い番組が映った。テレビの中の人は必死に笑わせようとしてくれるのに祐介は微塵も笑顔になれなかった。テレビに映されているものが、遠い国の昔話のように感じた。

何日か前、祐介は3年付き合っていた〈元彼女〉と別れた。突然だった。これから先も長い付き合いになるんだと思っていた。祐介は次の休みはどこで何をしようかと1人で浮ついていた。

そういえば、あの時に食べていた弁当も味がしなかったなあ。

一旦距離を置いて考えなそうとその場をしのいで安心していた。ほとぼりが冷めたら、別れたい波が収まった、元に戻れる。話し合いをすることで余計に関係が拗れるくらいなら〈元彼女〉の気持ちが戻ってくるのを待った方が賢明だと祐介は思い込んでいた。関係が拗れようとも、きちんと話し合うべきだったんだ。今更気付いても、もう遅いんだけど。

何日か前に「いつになったら別れてくれるの?」と〈元彼女〉から連絡がきた。あまりの文章の素っ気なさに悲しみと苛立ちと諦めがごちゃまぜになって半ば自暴自棄気味に受け入れた。

〈元彼女〉のことを思い出すたび、祐介は体の一部が引き裂かれたような痛みに襲われる。心が、とかではなく実際に体が切りつけられたような痛み。失った愛に傷付いてる間でさえ世界は何もなかったようにいつも通り、朝と夜を繰り返す。世界に置いていかれているような気分だ。この痛みはいつまで続くのだろうか。せめて〈元彼女〉も同じように痛んでくれていればいいのに。

はぁ、と溜め息を吐き出して祐介は立ち上がった。食べ終えた弁当をゴミ箱に捨て、観てもいなかったテレビを消した。少しでも早く忘れられるように意識しながら祐介は浴室へと向かう。

       

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