引越し、そして出会い
揺れる車の中、俺は何も思うことなくただ本に目をやった
外では緑がゆらゆらとゆれ、眩しいくらい照りつける太陽が俺をのぞき込んでいた。
それでも俺は外の世界になんて興味がない
知らない土地に来たら目を輝かせる。そんな純粋な心を持っていた俺は次第に消えていった
小さなため息を漏らす
「とにかく、今回はましなところだとありがたいんだが」
父親に聞こえないように、そっと呟いて俺は目を閉じた
◇◇◇
「ついたぞ」
素っ気ない父親の言葉に、思わずあくびが漏れる
ふああ、と情けない声を出して俺はそのまま車から飛び降りた。父はそんな俺に対して特に何を言うことはなく、ただ黙々と大事な仕事道具を車から丁寧に下ろしていた
(ふーん、ここが新しい家か。前の家に比べたら広いけど、ボロっちいな)
ちらりと父を見ると、さっきの仕事道具を広げ、そのままそこに座りじっと家を見つめたかと思うと仕事を始めてしまった
こうなると父は暫く話を聞こうとしない。流石に掃除もすることなく、いきなり仕事をし始めるとは思わなかったが…
俺はため息をついて、車から残りの荷物を下ろし、家に入ると掃除を始めた
俺の親父は画家である。
そこまで売れているわけでもないが、全く売れないわけでもない中途半端な画家である。
父はそれを仕事と見ているよりかは、趣味として楽しんでいた
しかし、それは俺からすればとても迷惑な話で
父の書きたいものが気分によって変わるので、今回のように何回も引越し引越しの繰り返し。おかげで俺はコミュニケーションという言葉を忘れてしまったようだ
学校に行って友達を作る?そんなことしてもすぐに引越しだ。バカバカしい。高校だって、なかなか転入させてくれるところはない。それを探すのだって父はやろうとしないので全て俺が探す
そんな父を親とも思えず、しばらくは口も聞いていない
それでも俺には父しか頼れる人がいない。なぜか?祖父母と母は、もう他界してしまったから
だからまだ未熟な俺は、こんなクソな父親でもついていくしか選択肢は残されてなかったのだ
「さて、とりあえず一通り片付いたかな」
とは言ってもこんな広い家、俺ひとりで綺麗にできるわけがない。片付けられたのはリビングと思われる場所と俺の部屋らしき部屋だけ。もともと家具などは持ってきていたので、力仕事はやらずにすんだ。
ちらりと時計を見ると午後3時。昼飯を食べ忘れていたことに気付き、俺は父親の様子を伺うように外を見た。だが、相変わらずそこには表情を変えることなくこの家を描いている親父の姿しかない
「...なんか買ってくるか」
俺は自分の財布をポケットにしまい、いつも持ち歩くバッグを肩にかけて自宅から出た
◇◇◇
「...なんだよここ」
なんだよというよりなんでだよ、だな。
自宅から出て、目の前の坂を下って...その瞬間から嫌な予感はしていた。
...見える範囲、田んぼと畑と家しかねぇ
コンビニでなんか買って軽く何かつまもうかな。そう思っていた過去の自分をぶん殴りたい。
少し歩けば店くらいあるだろうと思って歩いていったら案の定ここはどこ状態。簡単に言えば迷った
あたりは夕暮れ色に染まりつつあり、俺はよくわからない場所で夕日を眺めた。足元の石畳から伝わる寒さは、まだ三月だということを物語っていた
無駄に歩いてもまた訳が分からなくなるかもしれない。そう思った俺は、とりあえず落ち着くためにその場に座る
肩にかけていたバッグを降ろし、そこからスケッチブックを取り出すと思いのままに目の前の風景を描き始めた
本当は嫌いだった。父親と同じ事をすることが。それでも絵は俺の中で絶対的存在であり、それだけが信じられるものであった
絵は、裏切らない
ちょうど描き終わろうとした頃だった
「凄いですね。それ、なんですか?」
「ー!」
後ろから柔らかな声がしたのは
驚き、その場にスケッチブックを落としてすぐさま振り返る
そこには、とても美しい少女がじっと俺のことを見つめていた
これが、彼女との出会いだった