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恋愛恐怖症  作者: 黒川 珠杏
【年下の上司】
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初対面



 川沿いへ散歩に行った次の日。



 いつものように出勤し、昨日偶然顔を合わせた森上さんを探したけれど、まだ出勤前のようで姿が見えない。事務所内もまだまばらな人数だったからこれから出勤して来るんだろうなと思っていると、ふと、自分の席の右隣りに社内便の封筒が三通ほど置かれているのに気がついた。


 いつもは机上に物はないこの隣りのデスクは、今は不在のはずの水瀬(みなせ)主任の机。

 その社内便の封筒の宛て先は『営業部 水瀬主任様』となっていた。


 ということは、いよいよ主任が帰ってくるんだ・・・!


 なんだか楽しみ!

 菜月さんの話からは『若くて草食男子』だとは聞いていたけれど、一体どんな人なんだろう。

 他支社に応援に呼ばれるくらいだもん。きっと仕事がデキる人なんだよね。


 いつ、帰ってくるのかなっ?

 今日かな?明日かな?


 あ、でも・・・

 そうすると、山手さんや森上さんと組むこともなくなる、のかな・・・?


 昨日、偶然逢ってしまった森上さんの少し哀しげな表情を思い出す。

 それに、何か言いたそうだった。

 あれは一体、何を意味していたんだろう・・・。


 いつかまた、話してもらえる時が来るかもしれない。

 その時まで待とう。


 そんなことを思いながら、自分のデスクに配置されたパソコンを立ち上げた。




「おはようございます。」


 それは、社内全体に送られてくる情報共有メールのチェックに集中している時だった。

 徐々に出勤してくる人たちで事務所内はざわざわと賑わい、誰が出勤して来たのかなんて気にする余裕もないほど画面に集中していた私は、ふと隣からかけられた声に一瞬反応が遅れてしまった。


「え、あ・・・!」


 声をかけられたと同時に右隣りのデスクにカバンが置かれ、『そこ』にまさに『その人』が来たのだと気がついた。

 一応上司に当たる人なのだから、ちゃんと立って挨拶しなきゃと、慌てて立ち上がる。


「お、おはようございますっ!あの、派遣の来生で・・・・・・っ!!」


 顔を上げて『カレ』を見た瞬間。

 私の思考が固まった。


 確かに若い男性がそこに立っていた。

 茶色がかった短い黒髪に髭なんて生えるのかなと思うくらいの綺麗なあごのライン。グレーのスーツに身を包み、濃紺に青藤色の細いラインの入ったネクタイを絞めた爽やかで明るい印象。

 知的に見えるメタルフレームの奥には、柔らかい光を湛えた澄んだ瞳がある。


 その瞳もその雰囲気も、鋭さとは正反対にかけ離れているはずなのに、彼の顔を見た瞬間、鋭利な刃物が私の胸をぐさりと突き刺し、ぐりぐりと奥までねじ込んでくるような感覚に襲われる。


 時も経って塞がったはずの傷が、封印したはずの心が。

 一気に溢れ出しそうになる。


 ・・・胸を、締め上げてくる・・・。


「話は伺ってます。これからお世話になる水瀬です。よろしくお願いします。」


 穏やかで優しい雰囲気をまとったその人は、私の穏やかでない心情などには気づかずに、その雰囲気に似合う優しい笑顔で挨拶をしてくれる。


 初めて会うはずなのに、懐かしい雰囲気のその笑顔に思わず目の奥がツンとする。

 だけど、その懐かしさは私だけが知っているもの。

 こんな個人的な感情を初対面の彼に見せられるはずもなく、急いで必死に押し隠す。


「は・・・はじめまして。よろしくお願いします。」


 頭を下げると同時に、水瀬主任に気づかれないようにギュッと目を瞑る。


 ・・・この人は、『アノ人』じゃないんだから。


 そう言い聞かせてから、顔を上げて笑顔を作る。

 ・・・不自然じゃ、ないよね・・・?


 目が合うと、彼はどこか照れくさそうにはにかんで、自分の席に腰を下ろす。


「なんか少し離れてただけのはずなのに随分空けてたみたいで緊張しますね。新人に戻ったみたいですよ。いいのかなぁ、僕で・・・。」


 もともと優しい人なんだろう。

 そう、『アノ人』もとっても優しい人だった。


 慣れた手つきでデスクの隅からケーブルを引っ張り出して、カバンからノートパソコンを取り出すと配線をつなぐ。


「早速ですけれど、スケジュールを確認させてください。」

「は、はい。」


 少しだけネクタイを緩めると、椅子を少しずらして私の見ていたパソコンの画面を覗き込んでくる。


 あ・・・

 この角度は違う。


 斜め上からの彼の姿は、やっぱり初めて見るもので。

 そこでやっと水瀬主任と『アノ人』が他人だと納得できた。


 ・・・そうだよね。当然だけど・・・。

世の中似てる人が何人居てもおかしくないんだから。


「あ、そこ来生さんの席なんですから立ってなくていいんですよ。」

「あ、はい、その、じゃあ・・・失礼します・・・。」

「だからそんな気を使わないでください。聞いた話だと僕の方が年下だそうなので、気楽にやっていきましょう。」


 なんていいながらも、彼がどこか緊張してるのが伝わって。


変な初対面にしてしまったなと心の奥で反省しつつ、やっぱり顔を見るのを躊躇ってしまう。


訳ありの部下で、ホントすみません。

心の中でそう思いつつ、なるべく顔を見ないようにやんわりと視線を反らせながら打ち合わせが始まる。

 

お互い余裕のない中での初めての仕事は、こうして始まりを迎えた。



加筆修正しました。

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