玄関
最初にこの家にあがったときから思っていたことなんだが、この家は物がやたらと多い。おかげで隠れる場所はたっぷりだ。
私はねぐらに帰ろうと、玄関で待っていた。
靴が散乱している。匂いを嗅ぐとなんだか懐かしい気持ちがした。
そのときだった。
「ココカラサキハトオサヌ」
大きな身体は毛で覆われていて、野太い声の主が現れた。彼女に教えようと鳴くが、彼女は
「ご飯はさっき食べたでしょう?」
と私の頭を撫でてそいつには全く気づかない。
野太い声の主はさらに続けた。
「ここを通りたくば、我を倒してからいくがよい」
これは大変なことになった、と私は思った。
玄関のドアは開かないし、すぐ向こうには毛むくじゃらがいて立ち塞がっている。
毛むくじゃらは偉そうに反り返って私の方を眺めている。
「みーちゃん、お部屋に入らないの?」
と彼女が声をかけてくれるが、毛むくじゃらには気付いていないようだった。
「みーちゃん、お部屋に入らないみたい」
「野良だったんだから警戒してるんだろ。そのうち入ってくるよ」
と彼が返す。
毛むくじゃらには誰も気付いていないようだった。
毛むくじゃらは細長い棒のような頭を持っていて、頭の上には帽子を被っていた。
反り返ってはいるが、自立はできなさそうだ。壁に寄りかかっている。
すぐ横でプラスチックでできた体の、平たいやつが毛むくじゃらを持ち上げるように言った。
「こいつ、野良ですぜ」
「ああ、そうだな。家の中に入れるわけにはいかない。」
私は確かに野良だが、彼女は一緒に暮らそうと言ってくれた。その恩には報いたい。
私は靴の匂いを嗅いだ。懐かしいような、初めて嗅いだような、不思議な気持ちに襲われる。
しばらくは毛むくじゃらを無視して、靴の匂いを嗅ぐことに集中していた。
いい匂いだ。
私は安心する。
靴はバラバラにぐちゃぐちゃと置いてあり、秩序と言うものがなかった。汚いと言えば汚い。
もう少し片付けたほうがいいのではないかと私ですら思う。
そうこうしているうちに
「ご飯だよ」
と彼女が私にご飯を差し出してきた。
私はその場で食べた。
毛むくじゃらはまだ偉そうにふんぞり返っている。
昨日や一昨日入ってきたときにはいなかったのに、なぜだろう。私は不思議に思いながらその様子を見ていた。
靴の匂いもたっぷり嗅いだし、そろそろ部屋に入りたいところだ。
毛むくじゃらは偉そうにふんぞり返っていたけれど、こちらを攻撃することもなくただそこにいるだけだった。
私は毛むくじゃらを倒す決心をした。
一二歩下がるとお尻をふり、構えた。
彼女がお皿を取りにきたまさにそのとき、私は攻撃をしかけた。
毛むくじゃらはあっさり倒れ、私は無心に噛みついて足で蹴りをかました。毛むくじゃらの棒が長かったため、私に襲いかかる。私はステップを踏んでそれを避けた。あとはこちらのものだった。
靴の上でしこたま噛みついて足で蹴りをいれて、玄関中をひちゃかちゃにした。
彼女が慌てて毛むくじゃらを取ると、笑いながら彼に報告した。
「みーちゃんがほうきとじゃれてて靴がぐしゃぐしゃ」
彼も見にやって来て、
「これは靴箱を作るかな」
と言った。
ほうきと呼ばれた毛むくじゃらは隅に片付けられ、私は晴れてこの家の仕切りをまたいだ。
翌日、私がキッチンで寝ていると彼が帰ってきた。
てにはたくさんのワイヤーネットを抱えていた。
「みーちゃんが出ていかないようにバリケードもつくるからね」
と言ったら彼女は大喜びをしていた。
やがて、彼は器用に靴箱とバリケードを作った。
玄関がほんの少し、片付いた。