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意地悪な両思い  作者: 下駄
グリーン
2/6

一緒の帰り道


緑色:


新鮮な気分になりたいとき。

周囲から慕われやすくなる――恋愛運、人気運、社交運をあげてくれる色。



 週末明けの次の日の朝、普段通りの時刻で私は家を出る。

会社まで約20分。当然ながら、いつにも増して眠気を感じるのは昨日した遥との電話のせいだろう、会社までの道中こぼれる欠伸の大きさも数も何だかおかしかった。


 会社に着くと、会社の人たちに挨拶をこぼしながら、羽織っていた上着を脱ぎ椅子に掛ける。


「市田、鞄置いたらあとで来てくれる?」


「はい。」

 そうしている短時間にも声をかけてきた上司の長嶋さん。朝から忙しいのか、手元にたくさんの書類を抱えてオフィスルームを歩きまわる。

そんな様子に触発を受けた私は、鞄をすばやく置くとすぐに彼の下へ駆け寄る。


「これ企画書の直しで。」

 と、手渡されたのはA4サイズの見覚えのある書類の束。


ま、見覚えあるのは当然だよね。先週彼に提出したばっかの奴なんだから。唯一違うのは真四角の大き目な付箋が、見えるだけでも3つは付いているってこと。


「あ、あとこれみんなに配ってほしんだけど。」


「はい。」

 そう言って続けて渡してきたのは、10枚ほどに束ねられた先ほどのよりも小さめのB5サイズの用紙。付箋はないが代わりにアンケートと上部に題して、お利口に数字がいくつか並んでいる。


けど社内アンケートなんて珍しい…というか私にとってははじめてで、、


「3年ごとに社内旅行あるの、市田知ってる?」

 そんな戸惑った私に気づいたのか、長嶋さんはそれが何か教えてくれ始めた。


「あ、えっとちらっとどこかで聞いたような。」

 確か福利厚生の一部で、3年ごとに会社全体で旅行を行うんじゃなかったかな。


「うん、それのアンケート。

どんぐらい参加するかーとか、どこに行きたいとか希望あるかみたいな。まぁあんまり採用された試しなくて、結局毎年定番の温泉なんだけど。」

 ちらりと彼は若干アンケート用紙を苦く見つめる。


「市田温泉好き?」


「えぇ、まぁ…。」

 子供のころは家族でたまに行ってたし、お風呂上がりの牛乳がすっごいおいしかったっけなぁ。


「大人になってからはでも一回も行けてないんですけどね。」

 それこそ遥と行ったりだってしたいけど、休みの予定を合わせるのもなかなか大変ではあるし。


「じゃぁ丁度いいかもだね。


市田は社内旅行初めてでもあるから、ほかの部署との交流もできて勉強にもなるよきっと。」

 まぁ旅行の予定は12月だから、まだまだだけどねと最後にこっと彼は笑った。



 それからアンケートを部署の全員に配り、回収を夕方に持ち越すと、一枚余分になぜか余ったアンケート用紙をデスクの引き出しにとりあえず片す。


そうした次に、付箋で指摘された箇所を改めて見直し始めると、思った以上手直しが必要な状態にガクッと思わず頭が落ちた。それこそ午前の仕事時間は、そいつに全部奪われちゃうぐらいに。


はあーあ、月曜から残業決定ですか。

本当は別の書類に取り掛かろうと思ってたんだけどな。

そんな気も知らないで、付箋たちは俺の相手からだよと忌々しく見つめてくる。


はいはい取り掛かりますよーだ。

やっと諦めれた私は手を動かし始めた―――でもその前に。


もういっこ。

私はちらりとパソコン脇の隙間を覗いた。


うん、出勤してる。


隙間の先に見えたのは、大きな背中。そして藍色のスーツ。

藍色のそれは、いつも私に教えてくれる。


それが速水さんだって。


 変なもんだけど、こういうの恋愛パワーっていうのかな。彼の背を見ただけだってのに、自然と英気が湧いてくる。一日の元気の源、それが速水さんの存在。


彼には絶対言えないけど、本当は心の底でちょっぴり思ってる。

彼にとっての私もそうだったらいいなって。


「よし!」

 私はキーボードをたたき始めた。



もう13時か……。

 そうこう仕事に取り掛かっているうちにいつの間にか時間は経ち、そろそろお昼をとりにいかないとという時刻。


「市田。」

 再び長嶋さんがふらっと声をかけてくる。


「さっきのアンケート余りなかった?」


「一枚だけならありましたよ。」

 ほらここにと、しまっている引き出しを開けて見せた。


「それ、内川に渡しといてくれない?あとで。

隣の部署足りなかったみたい。下の階行ってた時に内川にそう言われたんだけどさ。」


「そうでしたか、じゃぁ渡しときますね。」

 忘れてしまわないように、早めにキリがよいところで内川くんの所へ行こうと頭の片隅で私は思う。


「あ、市田昼飯はとった?」


「いえ、まだですけど。」


「丁度いいし、今とったら?体もたないぞ。」


「あ、そう……ですね。」

 「うん」と心配気な様子で頷く長嶋さん。


本当は今やっている仕事が終わってから、ご飯をとりに行こうかと思ってたんだけど……


「じゃぁ、これからお昼いただいちゃいますね。」

 そういうことならキリの良いところ関係なしに、昼食を先にとっちゃおう。


「うん。」

 私の返事に納得したのか彼はデスクに戻っていく。


あ、でもお昼とってたらそのうち忘れてるだろうから、アンケートだけ内川くんに渡しに行こうかな。

ちょっとだけどきどきして私は席を立った。



内川くん、内川くんはと…。

隣の部署へ歩み寄っている間も彼の姿を視線で探す。


……あれ。

しかし、隣の部署へ着いたというのにいつも座ってる席に彼の姿はないし、彼らしき存在もそこには見当たらない。


それならば緊張しちゃうからあんまり会社で話したくないのだけれど、最終手段の速水さんにと思ったが、彼も今は席を外しているらしく速水さんの姿も捉えられない。


んーどうしよっかなぁ。

唯一そのふたり以外で飲みに行ったことがある、女社員の木野さんも今はいないし、こんなにも全員が全員いないなんて、ひょっとしたら会議でもしているのかもしれない。


まぁ、つくえの上置いておけばいっか。

そんな話したことがあるか分からないような社員さんにわざわざ声をかけてまで、伝言を頼むようなことでもないよね、?



「お疲れ様です。」

 そうして私は、椅子に座ってお仕事に向かっていらっしゃる何人かの人たちに挨拶をこぼして、彼のデスクにアンケート用紙を忍ばせる。


用紙を見たら長嶋さんが置いてくれたんだなと思うだろうと、特にメモも落とさないでおいた。


これでオッケー、さてさてお昼。

速水さんと顔を合わせることになっちゃうかもって、向かう前はどきまぎしちゃってたけどそいつは余計なことだったらしい。

ぐーんと伸びをしたい衝動を抑えながら、そっと隣の部署から私は離れていく。


「市田。」

 すると不意に私の名前を誰かが呼んだ。声が聞こえてきた方向からして、階段に通じる扉がある方向からだと思う。


ぱっと振り返ると―――う。



速水さん。



「何してんの?」

 ガチャンと彼は後ろ手で扉を閉めた。


「…お疲れ様です。」

 ちょっとためらいながら私は声をこぼす。


周りをきょろきょろ軽く見渡して、木野さんがいないことに軽く安堵した。木野さんは速水さんのことがおっかないぐらい好きだからね。


それしたってよりによって、話しかけてくるのが階段前なんてな。メインルームでそこはケッコウ目立つ場所なんだぞ、速水さん分かってる?


「アンケート用紙の余りがないかって内川くんに頼まれて。それで。」


「あぁ、そっか。」

 そう返事した速水さんは外にでも出ていたのか、鞄を手に提げていた。


「今から昼?」


「はい。」

 万が一にでも話の内容を誰かが聞いていたとしても大丈夫なように、私はビジネス会話を徹底。


それなのに、

「……なんでそんなキンチョ―してんの?」

 肝心の速水さんはくすっと笑ってくる始末。


「速水さんと会社で話してるからでしょーが!」

 なんて白状したいけど、当然言えるわけでもなく。


「してないですよ。」

 そんなこと聞かないでくださいと訴えるように、意地らしく私は答えるだけ。


 まだ付き合うこと会社でどうするかとか話していないけど、ちゃんと速水さんとどうしていくのか話とかなきゃ。


速水さん、今会話した感じだと特に隠す気なさそうだし―――私は黙っていたい派なんだけど、、ちらっと彼の顔を盗み見る。


本当余裕だな、速水さんは。

私と違って堂々としてくれちゃってますよ。


「…じゃぁそろそろ行きますね。」

 違和感を周りにもたれるまいに、おいとましようと踵を返す。


「あ、市田。」


「へ?」

 途端、パシッと私の手が掴まれた。


「ここ、ゴミついてる。」

 彼は一歩私に近づいて――その距離約15センチ。


「ちゃんと確認しろよ。」

 ふっと私の肩に柔らかく触れる。


「あ、ありがとう…」

 ございますまで丁寧に言うつもりがったが、その言葉は後に続かなかった。


「今日、帰り待ってる。」


「っ…!」

 私にしか聞こえない声でぼそっと呟いたその言葉に丸め込まれてしまったから。


「じゃぁお疲れさま。」

 にやりという効果音が似合いそうな笑みを彼は浮かべてその場から去っていく。


糸くずがそう言うためだけについた嘘だというように、提げられた彼の手はスーツの横でわざとらしくパッと開いたまま。


あーもう。

思わず火照ってしまった頬の熱を溶かすように、私は手の甲を顔に当てた。



 ブーブー…

 鞄の中で微かに振動している携帯のバイブ音。


一緒に帰ると約束したその人よりも早くに仕事を切り上げた私は、そのまま会社で待っているわけにもいかないので近くの本屋で暇つぶし。


店内にいくら音楽がかかっているとはいえ、曲の音量はほんの嗜み程度。本を買い求めている、他のお客さんの邪魔になるのは悪いから、パラパラとめくっていた雑誌をあわてて平台に置きなおし携帯を取り出す。


 スマホを開くと、連絡をくれた本人の名前が表示されて


『待たせてごめん。仕事終わったよ。』

 メッセージが画面に広がる。


残業残業と朝嘆いていたくせに、終わってみれば彼の方が大変だったんだからなんだか申し訳ない。


 私は雑誌を改めて平台の上にきちんと置くと、本屋を出ると同時に電話をかけた。かけた人は、もちろん今連絡をくれた相手と同じ人。


本屋で暇つぶししていることは、彼に伝えているから大丈夫だろうけれど、その後来た文面での彼からの連絡によれば、本屋まで向かいに来てくれることになっている。


今から駐車場に向かってきてくれるところなのか、それとももう待ってくれているのか。


何回電話をしてもどこか緊張してしまうそれに、心臓を鼓動させつつ


「もしもし。」

 5回目のコール音が終わると同時に、速水さんの声は私の耳に届いてきた。


「お疲れ様です。」


「うん、お疲れ。」

 彼の低音が心地よく広がる。


結構速水さんの声好き。

まだ一回も本人に伝えたことはないけど。



「もう駐車場いてくれてますか?」

 とりあえずお店の入り口から出て右に足を進ませてみた。きょろきょろと彼の車と思わしきものを探し始める。


「うん。入り口近くらへんなんだけど、分かるかな。右だよ。」


「右?あ。」

 方向あってるかなと迷いつつも駐車された車を2、3台追い越したところで、見覚えのある車種が目に入った。


「見つけました!」

 それでも少し不安に思って試しに手を軽く振ってみる。


「…俺も見つけた。」

 子供かよって笑いながらも同じように手を振ってみせてくれる彼。


「速水さんも子供っぽい。」


「おい。」

 くすっと私は冗談ですよと笑った。


続けて、よいしょっとと彼の助手席の扉を開ける。


「お疲れ様です。」

 座ろうとする前に、彼に顔だけ覗かせてひょっこり挨拶。


「……お疲れ。」

 笑われたばかりだというのに、またしてもそこで速水さんに笑われてしまった。


お疲れさま何回言ってんの?ってばかりにさ。


でもしょうがないじゃん。お疲れ様です以外に挨拶見つかんなかったんだもん。


…たぶん緊張のせいで。



 電話をその場で切ると、車内に進みいりドアを閉める。

静かな車内―――相変わらず中も整頓されていて、なにかと溜まりがちなジュースホルダーも運転手側しか埋まっていない。綺麗好きな速水さんらしいといえば速水さんらしい。


「ごめん、待ったよな?

仕事ちょっと長引いて。」


「いえ、大丈夫ですよ。」

 彼は気にしてるけど、私的にそんなに待った感じはしていない。現に本屋にいたのは15分ぐらいだし。


「ならよかったけど。」

 速水さんはちらりと私を見つめる。


「疲れてない?」


「大丈夫ですよ。」

 もういちいち優しんだから。


「じゃぁまぁでよっか。」

 ここで話してるのもなんだし。


「はい。」


「スーパーとか寄らなくて大丈夫?夕飯とか。」


「昨日の残りもの食べるので。」


「そっか、ならいいかな。

ご飯食べに行ってもいいけど、月曜から疲れちゃあれだからね。」

 速水さんは私の顔を見て口元を柔らかく緩める。


別に私は食べに行ってもいんだけどな、速水さんとなら。

全然疲れないし、むしろ……回復できちゃう。


そう思っていたけど、言えなかったのはまだ付き合って浅いからなのかな。。よくわかんない。


 速水さんはその間にエンジンをつけ、


「じゃぁ出るよ。」

 と言ってハンドルを左に切る。


「お願いします。」

 返事したときには、お店からこぼれる明かりも届かなくなって車の中は真っ暗闇だった。


 車道に出てからも、相変わらずおぼつかない会話の私たち。帰ったら何食べるんですかとか、今週もお仕事忙しそうですかとか。


って違うか。おぼつかないのは私だけで、速水さんは終始余裕そう。


だって、

「会社で話しかけた時、なんであんなうろたえてたの?」

 そう意地悪そうに笑みを浮かべながら、私に尋ね返してくるぐらいだもん。


「う、うろたえてなんかないですよ!」


「ふーん。」

 オウム返しのように否定するしかできなかったあたり、彼にはばればれだろうけどね。それこそ何もかも。


「照れちゃって。」


「照れてないです。」


「はいはい。」

 速水さんはくすっと笑い声をあげる。

付き合ってからも速水さんってば意地悪なんだから。


「でも、悪いのは速水さんですよ。」


「ん?」

 前の車のブレーキランプが赤く光り、速水さんも同じようにゆっくりブレーキをかけていった。


「あんな目立つところで話しかけてきて……。」


「やっぱりうろたえてたんだ。」


「も!」

 またそういうこと言う!


「……速水さんは、別に隠す気とかないんですか?」


「市田と付き合ってること?」

 信号機のかすかな明かりのおかげで彼と目が合う、同時にこくんと私は頷いた。


「まー、そんなに気にしてはないかな。」


「そうですか。」


「うん。」

 次第に信号が青になる。


「市田は?」


「私は……」

 一瞬ためらって、絞り出すように本音を口にした。


「あんまり公にはしたくないかなぁ、って。」

 社内恋愛は禁止されていないし、速水さんと付き合ってることが恥ずかしいとかそういうやましい理由じゃ決してなくて。


ただ、職場の人に気を遣わせてしまうかもしれないし、ただ、速水さんも仕事しづらくなっちゃうかもしれないし―――なんて、思ってること全部が全部言えたらどんなに楽だろう。


「速水さん誤解しないでくださいね、」

 そんな変な理由じゃなくて…


「なら内緒にしとこうか。」


「え?」

 思わず呆気にとられる。それは速水さんも同じようで、 


「え?いや、公言したくないんでしょ?」

 間違ってる?とばかりに戸惑ったように私をちらりと見つめた。


「……うん、そうなんだけど。そうなんだけどね。

でもいんですか?」

 まだ理由だってまともに伝えてないのに。


「なんでダメなの?」

 懸念する私とは裏腹に横から口元をふっと緩める音がかすかに聞こえてくる。


いっつも意地悪なくせに、こういうところ速水さんってばすっごく優しんだよね。

本当救われっぱなし。

ちらっと彼の横顔を盗み見る。


それにね、暗いからよく見えないけど私思ってるんだ。

視線をよこしてくれる度。優しい目で見てくれてるんだろなって。

ありがとう、速水さん。


「まぁでもあれだよね。」


「な、何ですか?」

 照れくさくなってふいっと私は視線を窓外に外す。


「みんなに秘密ってのも、なんか燃えるね。」

 横からこぼれてきた鼻で笑った声。


……やっぱり今言った、救われてるっての撤回していいかな?


「出かけるのはどうする?」

 呆れてる私に気づかず、続けて彼が口を開く。


「出かけるの?」


「デート。」


「あ、あぁ!」

 一瞬何のことか分からなかったが、彼が口に出した言葉でようやくピンとくる。


もしかして、今日一緒に帰らないかって誘ってくれたのもその話をしようとしてのことでだったのかな。


「どうしましょうか。」

 案がすっと出てこない私は忽ち速水さんに聞き返す。


「何か行きたいとことかは?」


「うーん……行ってみたいところ。」

 そう言われてもなぁ。正直、速水さんと一緒にいれれば私としては何でもいいわけで……。

まぁデートの定番中の定番といえば動物園、水族館、遊園地あたりだろうけど。


でも、今あげた3つとも車で行くと時間かかるんだよね。

私はともかく運転するのは速水さんだし、デートが負担になっちゃうってのも。


「思いつかない?」


「いや、そういう訳じゃないんですよ!」

 あー、また速水さんに変な勘違いさせちゃったかな。


絶賛パニック中の私を横目に「そんな必死にならんでも。」と彼は笑う。



「付き合って初だし、映画とかどう?」


「映画ですか?」

 こくんと速水さんは頷く。丁度良く信号が赤になった。


「前話したじゃん、トランスファーマー。

あれの番外編の新作が公開されたみたいでさ。

なんかタイミングいいなぁって思って。」


「へー!新作……。

知らなかったです。」

 トランスファーマーの番外編―――そういえば、前そんな話もしたなぁ。DVD今度借りに行くんですよって電話で速水さんに伝えて、面白いよって勧めてくれたのがそれだったっけ。


農家の野菜がロボットになるっていう斬新な設定もそうだけど、アクションもすごくて、ちょいと挟んでくる主人公たちの恋愛模様も面白かった。まだ2作しか見てないけど、番外編……確かに気になる。


「私も見たいですし、今回は速水さんの案でお願いしましょうか!」

 映画デートだったら、そんなに緊張することもないだろうし初デートにもってこいかもだね。


「じゃぁ決まり。」

 くしゃっと彼は破顔する。


「来週でいい?」


「はい。」

 着ていく服どうしようかな。

そんな風にそわそわしちゃいながら、すぐにデートの日付を私たちは決めた。




 その後はデートの話から一旦離れ、ただの世間話を私たちは2、3交わす。


話に夢中になっていた私は気が付かなかったが、家まであと5分の距離にまで車はいつの間にか進んでいたらしい、


「もうすぐ着くよ。」

 と教えてくれた彼にちょぴり驚いてしまった。


「あっという間だった?」


「はい、もうこんなところ……」

 丁度よく通り過ぎていったちんけなバス停は、いつも降りる停留所。


変なの、今日だってあそこで降りて、私は一人帰り道を歩いてくはずだったのに。今は、速水さんがいるんだよなぁ。


「…速水さん。」


「ん?」


「しつこいかもですけど本当よかったんですか?」

 赤く灯っている信号を真っすぐ見つめる彼の横顔を恐る恐る覗く。


「私送ってったら、帰るの遅くなっちゃうから……」


「うん、市田。

本当しつこい。」


「うっ。」

 そ、そんなきっぱり言わなくたって、、


ぴしゃりと言い放たれた一言に面をくらう。


でも、本当のことなんだけどなぁ、速水さんが疲れてるのは。

私とは比べ物になんないぐらい責任ある仕事だってしているわけだし……


おずおずと彼を盗み見る。

ところが、ぴしゃりとそこで視線がぶつかってしまって。


「ばか。」


「いて。」

 まだ考えてるだろと、こつんとお得意の右手中指で私の頭を小突く。


「俺が好きで送ってるんだから気にすんな。」

 辛気臭い顔をしていた私の顔が気にくわなかったみたい。


「ほらまだむくれっ面。」

 今度はくしゃくしゃーっとそのまま髪をなで繰り回してくる。いくら後ろに髪を一つに結っているとはいえ、さすがにそのままを維持することはできない。おかげで前髪をメインとして随分と乱れてしまった。


「くしゃくしゃだ。」

 そんな様子を見てハハハッと彼が笑う。


「速水さんがしたんでしょう!」


「はいはい。」

 ぶーと口を尖らせた私を見て、優しくまた彼は微笑んだ。


速水さんにもおみまいしようかな。

そう思ったが、信号が青になってしまったので断念するしかない。


まぁでも逆に青になってくれて、良かったのかもしんないな。

速水さんの髪触るの、なんか、緊張しちゃうし……。


「毎日とはいかないだろうけどさ、」


「はい?」

 今度は何だろう?

かきまわれた髪を手ぐしで戻し始める。


「こうやって一緒に帰る?」


「え?」

 彼の急な提案に一瞬手が止まった。


「まぁ……いいですよ。」

 再び手を動かし始めて、ぼそっと私は言葉を落とす。


 可愛くない返事。いくらびっくりしたからとはいえ「いいですよ」じゃなくて「嬉しい!」とかって言えたらいいのに。


「またご飯も食べに行こうか。」

 速水さんは見透かしの天才だから、そんな私も見抜いてくれて優しく受け止めてくれているけれど。


速水さんは私のどこが好きなんだろうなぁ。

だってかっこいいし、優しいし、もてるし。そりゃたまに意地悪だけど、そんなところも結構良いというかなんというか……って私はMでは決してないけど。


「市田?着くよ?」


「あ、はい!」

 巡らせていた思考にあわててストップをかけて、私のアパートの駐車場へと入っていく様子に焦点を当てた。



 こうして送ってもらうことは初めてじゃないから、彼ももう慣れた様子。私の部屋番号が地面に印字してある場所だって私に聞くまでもない。


「ありがとうございました。」


「ん。」

 彼がシフトレバーをパーキングに移動させている間に、私はシートベルトを外した。


「デートは来週ですよね?」

 このまますぐ車を降りるのもなんだから、デートの約束の最終確認。


「映画かぁ。」


「うん。」


「どんな話なんですかね。」

 聞き役に回っていた彼が途中からくすっと笑い始める。


「何ですか、笑って。」

 笑う要素ないでしょうよ。


「いや…。そんな大事そうに確認してきて、市田デートすごい楽しみなのかなぁって。」

 色っぽい目で私を捕らえた。


「……た、のしみですよ。」

 これまたぼそぼそっと呟く私、おまけに目線は膝小僧。


「ふーん。」

 そんな私をまた意地悪く見守る。


「またからかって。」

 彼の肩あたりでも小突こうかと手を振り上げる。


だけど。


「あっ。」

 その手は振り下ろすことなく、彼に奪われて。


「市田」

 私の唇も盗んでく。



「おやすみ、市田。」

 短いそれを終えて、余裕そうな笑みを浮かべる速水さん。


「……ばか。」

 不意打ちなんてずるいよ。


ぷいっとそっぽを思わず向いた。



 あと一日か……。

パソコンの画面右下、表示された曜日は金曜日。


速水さんとのデートは明日―――土曜日。


 速水さんと一緒に帰ってから2週間。明日のために頑張ってきたといっても過言じゃない。現にスケジュール帳を開くたび、書いた『デート』という文字が目に入ってきて、度々頭に妄想を作ってるし。


「市田さん、お電話。」


「あ、はい。」

 またしても妄想にふけていた私は、相手会社様と社員の名を伝えてくれた品川さんに断りを入れて、慌てて電話へと出た。


「お待たせしました。

お世話になっております、市田みのりでございます。」


「お世話になっております。

来週の打ち合わせの件について、変更が応じましてご連絡させていただきました。」


「さようでございますか。分かりました。」

 5分ほど電話をして、変更を確認した私は失礼しましたと電話を終える。


「残業になりそ?」


「うーん……」

 怪しいところですねと、心配して声をかけてくれた品川さんに苦笑いを浮かべた。


本当は明日何着ていくかとかまだ準備完璧じゃないから、早く帰りたいのだけれど…。



「長嶋さんに報告してきます。」

 彼女の返事を聞いてから私は彼の下へ向かう。


「分かった、じゃぁ引き続き頼むね。」


「はい。」

 長嶋さんは短く了解の返事をくれると、代わりに


「これ会議室に置いといてくれる?」

 と私にいくつか書類の束を手渡してきた。


「はい。」

 午後の会議のかなと頭を巡らし、


「それ会議室置いたらお昼取りなよ。」

 長嶋さんがそう言ってくださったので私は微笑んでその場を後にする。


 そのまま会議室へ向かおうと、メインルームを出た。



「お疲れ様です。」


「お疲れ。」

 廊下ですれ違う社員さんに挨拶して、一番奥の会議室へと私は向かう。お昼をとっている人が多いのか、一人すれ違っただけで特に他の社員さんとすれ違うことはなかった。


 コンコン――会議室の扉へ数回のノック。ドアノブに特に入室禁止の札はぶら下がれていないし、誰もいない様子なので入室をすぐに決める。


「失礼します。」

 案の定、中へ進んでも誰もいなかった。


上座を中心に、手渡された書類をテーブルへ置いていき作業を終える。



 12時30分か。会議室を出る前に、壁にかけられた時計で今の時刻を確認した。


今日のお昼は会社だけど、明日のお昼は……速水さんといるのかな。

なに、食べるんだろう。


 仕事から解放されるとすぐに始まる、明日のデートのこと。この2週間は携帯の文面でちょっとだけしか連絡を取っていないせいもあって、話せている感じはあまりしていない。


この2週間分、喋れたらいいなぁ……けどうまく喋れるかな。

どきどき、考えているだけで心臓が跳ねてくる。


でもこうして妄想している時間も結構楽しい。


速水さんに言ったら、変態かよってからかうだろうから絶対言わないけど。


速水さんも妄想とかしてくれてるかな…。

って、速水さんこそ素直に白状してくれないか。



 苦笑をこらえ、明日のことを考えるのもほどほどにして、お昼をとろうと私は会議室の扉の柄に手をかけた。


廊下へ出ると給湯室の扉が大きく開いて、廊下にまで扉が飛び出しているのが見える。


みんな給湯室で食事中なのかな?

珍しく利用が多いなと足を進めながら首をかしげた。


私も給湯室の冷蔵庫にお茶を入れているから、入室しないとなんだけど。


「……お疲れ様です。」

 ひょこりと顔をのぞかせて、給湯室の中を覗いた。


「あ、市田さん。」


「内川くん。」

 覗くと、中にいたのは隣の部署の内川くん一人だけ。


人がいっぱいで窮屈だから扉を開けていたのかと思ったけど、なーんだ。


聞くと口にしているアイスコーヒーを喉に流し込むだけ流し込んで、すぐに立ち去る予定だったから扉をあけっぱなしにしていたみたい。


「これからお昼ですか?」


「うん。内川くんは?」


「今水分補給中です。あともうちょっと仕事があるので。」


「そっか。」

 ご苦労様です……


「僕の作業スピードが遅いだけですよ。」

 自虐ともいえる、笑いながらの彼の返事につられてつい笑ってしまう。


「また飲み行きましょうね、4人で。」


「あぁ、うんそうだね。」

 私の返事を聞いて、なお一層内川くんは嬉しそうに表情を緩めた。


「本当飲むの好きなんだね。」

 内川くんは長嶋さんと速水さんのこと慕ってるから、彼らと飲むのが楽しくって仕方ないんだろう。


あ、でも……ちょっと待って。

今言った飲みのメンバーは長嶋さんと速水さんと内川くんと、わたし―――それって結構やばくない?


だって、速水さんと私はお付き合いさせていただいているわけで、それは秘密なわけで……。か、隠すのが、というか速水さんは絶対それを利用して私に意地悪してくるだろうし……!


「じゃぁまた落ち着いたら計画立てときますね。」

 戸惑っている私に気づかずに、彼はゴミ箱の中へコップを捨てる。そのまま仕事に戻るのか出口の方へ向かった。



と、そこで、


「あ、いた。」

 内川くんじゃない誰かの声が私の耳に入ってくる。


「探したぞ。」

 続いてその人が発した声で誰だかすぐに分かった。


「お疲れ様です。」


「…お疲れさま。」

 変、じゃなかったよね?今の言い方?

その人が若干詰まらせながら言葉を返してきたから変な緊張に襲われる。


「どうかしましたか?」

 内川くんはその人に尋ねているというのに、なぜかちらっと私の顔を盗み見てきた。


「え、なに?」そんな内川くんにそう聞き返す暇もなく、彼は速水さんに顔を合わせて会話を始めるからなぜ見てきたのか理由を聞くことができない。


内川くんは何か知ってそう…なんだよね。たぶん速水さん絡み関係で。


速水さんは内川くんに、私のことを話していないって言っていたから、付き合ってることを知ってるとかそういうんじゃないとは思うのだけれど、結構前に速水さんのことを含ませたからかいをしてきたことがあるのも事実……。


気になるなぁ。

今度また問い詰めてみようかな。



 ふたりの様子を横目に、冷蔵庫からお茶を取り出す。


ぶつぶつぶつ、お仕事の話を繰り広げているその人と内川くん。


節目がちな目とかたまに動く右手とか、悩んでる表情―――やっぱり仕事してる姿って、恰好いい。


そうやって、知らず知らずのうちにじっと私はその人を見てしまっていたみたいで、


「……市田、どうかした?」


「へ!?」


「いや、そんな見てくるから。」

 と、視線に気が付いた速水さんが突然私に声をかけてくる。いつの間にか内川くんも振り返って私に視線をやっていた。


「いえいえいえ!何もないですよ!お話し続けてください!」

 胸の前で両手をブンブン振って、何もないことをアピール。


「ならいいけど。」

 その人は口の端を緩めるとすぐに内川くんとの話に戻った。


嫌らしい笑み浮かべてくれちゃって。

その仕草で彼の心情が分かった私はぼそっと心内でつぶやく。


私が話したがってないって分かってたのに、相変わらずずるい人だな。

そりゃじっと見つめちゃった私が悪いのかもだけど。



「じゃぁそれ確認したかっただけだから。」

 それから2分ほど経ったところで、彼らの会話に区切りがつく。


私も別段そこにいる必要はないのに、たまにお茶を飲みながらすぐに終わるだろうと何となしにその場へとどまっていた。


「市田はこれから昼?」


「あぁ、はい。これからごはんです。」

 気を利かせてくれたのか、速水さんが私に話題を振ってくれる。


何気ない会話なのに、内川くんがいるのもあってか余計緊張した。


「内川も昼とるだろ?」


「いえ、俺まだ仕事残ってるんでそれやってから取ろうかなって。」


「今日任せたの急のじゃないから、昼気にせずとれよ。」


「ありがとうございます。」

 内川くんはそう言ったけれど、仕事をしてからお昼取るのだと私は思ってる。だって彼、真っすぐな性格だからね。


「では市田さん、俺ら戻りますね。」


「はい。」

 お疲れ様ですと二人に頭を下げる。


速水さん、明日大丈夫かな。

お仕事大変そうだけど……


「速水先輩、俺も伺いたいこと一つあって……」

 おまけに踵を返してすぐ、内川くんからそうまた相談を持ち掛けられているし。


私みたいに妄想にふける時間もなさそう。って当然か、お仕事中なんだから。


私はぼーっとそのまま、藍色のスーツの背の一点を見えなくなるまで見つめ続けた。


 すると、廊下へと切り替えるタイミングで、後ろ背のスーツに何本かのしわが急に刻まれる。


次に右目じりの涙ぼくろが私を捕らえて、


「あ・し・た」


 たったそれだけ、音を立てずにその人は去り際口を動かした。隣にいる内川くんにもちろん見えないように。



「言い逃げですか。」

 誰もいないのをいいことに、ぽつんと私は気持ちをつぶやく。


言い逃げかい。

今度は心内で私はつぶやく。


……新しい化粧品、帰りに買いに行っちゃおうかな。

心臓をばたつかせながら私はごくんとまた一口お茶を飲んだ。



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