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意地悪な両思い  作者: 下駄
グリーン
4/6

小悪魔の罠(1/2)


 映画デートから2週間が経った。

別段特に変わったことはない。


ただ一つ上げるとするならば、その後の連絡で毎週金曜日は一緒に帰ることになった。


もちろん誰にも見られないように。

待ち合わせはあの書店。

時間差で退社。


だいたい、私がさき。

速水さんいわく、私が後だと顔がにやついて怪しまれそうだから。(そんなことないやい)


仕事が本当にあっぷあっぷなときは無理かもしれないけど、一緒に帰りたいから意地でも金曜日に仕事を回さないようにしてる。



今日はそんなうきうきの金曜日―――。


「市田!」


「はーい!」

 お昼をとり終えて30分も経たないうちに長嶋さんに私は呼ばれた。


「この間頼んだ企画書どうなってる?」


えっと、それなら……

「あと一週間ほどで提出できると思います。」


「順調だね。ありがとう。」

 大事な報連相。長嶋さんは相談しやすい空気をいつだって出してくれるから本当に助かってる。


「用件ってそれですか?」


「あぁううん。」

 長嶋さんは軽く首を振った。


「来月から取り掛かる仕事があって、商店街で行うイベントなんだけど。それを市田に手伝ってもらいたいと思っててね。」


「はい!」

 商店街か……また時間あるときに資料室で勉強しとこうかな?


「まぁ来月からで全然間に合うから、それは大丈夫なんだけど。

なんか下の部署が若干人手足りないらしくてね。


市田もし余裕があったら手伝いに行ってあげてくれないかな。」



「で?雨宮さんの所手伝ってんの?」

 書店から10分ほど車が進んだところだった。


意外にも速水さんから聞いてきた、今日雨宮さんと仕事してた?って。


「今わたし落ち着いてるんで。」

 それに雑務ですし―――しなくちゃいけないことだけど、でもするのは面倒なそんな感じの。


「速水さん下の部署にいるところ見てたんですか?」


「見てたんじゃなくて、見かけたの。

まぁそういう理由なら納得だけど……。」

 信号が赤で止まっている為、速水さんはじっと私を見つめる。


「大丈夫か?」


「え?」


「いや、そういうのが一番疲れるだろ?

器用じゃないのに、長嶋のヤツ……。」

 はぁと彼は一息こぼす。


「大丈夫ですよ!

それにほら!内川くんだってしてたじゃないですか、前。」

 一時彼も下の部署の手伝いしに行ってたんだよね。


「いやあれは、完全貸出しだったから。

それでも俺躊躇ったのに、アイツもいろいろ下手なとこあるから。」


「うん。」

 いろいろ下手かぁ。

彼の不器用なやさしさにくすっと思わず笑いがこぼれる。


「いつまですんの?」


「んー、来月新しく仕事が入るんで、それまでですかね?

商店街のイベントが入って!」


「てことは丸々1か月ぐらいか……。」

 彼はそこで口の端を軽く緩める。


「その仕事早くしたくてたまらないって顔してるけど。」


「えへへ!」

 彼はポンと私の頭を撫でる。



「辛くなったらいつでも頼れよ。」


「だから大丈夫ですよ。」

 心配し過ぎですとまた私は笑った。


けど速水さんはそんな私をじっと見て、

ぶつが悪い表情を一瞬浮かべて、


「……仕事の心配だけしてるわけじゃないんだけどねぇ。」

 そう言って私の頭に置いていた手を離した。


「え?」

 小首をかしげた私を無視して、彼はアクセルペダルを踏み始める。


明らかに何かおかしい。

でも、彼はそれ以上何も言おうとしない。


もしかして雨宮さんとのこと、気になってるのかな。

いやでも……速水さんの前でそんなに話したことないし――――まさか、ねぇ?


それともやっぱり、単純に私がぶきっちょだからいろいろ考えることがあるのかな。



「市田?」


「は、はい!?」


「…何すっとんきょんな声あげてんの?」


「あぁいや。」

 素直に雨宮さんのこと気にしてるの?って尋ねて、答えてくれる速水さんじゃないしなぁ。


「もう着くよ。」


「あぁ!もうですか!」


「うん。混んでたの途中までみたいだわ。」

 彼はそう言って、私のアパート近くの信号を右に曲がった。


「はい、到着。」

 それから数分経たないうちに駐車場に入る。他の部屋の人たちも既にお仕事から帰ってきているみたいで、お利口に全部埋まっていた。


「今日もありがとうございました。」


「いいえ。」

 私はシートベルトをかちゃんと外す。


「じゃぁまた、月曜日……。」


「うん。」

 速水さんの返事を聞いて、またうんと私は頷く。



それでえっとうんと、若干の沈黙のあと。


「こっち向いて。」


「っ。」

 そんな甘い彼の声を聞いて、ちゅって1回キスする。


「はずい?」

 その後彼は絶対そんな風に聞いてくる。

私の顔が火照って何も言えないことをいいことに、


速水さんの鼻が私の鼻に触れるようなそんな距離で、


私の頬を彼の左手が包み込んで、


「あっ」

 今日は意地悪だと思った。

先週送ってもらったときもこんな風にキスしたけど、


「速水さ……」

 彼の唇は首にも何度も落ちた。


ようやくそれは私から離れて、


「おやすみ。」

 片腕でぎゅっと私を抱きしめる。


「速水さん?」

 そうしてみた彼は、ほんのちょっとだけまだ私のことを心配してるみたいだった。



 次の週、早速私は下の部署の手伝いに参加した。この間の金曜日は手伝いといっても、実質その半分が説明みたいなもので、別段特に役に立ってない。

実質、この今日月曜日からが本当のスタートだ。


自分の仕事を午後14時ごろに切り上げると、私は階段をおりてった。


「失礼します。」

 扉をあけると同時に、


「お疲れ様です。」

 と何人かの社員さんに挨拶を貰う。

 

「……雨宮さんいらっしゃいますか?」

 近場の人にそう尋ねるとこっちですと奥の部屋に案内された。どうやら下の部署も上の階とフロア自体は同じ構造らしい。


「雨宮さーん。市田さん来られました。」

 部屋の扉は開けっ放しだった。あまり大きくない部屋の中央にテーブルがあって、その上には書類が散らばり大きな赤色青色の布なんかも置いてある。

その周りで雨宮さんを含め、3人で作業をしているらしく、床には多くのごみも落ちている。


雨宮さんの部署は、こういう主にイベントを行う上での道具やら機材やらを準備したり、作ったりするところだから私にとってはその光景そのものが新鮮でしばらく黙ってみたいとも思ってしまった。


「あ、市田さん!もう手伝いに来てくださったんですか!」


「はい。」

 傍に寄ってきてくれた彼にぺこりと私は会釈する。


「助かります。猫の手も借りたい状況といいますか……」

 部屋の様子を見ながら苦笑いを浮かべた。


「今は何の作業中ですか?」


「あぁこれはデパートでやるヒーローのショーの準備で。」

 どうぞ入ってください。


彼はテーブルの上の書類の一枚を手に取った。



「ラビッターっていう今子供たちに人気のヒーローらしんですけど、市田さん知らないですよね?」

 これなんですけどと見せてくれたそこには、頭に二つ耳が生えた体の右半分が青色で左半分が赤色のスタイリッシュなスーツのウサギがうつっている。ウサギといっても、顔はケッコウ凛々しく眉もごっそりふと眉で、今これが子供たちに流行っているとは若干信じがたい感じ…。


「あ、でも見たことあります。

cmで今飲み物とコラボしてないですっけ?」

 まさか子供たち向けのヒーローだなんて思いもよらなかったけれど。


するとそこで雨宮さんは

「お!さすが市田さん!」

 おめが高い!と変に興奮の声をあげた。


「まさにそのcm繋がりなんですよ、これ。」


「えぇ?そうなんですか。」

 彼はこくっとうなずく。


「まぁ基本はその会社で小さなスーパーとかを回ってしてたみたいなんですけど、隣町のそこのデパートって結構規模大きいじゃないですか?

それでちょっとうちが噛むことになって。」


「へぇ……。」

 なんかうちの会社って結構すごいのかな……?

だって、あの飲み物ってみんなが飲むような一流企業のあそこのでしょう?


雨宮さんもそんな風に驚いている私に気が付いたのか

「すごいですよねぇ。」

 と同調してくれる。


「速水さんが持ってきたのなんですけどね。」


「え?」

 私の声に彼はこくっと頷いた。


「どうやって獲得したのかとかまではさすがに知らないんですけど、まぁ速水さんなら驚かないというかさすがやり手の営業というか。」


「は、速水さんってそんなすごいんですか?」


「そっか、市田さんはそんな営業の人と関わることないから知らないですよね。

あのひと本当すごいんですよ。


長嶋さんから聞かないですか?」


「いえ、全然……。」

 飲みの場の時もそんなことはちっとも。っていうか肝心の本人でさえ、ちっとも進んで自分の仕事のことは話してくれたことないし。


「へぇ……そうなんですね。」

 そんな大きな営業が成功したなら教えてくれたっていいのになぁ。自慢してくれたっていいのに……。



「さてと、じゃぁまず市田さんには、とりあえず昼便きた荷物の確認をして頂いて……」


「はい。」


「で、みんなに配っていって頂けると助かります。

あとは出してもらいたい資料があるのと、倉庫から同じく出しとってもらいたいものもあって……。」


「はい。」

 これは思ったよりも大変そうだぞ……。


「まぁ主に宮崎っていう娘がする仕事なんですけど、彼女もいろんな人の手伝いでいっぱいいっぱいになっちゃってて仕事が進んでなくて。

だから一緒にしてもらったら、一人じゃ絶対分からないと思うし。」

 雨宮さんは大丈夫、そう言って安心させるように微笑む。


「宮崎ー!市田さんお願いね。」

 ひょっこり廊下に彼は顔を出すと、声をあげて彼女を呼ぶ。


「はぁーい!」

 と返事が聞こえてくると、


彼は「あとは彼女がしてっていうこと手伝って貰ったら大丈夫ですから。」

と言ってお願いしますと頭を軽く下げる。


「ごめんね、僕がついてあげるのが一番いいんですけど。」


「いえ。

それじゃお手伝いの意味がなくなっちゃいますんで。」

 ありがとうございますと私は微笑む。


「では。」

 私は部屋を後にして、宮崎さんと思われる娘に駆け寄っていった。


 宮崎さんはとても落ち着いた人だった。細かいところにも目が行き届くし、一つ一つが丁寧だし、想像した通りといえばそうだが、それで私よりも年齢がひとつ下だというのだから驚きだ。


それに私が少しでも困っている素振りをみせたら、「市田さん大丈夫ですか?」そう言って私にすぐ声をかけてくれる。


「雨宮さんによくよく言われてますから。」

 そう言って微笑む表情は、まだあどけなさを感じれてそのギャップに私はやられてるんだ。


たぶん私だけじゃなくて、下の部署全員そうなんだろうけどね。



 そんな彼女のおかげで最初の一週間はどうにか乗り切れ、例の金曜日。


「市田さんそれ終わったらあがってもらっていいよ。」

 7時をまわったくらいに、パソコンに向かっていた私へ雨宮さんがひょこっと声をかけてくれた。


隣で作業していた宮崎さんも「私あとやっておきますから、お疲れさまでした」と言って促してくれる。素直に甘えると私は挨拶をして、自分の部署へと戻った。


上の部署もまだ結構な人が残っていた。といっても、下の雨宮さんたちの部署ほどではないけれど。だって下の部署はまだ全員といってもいいぐらい残ってたもんね……。

そりゃ大して力になれない私の手も借りたくなるはずだよ。


「お、市田あがり?」

 そう声をかけてくれた長嶋さんに


「戻りました。」

 と一応の報告を終える。


「今日もありがと。疲れただろ?

助かってるって下の子よく言ってるよ。」


「いえいえ、全然。」

 そう否定しながらもわざわざ労いの声をかけてくれる彼の言葉は、私の疲れにじーんと染みた。


「長嶋さんもそろそろ帰られるんですか?」

 彼のデスクの上が片づけられているのを横目に尋ねると、


「あぁうん、今日はね。

週末はゆっくりしておいで。」

 と珍しく飲みに誘ってこない彼―――私、疲れた顔してんだろうなぁ。まぁ今日は速水さんと帰る日だから誘われてもごめんなさいする予定だったけど。


「お疲れさまでした。」

 鞄を持って私は会社を後にする。



 出てすぐに携帯を私は開いた。


着信一件、速水至。

そう画面にすぐに表示される。


基本連絡も私からだけど、そうして彼から連絡が来ているあたり、今日は随分と早く仕事が終わったのかもしれない。


現に、会社を出る途中、彼の部署の方をちらっと覗いたがいる気配は感じられなかったし。


周りに会社の人がいないかあたりを一応警戒して、信号を待つ間に電話をかける。


プルル――とワンコール、ツーコール…とその時。


「あれ?市田さん?」


「え!?」

 聞き覚えのある声が後方からして、パッと向くとそこにいたのは


「き、木野さん?」


「わぁ市田さん。今あがりですか?」

 肩までの長い髪を揺らしながら、彼女は可愛らしくパタパタと駆け寄ってくる。


反射的に私は通話終了ボタンを押した。速水さんと電話してるところを聞かれたらどうなっていただろう。しかし、周りに誰がいないか警戒してたのに、、さすが木野さん。恐るべし……。


「市田さん今日遅くないですか?」

 そうして近寄ってきた彼女は仕事終わりだってのに、朝見かけた時と同じ雰囲気。メイクもヘアスタイルも。何でいつもそんな崩れてないんだろう、私なんて前髪油ぎってるんだけどな。


「あ、えっと今雨宮さんのところ手伝ってて…」

まぁそんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだけど!


「そうなんだぁ!どうりで最近一緒にいると思った!」


「見かけてました?」


「そりゃもちろん!

なんか……良い感じだし?」


「いやいやいや。」

 ふふふとアヤシイと笑う彼女に、やめてくださいねと軽く断りを入れる。速水さんに変に入れ知恵もしてほしくないしさ。


信号がそこで青になったので、私たちはとりあえず渡り始めた。


「あ、そういえばこの間速水さんともなんか話してたよね?」


「え!?」

 不意打ちの彼の名に一瞬私は手のひらの携帯に視線をやる。そして、すぐに違和感を持たれぬよう「話してましたっけ?」と柔らかく答えた。


「なんか肩に触れてたし」

 か、肩に触れてた……?もしかしてあれかな。速水さんが肩についてたゴミをとってくれたあの時、まぁ正式にはゴミをとったフリをしたときなんだけど。


「まさかねぇ~」

 木野さんはふふふふと含み笑いを浮かべる。


「そ、そうですよ~」

 私もつられてふふふふと笑う。

木野さんどこで見てたのよ、すっごいこわいし!


現に彼女の顔をろくに見れていない。というか、専ら目線は下…。

だからもうそこまでバス停が来ていたことに私は気づかなかった。


「あ、市田さんバスでしょ?」


「え?」


「バス停過ぎちゃうよ、こっちきちゃぁ。」


「あ、あぁ!」

 た、助かったぁ。もう逃げれないかと……。


「じゃぁまたね~!私こっちだから。

また速水さんたちと飲もうね~。」

 ふりふりと両手を胸前でふる彼女に、愛想笑いを浮かべると彼女が角を曲がるまでその姿を見続ける。


もう大丈夫だと確信がもてるまで私はそのまま、それから1分ほどして再び彼に電話をかけた。


「もしもし?」

 彼の低音が私の右耳に聞こえてくる。


「あ、速水さん?」


「なんかさっき電話きった?」


「あぁ、ごめんなさい切りました!

ちょっと……ハプニングがあって。」

 苦笑いを思わず浮かべる。


「なに、誰かいたの?」


「あー、うーん。まぁいんです。」

 木野さんに牽制されてたなんて言えない、何でもないですと告げると本屋に向かえばいいかとすぐに尋ね返した。


「いいよ、そっち向かう。

まだ会社近くだよね?あそこの、近くのコンビニでい?」


「それはもちろん。でも本屋でも大丈夫ですよ。」

 随分待たせてしまっているし、本屋でいるであろう速水さんをまた動かせてしまうのも…


「すぐ行くからそこいて。」


「……うん。」

 全部言い終える前に返ってきた言葉に私はおとなしくうなずくと、バス停横の信号を渡って3分も経たないうちにあるコンビニに足を踏み入れた。


そのまま中に入らずに、かといって店前で待つのは目立ってしまうので、若干影になってる建物横にひっそりと佇む。


「こわくない?もう着いた?」

 頃合いを見て彼がそう尋ねてきた。聞くと、通話をスピーカーモードにしているらしく、おかげでずっと電話は通話中。


「着きましたよ、横に立ってます。」


「分かった。今、信号待ち中。」


「うん、分かるよ。」

 たぶん指示器の音。止まってるからずっとカチカチ電話向こうでなってる。



「もう着くから。」

 続けて彼が口を開く。


「うん。」

 とは言わなかった、


「早く来てよ。」

 そんな風に私は言ってみた。どうしてだかは分からないけど、あれかな、疲れのせいか甘えたくなってるのかもしれないな。


「速水さん?」

 そんな私の言葉に驚いてるのか、変に思ったのかなかなか返事をしない彼。

なんちゃって、冗談ですよと私は紡ぎかける。


でも、そうする前に彼が返してくれた言葉も意外やいがい。


「うん、会いたいね。」


「え?」


「なんか俺も早く会いたい。

市田会ったらすぐぎゅーして。」


「……なっ。」

 なんつー破壊力あることを…!

すぐに自分でもかぁっと頬が上気したのが分かった。


そんな私を無視して、


「あ、もう着く。」

 一方の彼は冷静にぽつり。


「え!」

 ちょ、ちょっと待ってくださいよ!どんな顔して目を合わせたらいいか分かんないだけど!?


すぐにブーンと見覚えのある車が駐車場に入ってきた。私の目の前に彼は車を止めて、一言―――「着いた。」


「ばか。」

 携帯をそのままに私は助手席にドキドキしながら乗り込む。


「あれ、ぎゅーは?」

 間髪入れず笑いながら手を広げて見せる彼。ネクタイも軽く緩んで、すっかり会社おわりの速水さん。


「し、しませんよーだ。」

 まだ火照ってる頬を隠すように、彼の香りに酔いそうになりながら、カチッとシートベルトをしめて私は無視。


「つれないな。」

 速水さんは少しだけ不満そうに、でも笑いながらいい加減電話切らないとねと通話終了ボタンを押して見せる。



 そのまま彼は帰路へと車を走りさせ始めた。煌びやかな4車線ある表通りを信号に一度もかかることなく、車が通り抜けていく。


「今日は速水さん早く終わったんですね。」

 そんな様子を見ながら早々に私は口を開いた。


「あぁうん、結構ね。

ちょうどキリがよかったから。

今日はあんまり内川に邪魔されなかったし。」

そう話す速水さんは確かにいつにもまして余裕な様子。顔も疲れを感じさせないし、表情を崩す速水さんにつられて私も笑ってしまう。


「市田は?下の部署行ってたんだろ?」


「あぁはい。ご存じでしたか。」

 見かけたのかな、下にいるとこ。


「木野からね。」


「あ……」


「なに、あ?って。」

 

「あぁいやいや。」

 木野さんから教えられてたのか。


って、


「なんか言ってました?木野さん。」

 さっき嫌な気出してたし。


「なんかって?」


「いや別に!」

 まぁ大丈夫か、速水さんに変なところはないし。杞憂に過ぎないよね…?


「何時から行ってたの?

あんまりデスク座ってるとこ見かけなかったけど。」


「今日夕方前ぐらいからもう下の部署に行ってて。」


「そんな早く?」


「あぁはい。」

 って速水さん私のこと仕事中見てたんだ。気にかけてくれてたんだな―――心配させといてなんだけど、にやついちゃうよやばいやばい。

私はわざわざ手で自分の口端をきゅっと持ち上げる。




そんなお気楽ぽんちな私をいざ知らず、


「そんなに早く手伝いいって大丈夫?

仕事もだけど気づかれするだろうし…」

 なんてまだ案じる彼。


本当に心配してくれてるんだろうな、珍しく私みたく彼の眉が八の字になってるし。

でも、速水さんて…


「ちょっと過保護。」


「誰がだ、こら。」

 あ、やばい口から洩れてた。



「あ!

っていうか私聞きましたよ、雨宮さんから!」


「なにを?」

 

「ラビッターのCMの!速水さんが獲得してきたって!」

 知らないなんて言わせないぞ。雨宮さんから全部聞いてるんだから。


「今私、その手伝いをしてるんですよ。」

 直接的には雨宮さんだけど。本当の本当に間接的にだけど。


「あー、あれか。

そんな獲得してきたっていうようなもんでもないよ。」

 ただそこの会社の人とたまたま知り合いってだけで。本当偶然。


「だからそんな目を輝かせられると困るんだけどなぁ。

市田ちゃん?」


「え?」

 ちらりと覗いてきた彼の視線に、一瞬どきっと心臓が跳ねる。


「そんな嬉しんだ。」


「……う、嬉しいですよ。」

 速水さんと一緒に仕事できてるみたいで、力になれてるみたいで。


速水さんが思ってる以上に、ケッコウけっこう興奮してる。


「本当かわいーな、お前は。」

 信号に捕まったのをいいことに、ぐしゃぐしゃ彼は私の頭をかき撫でてくる。


「もう……絶対ばかにしてる。」


「はぁ?かわいーって言ってるじゃん。」

 笑いながらもう一回速水さんは私の頭をぐしゃぐしゃ。


「違います。その言い方は違うもん。」

 かわいーって横文字が入った時点で、子供っぽい可愛いって意味だもんね。


「もうぐしゃぐしゃ禁止!」

 なんだそりゃと笑いながらつぶやく彼を無視して、パッと彼の手を掴むとハンドルへと半強制的に戻す。


「まぁとにかく俺がダイスキってことだよね。」

 にもかかわらずからかいをやめない速水さんに、


「ほら!信号赤ですよ!」

 そうしてようやく逃げ切る。


そりゃ大好きだけどさ、そりゃそうなんだけどさ。


「……速水さんの意地悪。」


「益々かわいー。」

 最後にたまらず私はべーっと舌を出した。


「そういえばさ。」


「何ですか?」

 次からかってきたら無視してやるんだから。彼は私の家近くの信号を右に曲がる。


「この間映画見た時さ入ったカフェで話してたじゃん。」


「はい。」

 初デートの時のことだよね。


「で、そん時映画またいっぱい借りようかな~ってぼそっとつぶやいてたじゃん。」


「んん!覚えてます、覚えてます。」

 確か大興奮しちゃって、映画を制覇したくなったんだっけや。それも洋画に限ってとかじゃなく、いろんな映画で。


「結局なんか借りたの?」

 彼はそう尋ねてきながら、私のアパートの駐車場に車を進めた。


「それが…まだ。」

 どうせ見るならゆっくり週末に楽しみたい。だからいつもだいたい金曜日に借りに行ってたんだけど最近は速水さんと一緒に帰ってるから―――あ、じゃぁ……


「速水さん来週も一緒に帰れますか?」


「え?あぁうん。」

 彼は若干小首をかしげながら小さくうなずく。



「もしよかったら来週レンタルショップ寄りません?

速水さんおススメのとか知りたいし…。」

 どうかな?ちょっと緊張してしまった私は、まだ解かないでいるシートベルトを握る手に自然と力が入った。


「あ、いやそりゃいんだけど。」


「うん?」

 けど?ってなんだとぱっと私は視線を彼にやる。

すると速水さんは珍しく慎重な様子で、頬を人差し指で二度かいて。


「ていうか俺の家に来ないかなーって。」


「え?」

 一瞬私はきょとん。


「俺の家DVDケッコウあるから。

市田と見たら面白いだろうなってこの間話した時も密かに思ってて。」


「あぁ…えっと。」

 予想以上の提案に頭の中がなかなか働かない。


「レンタルショップ寄って、何個か借りてもいいし。」


「うん。」

 そこでようやく意味を理解する―――そして、仕事帰りに速水さんの家に行くってのがどういう意味なのかも。


「どう?やっぱ何回か来てるからとはいえ、躊躇いある?」


「いやそれは別に……」

 そうだよね、急に言われてびっくりしたけど付き合う前には看病しに行ったり、ごはんを食べに行ったり何度かお邪魔してんだ。しかも私本位だったし。


けど付き合う前で“そう”だったんだ。キスとかしてたんだ。

今は付き合ってる―――その事実があの時とは違う。


もしかして、もしかして……?


「別に変な意味じゃないから。」

 そう速水さんも言ってるけど、意識しない方が無理だよね!?


 そんな私の様子に気を遣ったのか、


「まぁまた考えといてくれたらいいよ。

来週じゃなくてもいいし。」

 と言って、変に微笑んで彼は話を切り上げようとする。


「あ、いや!」

 そんな速水さんをすぐに私は引き留めた。


「来!週で……。」

 そう答えた私の口調は、“ら”が以上に大きな声で、“で”はすごく小っちゃい。


そんなへんてこりんな感じだから益々恥ずかしくなって、かぁっと頬が赤くなったのが自分でもわかる。だから言葉を発し終えて、すぐに私は膝小僧に視線を逃げ込ませた―――変に意識してることが絶対速水さんに伝わったと思ったから。


速水さん、からかってくるだろうな。

「なに、その言葉遣い」とか「あほなイントネーションだなぁ」とか。


けど、彼が発したのは思いもよらぬ言葉。

すっごくすっごく嬉しい言葉。


「……まじか。」

 そう、手の甲で表情を隠しながら。


「っ。」

 それがどういうときにする仕草か私は知っいる。

照れやな彼が、素直じゃない彼が感情を無理やり隠す。。


「断れると思った……。」


「な、なんでですか。

断るわけ、ないよ。」

 いじらしくて、彼の左手のスーツをきゅっと掴む。その顔が見たいってのも理由の一つだけど。


 だがそうしても尚、彼はぷいっと外に顔を向けて私の方を見てくれない。

いつか見たいなぁ、速水さんが私みたく顔を真っ赤に染めてるとこ…。


「速水さん。」


「ん?」

 どうしたと優しく彼は言った。

落ち着いたのか、そこでようやく私の方を向いてくれて。


「今日、待っててくれてありがとうでした。」


「はいはい。」

 そう荒く言いながらも見える表情はさっきよりも柔らかい。

ぽんって私の頭に大きな手を置いて、安心させるように撫でてくれる。


「んふふ。」


「なに分かりやすくにやついてんの。」


「にやつかせてくださいよ。」

 幸せなんだもん。


「困ったやつだなあ。」

 そう言いながらも、速水さんも私と同じように笑ってくれてる。そしてぎゅうって抱きしめてくれる。運転席と助手席の間に若干ある隔たりが煩わしいぐらいに。


「速水さん、隣人さんとか帰ってきたらどうしよう?」

 もうかれこれ15分はこうして駐車場で喋ってるし。


「ぱって離れたらばれないよ。」


「んーでも離れたくないや。」


「ばかだなぁ。」

 私たちはくすくす笑う。


分かってるんだよ、なんだこのいちゃつきって。

どこぞのバカップルだって。


でもね、すっごく今はこうしてたくて。


「市田。どうしよ。

来週すっごい楽しみだ。」


「……家デートだからでしょう。

速水さんいやらし!」


「はぁ!?何だよそれ。」


「冗談だってば。」

 笑いながら私は彼をぎゅってまた強く抱きしめる。



 それから何度速水さんは私の名を呼んでくれただろう。

あまり好きじゃなかった名前が、彼のおかげでどんどんどんどん好きになってくみたいに。



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